コメント
3件
バトルシーン、かっこよかったです!! 理由は違っても、それぞれ生きるためにやっていた事なんですね。 でも、弱者のクローン人間だけが奪われ続けるのは悲しいです。 オリジナル(?)の人間たちに復讐する展開も読みたいなと思いました!!
この世界では、
長く雨が降っている。
かれこれ二十年以上になるだろうか。
空を覆う分厚い灰色の雲は
太陽をひた隠して、
けしてその姿を見せようとはしなかった。
海面の上昇、
気温の低下、
作物の不作と長雨の被害は続き。
多くの名だたる学者たちが
この世界の寿命はそう長くないと
口を揃えて言っている。
・
・
世界の中心には高い塔があり、
そこには上流階級の人間たちが暮らしているという。
無駄に煌びやかな衣服を纏い、
豊富にある食べ物に舌鼓を打ち、
音楽に耳を傾けて
怠惰をむさぼっているのだと専らの噂だ。
また、
上流階級の人間たちは、
己のクローンを創造し、
機能が低下した内臓や関節、眼球、
手足に至るまで交換しながら
二百年近い寿命を謳歌している。
そして、
役目を終えたクローンは塔から捨てられ
雨にうたれながらただ死ぬのを待つだけだった。
・
・
塔の下に広がるのは、
苔むした大地。
人が住めないほど
貧弱な大地ではないため
幸か不幸か
生き延びたクローンたちが
小さな集落を作って生活していた。
・
その日は、
夕方から雨足が強まり
辺りが真っ暗になるころには
土砂降りと言ってもいいほど
激しい雨が降っていた。
薄い屋根に叩き付けるように降り注ぐ雨。
片腕の無い女性が、
薄っぺらな布団の中から
天井をじっと見つめていた。
雨漏りしないか、
雷が落ちて天井が抜けないか、
雨が強い日は
いつも気が気じゃなかった。
ゴトンッ
横の方で音がして
顔を動かすと
真っ暗闇な部屋の中、
誰かが立って
彼女を見下ろしていた。
片腕の無い女性
恋人の名前を呼ぶも、
側に立っている人物は微動だにしない。
片腕の無い女性
何かに気が付き、
彼女は飛び起きる。
側に立っている人物は、
薄汚れた白衣を身に纏っており、
その手には
わずかな光りを反射して
キラリと光る小さな刃物を持っていた。
片腕の無い女性
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
片腕の無い女性
それは、
下の世界でよく耳にする名前だった。
己の気に入ったクローンの内臓を集める、
内臓収集家の畢擬。
狙われたら最後、
どんなに逃げても
追いかけて来て
必ず殺されると言われている。
片腕の無い彼女が足掻いたところで
何の意味も持たない。
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
首を切り裂かれ、
事切れた彼女の腹部を開いて、
嬉しそうに呟いた。
畢擬(ヒツギ)
口元に薄っすらと笑みを浮かべ、
切り取った内臓を瓶に詰めていく。
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
綺麗な肝臓を持ち上げて、
恍惚とした表情で見つめる。
畢擬(ヒツギ)
手のひらにすっぽりとおさまる大きさの腎臓。
畢擬(ヒツギ)
こうして手に入れた内臓は、
薬液にいれて棚に飾っておくモノがほとんどだが、
時折、
自分の内臓と取り換えることもある。
ただそれはよほど良い内臓で
お気に入りのモノではないと
取り換えることはしない。
カタッ……
背後で物音がした。
畢擬(ヒツギ)
畢擬は手を止めて、
ゆっくりと振り返ると
そこには雨でずぶ濡れの幼い女の子が
驚いた顔をして立っていた。
畢擬(ヒツギ)
しかし、
その問いに幼女は答えない。
色の悪くなった唇を震わせ、
小さな声で何か言っていたが
彼にはよく聞こえなかった。
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
彼は首を傾げ、
幼女に近づく。
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
幼女は小さな声でそう言うと、
可愛らしいポシェットから
ナイフを取り出して見せた。
畢擬(ヒツギ)
ガキンッ!
