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こんな言い伝えがあります。パンドラの箱にはあらゆる災いが詰まっていて、1度あけるとすべての災いが飛び出てしまいます。が、その後たったひとつ、箱に残されるのです──「希望」が。
消えたい 静かになくなりたい
ここにいれば いずれその切望が 現実のものになるかもしれないと かすかに予感していた
ぼくにとりついた悪魔は ぼくの思考すべてを 悪性の腫瘍に取り換えてしまった
この先踏んばって生きていくことも あるいは首を吊って自裁することも
どちらも選択できない 無という名の闇に従属してしまった心
ぼくはそれに操られて 身体をここへ運ばせる
毎日 高校に行くとうそぶいて 電車に揺られるまま 終着点へ進行する
このK駅で日が暮れるまで 意味の無い時間を浪費する
どこに赴いても 存在を許諾されないぼくには ただこの場所だけが逃げ場だった
ホームの長椅子に腰かけ 不味い弁当を咀嚼して
モノクロームの街並みを うち眺める
なににも動じなくなってしまった この心はもう癒されなくていい
ただ楽になりたい それに拘泥するだけ
ただ暗くなるまで こうしていよう
そのつもりだった 「それ」と邂逅するまでは
琉斗
なにかの気配を感じて振り向くと そこには
制服姿の女の子がひとり ぼくを見下ろすようにして立っている
春
その少女と会うのは5回目だった
最初は偶発的な出来ごとだと思った
しかしそれは単に たまたまそうなっているわけでは ないということを
少女の顔つきが物語っているように ぼくには思えた
ぼくがずっと少女を凝視していると 不思議なことに
少女もぼくを 渇望するような目つきで 見つめ返しているのだった
春
少女はホームと外部とを 隔てている金網に
右手の手のひらを 押し当ててきた
春
意味を成さない彼女の発声
何度か 金網に押し当てた手を揺すると
フェンス全体が がたがた音を立てた
春
少女は涙を流しながら ぼくになにかをうったえかける
かといってぼくになにができる? 少女を救うことはおそらく困難だ
そもそも何から 救うというのか
ぼくはせめてもと 金網ごしに自らの手のひらを
少女のそれに重ね合わせた
琉斗
するとからだに電気が走り 何かが一瞬にして 空中にとけ込んだ気がした
おもわず尻もちをついてしまった
それとともに 身体が少し軽くなったような気がした
琉斗
みあげると 少女は両手のひらをみて ぽたぽたとなみだを落としていた
春
春
春
なにに感激しているのか わからなかった
ぼくも自らの手のひらを見た
すると不思議な感覚を覚えた まるでなにかが抜け去ったような
あるいは身体にまとわりつく 重みがなくなったような
春
少女はふたたび 手のひらをフェンスに押し当てた
ぼくはまるでそれに操られるように 立ち上がって手のひらを重ねた
するとまたからだに 電気がはしる感覚があった
少女はぼくを見つめて 自らの頬の涙を拭いた
春
春
春
春
春
鈴がなるような可愛らしい声の春
ぼくは久しぶりに声をだす
琉斗
琉斗
春
琉斗
身体が少しだけ 軽くなったような気がするのだ
琉斗
琉斗
そう聞くと 春はまた手のひらを押し当てた
春
ぼくもそれをやり返す
手を重ねると ぼくのなかでなにかが弾ける音がした
なるほど 手が重なるたびに
ぼくの心が軽くなっていくのだ
春
春はいっかい金網から手をはなす
春
琉斗
琉斗
春
春
春
春はすこし顔を下にむけた
春
春
春
春
春
琉斗
琉斗
春
春はぼくの言葉から 節を繋げたように言った
春
春
春
春
春
春
ぼくは口を開けていた
琉斗
春
春
春
春
春
少し小さな声で話す春 ぼくに同情してくれているみたいだ
ただ不思議なことに
いまは苦しさを感じない
まるで不登校になってしまった事実が 信じられないくらい
気分が晴れている
琉斗
琉斗
琉斗
琉斗
すると春はくしゃっと笑った
素敵な笑顔だ
春の笑顔が こんなに素敵だとは思わなかった
春
春
春はフェンスに手を触れる
断ることはない ぼくの言葉で彼女を幸せにできるなら
それはとても幸福なことだからだ
もしかしたらこの先に 彼女と仲間になる日が あるのかもしれない
ぼくは春をみて笑い返し 手を合わせた
きっとぼくは 幸せになる方法を 見つけたんだ
またあの感じがきた
春
春
春
声が きこえる
琉斗
なにも わからない
春
春
やめて? なにを、やめて?
分からない
春 消えた
ぼく ひとり
琉斗
かんかんかん 音
まぶしい ひかり
琉斗
うるさい 大きい音
琉斗
もう 行かなくちゃ
ひかりの さきへ
はやく
はやく
はやく
琉斗
からだ
だれかに つつまれた
春
春
春
琉斗
春
春
春
春
春
春
春
春
手 かさなった
琉斗
春
春
ぼくは
春
春
春
春
ぼくは
琉斗
春
琉斗
ぼくは
春
春
琉斗
春
ぼくは
きみが
すきだった
Fin. 最後までお読みくださり ありがとうございました
この物語は フィクションです