タナキエル
タナキエルは
足元に転がった死体を見て思う。
タナキエル
辺りを見渡すと、
そこは何の変哲もない会社の一室。
窓の外は真っ暗で、まるで夜のようだった。
人の気配は無く。
おそろしく静かだった。
タナキエル
タナキエルは
悪夢を司る悪魔だ。
今まで何百、何千という人の夢に干渉してきた。
そのタナキエルが初めて覚えた違和感である。
それも、
何ともうまく説明できない違和感。
何かがおかしいのに、
その何かがわからない。
声が聞こえて視線を足元に戻すと、
先程までバラバラになっていた
女性が元の姿に戻り、
絶望した顔で己の手のひらを見つめていた。
タナキエル
タナキエル
コツ…コツ…
足音がすると
女性はひどく怯えた様子で辺りを見渡す。
ちなみに、タナキエルの姿は見えないように魔法がほどこされているので
どんなに近くにいても気付かれることはない。
そう言って女性は慌てて立ち上がると、
奥の給湯室へと駆け込んだ。
タナキエル
カチャッ…
扉の開く音がしたので振り替えると、
そこにはTシャツにジーパンという
いたってラフな格好をした青年がいた。
肌は白磁のように白く、
真っ黒な瞳はまるでぽっかりと空いた穴のようで、
全体的に生きている感じがしないのに、
形の良い唇には
至極楽しそうな笑みを浮かべていた。
タナキエル
彼は小振りの手斧を持っていた。
タナキエル
ふと、
目が合った。
タナキエル
タナキエル
そして、
彼は軽く会釈をすると
迷うことなく
給湯室に入っていった。
女性の悲鳴が上がり、
斧で硬いものを切る音がする。
タナキエル
タナキエル
出る幕が無いな…と思いながらも、
やはり
この夢全体に漂う違和感が気になった。
タナキエル
見えるはずがないのに、
見えているような感じがした。
タナキエル
タナキエル
タナキエル
奥からは骨を砕く音、
命乞いをする女性の声、
無感情な男の声が聞こえる。
タナキエル
そうしてタナキエルの姿は
瞬き一つで消えてなくなった。
・
・
それからもう一度
彼女の夢に入ったが
同じ男に殺され続けていた。
タナキエル
タナキエル
コップを拭きながらぼんやりと考える。
タナキエル
軽快に扉を開けて入って来た客は、
満面の笑みを浮かべてそうタナキエルに言った。
タナキエル
タナキエル
いや、それはわかっている、と
タナキエルは言いかけた。
確かに悪魔として、
そういう願いを受けた。
だが、実際にはすでに悪夢を見ていて
彼が出る幕は無かった。
タナキエル
タナキエルは信じられないという表情を作る。
タナキエル
タナキエル
魂が削れればそれでいい。
悪魔とはそういう性分の生き物だ。
タナキエル
タナキエル
男は足取り軽やかに店を後にした。
タナキエル
そうは思ったものの、
なんともスッキリとしない。
タナキエル
精神的に病んでどこかに逃げ出したか、
実家や恋人のところに行ったとも考えられる。
タナキエル
どうにも引っ掛かる。
拭いていたコップを後ろにある棚に収め、
振り返ると
カウンター席に一人の青年が座っていた。
タナキエル
青年はにこやかにそう言った。
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエルは気を取り直して、
メニュー表を手渡し、
タナキエル
青年の顔をじっと見つめる。
真っ黒な髪、白い肌、黒い瞳。
あの
夢の中で見た
手斧を持った
青年に
よく似ているどころか
本人そのものだった。
青年はそう言って首を傾げて見せた。
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエルは笑顔で頷くと、
慣れた手つきでコーヒーを淹れる。
沈黙が流れ、
店内で微かにかけているBGMが
いやに大きく聞こえた。
タナキエル
青年はアイスコーヒーをブラックのまま口を付ける。
タナキエル
タナキエルは作り笑顔でお礼を言うと、
お皿やコップを洗いだす。
タナキエル
タナキエルがチラリと青年の方を見ると、
青年は下を向いてスマホをいじっているようだった。
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエル
不意に青年が口を開いた。
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエル
青年はあくまでもにこやかに尋ねてきた。
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエル
青年はわざとらしく顎を撫でる。
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエル
青年を見ると、
彼はにっこりと微笑んでいる。
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエル
青年はあからさまに残念そうな表情を作った。
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエル
そう言うと実にあっさり青年は店を後にした。
残されたタナキエルは一人、
先ほどまで青年が座っていた場所を見つめる。
タナキエル
タナキエル
タナキエル
タナキエル
その違和感は、
あの夢の中でずっと感じ取っていた違和感と同じような気がした。
タナキエル
タナキエル
タナキエル
しばし、考えたが答えは出ず。
タナキエルはため息と共に首を横に振った。
タナキエル
タナキエル
そう思って、夜の仕込みに取り掛かった。
・
・
了
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