2029年8月12日
――ACB放送局本部の 濱辺です
きょうのニュースにかえて 「お知らせ」を放送します
……日本は
かつてない危機に瀕しています
人々を暴力に駆りたてる 破滅への恐怖
それがいま日本中に充満しています
言うなればそれは 「ガス」よりもおそろしい
殺戮を引き起こす 一種のシンドロームです
ほんとうに恐ろしいのは
暴力ではなく この空気なのです
この空気はすこしずつ わたしたちの暮らしを侵食し
交通網はストップし 主要なインフラも崩壊してしまいました
そしてこのテレビという 重要なリソースも
まもなく終わりを迎えようとしています
次に視聴者のみなさまと会えるときは
そんな日が訪れたらの 話ですが…
そのときはともに 日本を作り直しましょう
みなさまが 明るい未来を手にできるよう
心より お祈り申し上げます
それでは またお会いしましょう
さようなら
空港は 救助を求める人々で溢れかえっていた
飛び交う怒声
自衛隊は 「退去してください」と
民衆の 看守になったかのように
放送をつづけ
歯向かおうとする者がいれば
構わず銃口を向けて 頭部を砕いていた
その最中
絵美衣たちを乗せた 人員輸送車が
空港のロータリーに入ってきた
絵美衣
絵美衣
隣に座っている父は 微笑をうかべてかぶりを振った
霜月ワタル
霜月ワタル
霜月ワタル
霜月ワタル
霜月ワタル
霜月ワタル
霜月ワタル
霜月ワタル
霜月ワタル
絵美衣は鉄条網つきの 窓の外を指さす
絵美衣
絵美衣
霜月ワタル
霜月ワタル
絵美衣は俯いた
彼女はすでに 国民全員が国外退去できるわけではないことを
知っていたのだった
自分だけ助かって
多くの民衆を そして立を
見殺しにしてしまうのだという 罪の意識が
彼女に重くのしかかっていた
絵美衣
絵美衣
群衆のなかから リンゴ大の黒い球が
輸送車のほうに 投げ込まれた
ロータリーに入庫待ちの 車体の下部に入る球体
フロントガラスが きらめきを放った
刹那 耳を劈くような破裂音とともに
車体が大きく傾いた
霜月ワタル
霜月ワタル
霜月ワタル
絵美衣
絵美衣はシートベルトを外して
手荷物を持って立ち上がった
霜月ワタル
霜月ワタル
絵美衣
絵美衣はふらつきながら
黒煙がのぼっている 車内前方へ向かった
霜月ワタル
霜月ワタル
絵美衣は爆発で開いた
ドアから外へすべり出た
8月の熱気に 光景まで歪む
アスファルトの上に立ち上がった
全力で走る
輸送車から離れる
その数秒後に 後方で重い爆発音がした
絵美衣は思わず振り向く
バスの破片が 四方八方に飛び散り
車体は宙返りをして 地面にたたきつけられ
すべての窓から 炎が流れ出るように
たちのぼった
絵美衣
絵美衣
絵美衣
絵美衣は自らに そう言い聞かせるように
何度もそう呟いた
群衆が絵美衣の方を見て
なにやら叫び散らしている
しかし彼女は それに構うことなく
空港の道路を引き返していく
立は血の気のない顔で 路地を力なく歩く
その横をサワタリが 歩いている
立
立
立
サワタリ
サワタリ
サワタリ
立
立
立
サワタリ
サワタリ
サワタリ
サワタリ
立
立
立
立
サワタリ
立
立
立
立
立
立
立
立
憤りをあらわにする立に サワタリは唇を噛んだ
サワタリ
サワタリ
サワタリ
サワタリ
サワタリ
サワタリ
立
立
サワタリ
サワタリ
サワタリ
立
立は呼吸を整えながら そう言った
サワタリ
サワタリ
おれが覚えている 最初の記憶は
孤児院のベッドだ
おれはそこで 「シスター」と呼ばれる職員に
身の回りの世話をしてもらった
おれはそこで言葉を覚え 食事を摂り教育を受け