金属同士がぶつかる重い音が響く。
畢擬(ヒツギ)
幼女のナイフを受け止めたのは、
彼が腰にさしていた剣の鞘、
だがそれが微かに震える。
畢擬(ヒツギ)
幼女の細い足が彼の腹部を蹴ると、
見た目以上の重い衝撃を受けて
よろめいた。
彼女は素早くナイフを逆手に持つと、
彼の太ももを目掛けて振り下ろす。
それを剣の鞘で軌道をズラそうとしたが、
ナイフの切っ先が鞘に当たった瞬間、
鞘に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
畢擬(ヒツギ)
彼はそう言って
数歩後退すると
鞘を抜いて
剣を構える。
畢擬(ヒツギ)
ニヤリと笑う。
覚醒児。
近年現れた特異体質の子供をそう呼んでいる。
体が驚くほど頑丈であったり、
子供とは思えぬ力を発揮したり、
その力は個々によって異なるが、
どうしてそういう力に目覚めるのかは、
いまだはっきりとわかっていない。
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
彼はそう言って目を細める。
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
彼女が床を踏み込んで
彼の眼前まで迫ってくる。
金属同士がぶつかる音。
目の前で飛び散る火花。
静かな声音からは信じられないほど強い力込めて
ナイフで剣を払うと
そのまま体を捻って
膝蹴りを繰り出す。
それを彼は背を反らせて避ける。
着地した彼女が
姿勢を低くして
ナイフを横に滑らせたのを
彼はツーステップで後ろに避けるが、
彼女は左足を軸にして
素早く回転し
脛を目掛けてナイフを振るう。
それを彼は剣を床に刺して防ぎ、
剣を支えにして
彼女の脇腹を蹴飛ばした。
吹き飛んだ彼女は、
身のこなし軽やかに
上手く着地するが
床をこすりながら
切り上げて来る剣が迫っていた。
彼女はそれを体を捻って避けると、
そのまま床に手をつき
振り下ろされる剣の持ち手に蹴りを入れた。
畢擬(ヒツギ)
指が折れる感覚があり、
力が抜けると
手から剣が落ちた。
彼女はナイフを振るい
脇腹を刺そうとしたが、
彼はその細い腕を掴む。
畢擬(ヒツギ)
しかし、
押すことも引くことも出来ず、
指の骨が折れたはずの手には
どんどん力が込められていく。
畢擬(ヒツギ)
彼は顔を近づける。
彼の左右の目の色は異なり、
肌の色は悪かった。
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
彼女は空いている手で素早くポシェットから
スプレーを取り出すと
迷うことなく彼の顔に吹きかけた。
畢擬(ヒツギ)
彼は顔をしかめ、
手を離すと
後ろによろめきながら
両手で顔を覆う。
畢擬(ヒツギ)
彼女は感心した様子で
黒いスプレー缶を見つめる。
そこには
雄叫びを上げる熊のイラストが描かれていた。
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
壊れた人形のように
彼女は同じ言葉を繰り返す。
畢擬(ヒツギ)
そう無感情に彼は言いながら
白衣の袖で顔を拭い、
ようやっと開いた目に映ったのは
ナイフを持って
飛び掛かってくる彼女の姿だった。
それを後ろに下がって避けると、
着地した彼女は
素早くナイフを切り上げる。
白衣がわずかに切り裂かれるが、
皮膚を切るまではいたなかった。
そこから烈火の如く繰り出される彼女の攻撃を避けながら、
彼はどんどん後ろに下がっていく。
そして、
切り刻まれたクローンの体に踵が引っ掛かって
畢擬(ヒツギ)
彼は尻もちをつく。
彼女が勝機とばかりにナイフを振り下ろすと、
彼は側にあった己のトランクの中から
あるモノを取り出した。
バチバチッ!!
それは高出力のスタンガンだった。
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
バチバチッ!!
彼女は手からナイフを落とし、
床に倒れる。
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
彼がそう言って
彼女に背を向けた瞬間
バンッ!!
畢擬(ヒツギ)
彼は口から血を吐き出す。
そう言った彼女の手には
小さな銃が握りしめられ
銃口から硝煙が立ち上っていた。
畢擬(ヒツギ)
白衣の背中に赤いシミが広がる。
畢擬(ヒツギ)
彼は振り返り、
口から零れた血を
白衣の袖口で拭う。
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
白衣の赤いシミは
どんどんその範囲を広げている。
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
彼女は困惑したような表情を浮かべる。
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
男はニヤリと笑みを浮かべて
己の眉間を指先で軽く叩き、
ゆったりとした足取りで
彼女に近づく。
彼に向けた銃口が震える。
そう言って撃とうとした瞬間、
ピピッ!
彼の付けている腕時計のようなものから電子音が鳴ったので、
彼女の動きが止まる。
畢擬(ヒツギ)
彼はちらりと腕時計のようなものを見る。
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
彼は深いため息を零すと、
クルリと踵を返す。
畢擬(ヒツギ)
畢擬(ヒツギ)
そう言うと
トランクに内臓の入った瓶と
武器を詰めると
颯爽とその場を後にした。
彼女は銃を下ろす。
大きな瞳から涙が零れ落ちる。
リリー(猫)
顔を上げると
床板の隙間から
真っ白な子猫が這い出てきた。
リリー(猫)
白い子猫は彼女の側まで走ってきて飛びつく。
彼女は子猫を抱き締め、
そのふわふわの毛に頬擦りをする。
リリー(猫)
リリー(猫)
彼女はそこで初めて
切り刻まれほぼ原形がなくなっている
クローンの死体に目を向けた。
リリー(猫)
リリー(猫)
彼女は猫の頭を優しく撫でて
その場を後にした。
・
・