秋も深まり、暗くなる時間がすっかり早くなってしまった。
降り続ける雨のせいもあり、もう辺りは真っ暗だ。
それが、今の彼にとってはありがたくも思えた。
シンジ
人の死体というものが、こんなに重たいものだったとは知らなかった。
たかだか、家の裏にある井戸まで運ぶのに、こんなに苦労するとも思わなかった。
シンジ
化け物は死んだんだ!
井戸の底に重たい死体を放り投げると、井戸の中に顔を突っ込んで叫ぶ。
シンジ
シンジ
ざまぁみろ!
ざまぁみろ!
井戸の底には、あらぬ方向へと手足が曲がってしまった、真っ赤な女がいた。
この女こそが、悪の権化。
これまで、彼を苦しめ続けた、人の皮を被った悪魔。
この女は、母親という名前だった。
ただ、シンジからすれば、血のつながっていないだけの化け物だった。
シンジ
どうしてこんな女と再婚した?
誰に問うでもなく呟く。
今、井戸のそこで、恨めしそうな濁った瞳を天空に向けている、かつて人間だったものの抜け殻。
あの女がシンジの前に姿を現したのは、物心ついてすぐのことだったと思う。
最初は優しい母だった。
いや、いかにも優しい母を演じていた……と言ったほうが正しい。
女は父との間に弟のアキノリが産まれた辺りから豹変した。
父がいない時を見計らって、虐待まがいの行為が始まった。
しかし、父が存命だった頃は、まだマシだった。
アキノリ
ふと、勝手口からこちらを見つめる弟と目が合う。
アキノリ
不安そうな表情に、シンジは井戸に蓋をして、アキノリのところへと向かう。
シンジ
お前は何も心配しなくていい。
シンジ
アキノリは緩く首を横に振る。
アキノリ
アキノリ
アキノリ
シンジ
兄ちゃんが守ってやる。
虐待は、良くも悪くも平等に行われた。
自分と血が繋がっていようとも、血が繋がっていなかろうと、あの女は虐待を続けた。
父が死んでしまってからはエスカレートするばかり。
ネグレクトは当たり前。
ろくに食事も作らなければ、働きもしない。
家のことだってしないし、そのくせ毎日偉そうにしていた。
この家だって父の家だったのに、父が死んだ後も悪魔は家に居座ったままだった。
異母兄弟ではあるが、シンジとアキノリの間に強い絆が生まれるのは必然であろう。
シンジ
シンジ
シンジ
シンジ
アキノリ
シンジ
シンジ
シンジ
シンジ
アキノリ
シンジ
制服は……駄目元で洗濯してみるから、洗濯機に入れておいて欲しい。
アキノリ
シンジ
シンジ
シンジ
アキノリ
アキノリはそう言うと、家の中へと姿を消した。
シンジ
シンジ
アキノリの後を追うように、家に戻ろうとした矢先、玄関のほうからインターフォンが響いた。
シンジ
実は現在、他人を家の中に上げてはいけない理由があった。
理由はいたってシンプル。
なぜなら……母が死んだのは玄関なのだから。
すなわち、玄関は今血の海なのだ。
????
いないのぉ!
シンジは慌てて家の中へと飛び込んだ。
家の中を、しかし来客には悟られぬよう、音を立てずに駆け抜けると、玄関の外にシルエットを確認。
????
いないのぉ!
シンジ
????
ちょっと入るわよー!
シンジ
引き戸に手をかけた音が、シンジの頭の中では妙にリアルに響いた。