第三章 スピーチ
帰りのホームルーム。
スピーチの時間がやってきた。
心臓がバクバクいっている。
手には汗がにじみ、小刻みな体の震えが止まらない。
先生
担任の先生に言われ、私は教壇の上に立った。
1番前の席に座っている明美が、小さな声で
明美
と言った。
私は明美に向かって小さく頷いた。
先生
私はゆっくりとメガネを外した。
友菜
そう言って、外したメガネを掲げながら、みんなに見せた。
今回のスピーチのテーマが「私の宝物」で助かった。
このメガネが宝物だったら、自然にメガネを外せる。
みんなにこの宝物を見てもらうために。
そしてこのメガネは宝物に間違いなかった。
裸眼だと視力は極端に悪い。
みんなの顔がぼやけて見える。
誰が誰だか、どんな顔をして聞いているのかも、はっきりしない。
お酒を飲んだことがないから分からないけど、酔っぱらった感覚に似ているのかもしれない。
目が見えないとまるで別世界で、少しだけ大胆になれる。
緊張はなかった。
あとは、事前に考えたスピーチの内容をつっかえないようにゆっくりと言うだけだった。
メガネの自分が嫌いだったけど、これは自分でも気に入っていること。
友達からも褒められて、メガネの自分が少し好きになれたこと。
今日はこれを着けて登校することが楽しかったこと。
そんな話をした。
友菜
藤川君に面と向かって、お礼を言えなかったから、この場を借りて言ってしまった。
普段だったら絶対に言えないだろう。
先生
担任の先生がそう言うと、教室にパチパチとまばらな拍手が響いた。
私はすぐさま教壇から離れたかったが、それは許されなかった。
スピーチの後、少しだけ先生の質問が入るのが恒例となっているのだ。
先生
先生の素朴な質問だった。
まさか、クラスの藤川君に選んでもらいましたなんて、言えない。
明美にだって藤川君のことは何ひとつ教えていないのだ。
先生
どうしよう。
先生
先生の追及に、少しパニックになった私は、とんでもないことを思わず口走ってしまった。
友菜
自分でも何を言っているのか、分からなかった。
ぼんやりとしか教室が見えないことをいいことに、藤川君の方を見て、そう言ってしまった。
藤川君は、どんな表情でこの話を聞いているのだろうか。
先生
友菜
明美
明美がそう聞いてきた。
私は藤川君の方を見ないように
友菜
と誤魔化した。
先生
終わってからは自分でも真っ赤になっているのが分かるくらいに、顔が熱かった。
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