自分というものが 形成されていく感覚を
少しずつ身につけていった
だがその閉鎖的な空間は けっしておれの性分には合わなかった
退屈な基礎勉強の時間
ものしずかで 生気のない仲間たち
だれがつけたのか分からない 「サワタリ」という名前
だからおれは15歳になったとき 退所を決意した
たとえ国民レベルが ステージ1であっても
アルバイトを渡り歩きながら
おれが生まれた 理由を探すことにしたのだ
慣れないアルバイトをしながら
終わってからは おれがどうして生きているのか
どこで生まれたのか
父と母はどこにいるのか
自分なりに調査を続けた
手がかりは 孤児院でそだったこと
それから自分に与えられた 「サワタリ」という名前だけだった
毎日バイトと調査で 地下街の路上で眠りにつくころには
ぐったり疲れて 泥のような眠りについていた
おれはしつこく
おれという存在がどこからきたのか
ひたすら調べつづけた
そして16歳になった
それから少し経ったころ
新たな事実が判明した
これまでおれは 生きているものとして
住民データや この町の記録を漁っていた
だがそうではなかった
おれの存在した形跡は どこにもなかった
つまり
最初からおれは存在せず 死んでいたのだ
「死んでいた」ということをもとに データを洗い直したら
謎というパズルの 失われたピースが
綺麗にはまっていくのだ
思いもよらなかった事実も 新たにわかった
すべて理解したところで おれはもう一度孤児院を訪れた
サワタリ
サワタリ
孤児院の園長は 「死んではいない、だって生きてるじゃないか」 と答えた
サワタリ
「ステージ1からでも 少しでも状況を改善し」
「幸福な未来を届けるのが わたしたちの仕事だ」
サワタリ
サワタリ
サワタリ
サワタリ
サワタリ
サワタリ
「事実無根だ われわれは燈炬首相の方針に基づいて」
「適切にサービスの運営を しているだけだ」
サワタリ
サワタリ
サワタリ
サワタリ
「それに関しては 守秘義務がある」
サワタリ
サワタリ
サワタリ
「警察もわれわれに協力してくれる」
サワタリ
サワタリ
「…お前も強情なやつだ」
「こうなれば仕方ない 教えてやろう」
園長が教えてくれたのは おれをあの施設に託児した両親の名前だった
おれはそれをもとに 住民データを再検索して
ついにその居場所を突き止めた
おれはそれが判明してからすぐ その住所へ向かった
ちょうど夕食どきだったのだろう ダイニングルームの明かりがついていた
カーテンには僅かに隙間があった
そこから少しだけ室内が見える
その奥を 気づかれないよう窺う
いた おれの父母
そして もうひとり彼らの子どもと思しき者が
おれはそっと窓から離れ 家の門扉の近くに崩れ落ちた
おれは一縷の希望を求めて 調査を続けてきたが
その先で待っていたのは 絶望という名の 行き止まりだった
なぜおれは捨てられたのか なぜ家族は生きているのか
いまおれが この家の子どもだということを打ち明けても
けっして認めてはもらえないだろう
だが この先になにかが待っている気がする
おれは立ち上がった そしてちらりと表札を見た
そこには「乾」という文字と 両親の名前 そしてひとりっ子の
「立」という文字も 記されていた
立
立
サワタリ
サワタリ
サワタリ
サワタリ
サワタリ
サワタリ
サワタリ
サワタリ
サワタリ
サワタリ
立
立
立
立
立
立
サワタリ
立
立
立
立
サワタリ
サワタリ
立
立
立
立
サワタリ
サワタリ
サワタリ
立
立
サワタリ
立
立
サワタリ
コメント
4件
兄さん、じゃないサワタリは絵美衣の事を知ってそうな口振りだけど…