依頼人H
自分はかなり許容力のあるタイプだと思っている
担当者S
それは素晴らしい
依頼人H
真面目に話しているつもりだが
担当者S
真面目にお伺いしているつもりです
依頼人H
依頼の件、今日が期限だ
担当者S
承知しております
依頼人H
きちんと実行してもらえるのか?
担当者S
きちんと実行致します
依頼人H
なら、なぜ今日までに実行していない?
担当者S
調査と準備を進めておりました
担当者S
よい仕事のためには、綿密で正確な調査と入念な準備が欠かせません
依頼人H
しかし、かかり過ぎじゃないか?
依頼人H
期日を過ぎたら、契約はキャンセルさせてもらうぞ
担当者S
ご心配なく
依頼人H
なら、いいが
担当者S
ターゲットは、普段からあまり出歩かれない方ですね
依頼人H
そうだ
依頼人H
財閥の御曹司だった父親に溺愛されて育った女だからな
担当者S
依頼人H
どうした?
依頼人H
通信に問題は無いはずだが…
担当者S
すみません、速報が入ったもので
担当者S
月面調査隊の帰還を伝えるニュースです
依頼人H
おい、打ち合わせ中に話しを逸らすな
担当者S
すみません、情報を確かめながら仕事を進めたいと思いまして
担当者S
ご存知のとおり、我々の仕事に関係がありますし
依頼人H
まあ。確かにな
担当者S
月基地から地球に帰還する夫を出迎えるため
担当者S
久しぶりに彼女は外出します
担当者S
我々にとって、絶好の機会となるでしょう
依頼人H
だが、それは困る
担当者S
なぜでしょうか?
依頼人H
期限は、日本時間の本日16時まで、と伝えたはずだ。だが
依頼人H
調査隊が地球に帰還するのは、16時30分過ぎの予定となっている
依頼人H
帰還の歓迎式典の場で実行するのでは、遅すぎる
依頼人H
それでは契約違反だ
依頼人H
その場合、私は残りの代金を支払うつもりはないぞ
担当者S
16時という期限が、よほど重要なのですね
依頼人H
当然だ
依頼人H
理由は…君が関知すべきことではない
担当者S
もちろんです
担当者S
私は、お客様のお名前も、ご身分も、執行条件についても、一切詮索致しません
担当者S
言うまでもなく、ご依頼の動機にも
依頼人H
だが条件を守れなければ契約違反だ
担当者S
契約は遵守致します。16時前には、必ず実施致します
依頼人H
可能なのか?
担当者S
式典の前に、彼女はインタビューを受けます。そのタイミングで
依頼人H
頼むぞ
担当者S
念の為、画像をお送りします
担当者S
このつばひろの帽子をかぶっているのが、彼女ですね?
依頼人H
依頼人H
間違いない
担当者S
では、16時までには必ず
担当者S
そろそろ調査隊のシャトルが大気圏に突入する頃でしょうか
依頼人H
そうなのか。ま、彼らも無事に到着できるといいな
担当者S
そうですね
依頼人H
君のような者でも、そう思う気持ちはあるのか
担当者S
もちろんです
担当者S
彼らが持ち帰った情報で、月の研究が進みますから
依頼人H
そっちの心配か笑
依頼人H
月が好きなんだな
担当者S
はい
依頼人H
わかるよ
依頼人H
男のロマンだ
依頼人H
おっと、無駄話が過ぎたな
依頼人H
私はこれから打ち合わせに入る
依頼人H
しばらく会話に応答はできない
担当者S
了解致しました
ニュースキャスター
研究調査隊の萩原隊長夫人が式典へ向かう途中で何者かに狙撃され
ニュースキャスター
付近の病院に緊急搬送されたとの速報が入りました
ニュースキャスター
シャトルは16:35頃、無事地球に着陸した模様ですが
ニュースキャスター
夫人の容態は未だ不明です
ニュースキャスター
萩原隊長は大変な衝撃を受けており、医師と相談しつつ夫人の搬送された病院へ向かうとの事です
依頼人H
ニュースは聞いた。よくやってくれた
担当者S
務めを果たしたまでです
依頼人H
金は後で振り込む
担当者S
ありがとうございます
依頼人H
しかし、あの程度の金額で満足とは。君も欲がないな
担当者S
そんなことはございません
依頼人H
そうか?
依頼人H
まあ、いい
担当者S
ありがとうございました
依頼人H
依頼人に礼を言うなんて、不思議なやつだな君は
依頼人H
それより、振り込み方法だが…
依頼人H
ニュースキャスター
速報です!
ニュースキャスター
たった今、月面調査隊の萩原隊長が頭部を撃たれ即死したとの情報が入りました!
ニュースキャスター
夫人の狙撃犯と何らかの関係があるのかは現状不明ですが
ニュースキャスター
宇宙センター宛に、テログループ『ルナティック教団』を名乗る組織から
ニュースキャスター
『月を汚す者は容赦しない』との犯行声明があった事が分かりました
ニュースキャスター
また、先に搬送された夫人は軽傷で、命に別状は無いとの事です
依頼人W
お疲れ様、よくやってくれたわ
担当者S
務めを果たしたまでです
依頼人W
あの犯行声明の『ルナティック教団』って実在するの?
担当者S
もし実在したとしても、偶然の一致です
担当者S
それより、頭のお怪我は大丈夫ですか?
依頼人W
全然。転んだときの傷よ
依頼人W
あなたの銃弾は、私の帽子を吹き飛ばしただけ
担当者S
大切なお帽子を申し訳ありません
依頼人W
いいのよ。どうせ、遺産目当ての旦那からの、心のこもらないプレゼントだったんだから
依頼人W
本当に馬鹿な男
依頼人W
自分が宇宙に居るときに妻が死ねば
依頼人W
完璧なアリバイになると考えるなんて
担当者S
壮大な計画でしたね
依頼人W
やる事は小さいけどね
依頼人W
ただ、あなたが情報をリークしてくれなきゃ本当に殺されてたし
依頼人W
こうやって、私のほうがアリバイを作りつつやり返すこともできなかったわ
依頼人W
でもどうしてこんなことを?
担当者S
機密事項です
依頼人W
気になるわね
担当者S
そうですね…強いて言うなら
担当者S
ロマンでしょうか
依頼人W
冗談ではぐらかさないでよ
依頼人W
まあ、いいわ
依頼人W
ところで報酬は、旦那がこっそり持ち帰った月の石なんかで、いいの?
担当者S
十分です。それだけで
依頼人W
不思議ね、男って。旦那も、あれだけは手放さないって言ってたわ
依頼人W
死んでも、って







