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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで

鼻の先が ぶつかりそうな距離で、

私の奥を 覗き込んだ彼の言葉は

私が見る世界を 180度変えてくれた。

何気ない無意識を意識している

君は知らない。

チョコレートみたいと 言ってくれた髪の毛が

カフェモカ色だと 教えてくれた瞳が

私に《すき》を 教えてくれた。

だから、今日という日に

渡せたら。

両親から貰った名前も

その由来であるコーヒーも

正直、どちらも嫌いだった。

来栖(くるす)って、
目の色薄いよな

 

……

暗い褐色の髪とは相対し

白がかかった、 主張の弱い茶色。

私にかけられる言葉は いつもそうだから

変、って

言われると思った。

 

…うん

 

アンバランスで、変な色だよね

 

きらいなんだ、私

は?

彼が私に近づいた。

鼻の先がぶつかりそうな距離。

 

…な、

彼の瞳に私が映っていて

その近さに戸惑った。

 

なに…

……

…アンバランスってか

めっちゃきれーだし

 

っ、え…

きれい、なんてそんなこと

はじめて、言われた。

つーか、
来栖の名前まんまじゃん

 

…な、にが

耳が、身体が、 先を知りたがる。

少しだけ、 希望を抱いてしまう。

カフェモカ?
みたいな名前だったよな

目、なんかそれっぽくて

いいじゃん

 

…!

ぱっと、 視界が晴れたようだった。

嫌いな目で見ていた世界が、

塗り替えられていく。

髪もチョコの色だし

俺、好きだけど

 

……

身体中にあたたかい幸福が 広がっていく。

笑みが、零れた。

 

…ありがとう

ばちっ、と視線がぶつかった。

っ…!?

途端彼は勢いよく顔を背け、 口を手の甲で隠した。

 

…どうしたの

っ、あー…

首を傾けると、 彼は机の上で頭を抱えた。

 

…なぁ

 

…うん

私を呼ぶ声は、 絞りだされたように細かった。

いや、来栖ってさ

…普通に、かわいいから

 

 

かわ、…

耳を赤く色づけて、 彼が目線だけ私を向く。

だからそれ、もう自虐すんなよ

 

…うん

とん、と身体のなかで

居場所のわからない心が跳ねた。

あのときから私は、

好きになった。

うわー、雨降ってきた

やべ、傘持ってねぇ

 

うん

隣の席で伏せる彼の 落胆した声。

曖昧な相槌を返して、 本を閉じた。

鞄を探っても 見つからないので

中身をひとつひとつ 机の上に置いていく。

小さな木目の面積が あっという間に埋まった。

? 何してんの

 

えっと、チョコ…

 

…あった

包みを開いて、齧(かじ)る。

ふたりしかいない 放課後の教室に

カリッ、と 小気味いい音が響いた。

口のなかに、 カカオの風味が充満する。

……

…それ、90パーなんだよな

苦笑する彼を見て 首を傾げる。

 

…そうだけど

苦くねーの?

 

苦くないよ

 

いつもより甘めだし

甘い、のか…

缶コーヒーの蓋を開けた。

…ブラックコーヒーとかも
平気で飲むしさ

苦いの好きなん?

 

でも、コーヒーとチョコだけ

 

…倉木(くらき)が言ったから

 

好きになった

…俺?

 

うん

 

うれしかったよ

えー、なんて言ってた?

 

…内緒

彼にとって無意識だったことが

私を変えてくれたこと。

それは、私だけの秘密。

まだ雨は降っている。

 

…私、傘ある

 

一緒に帰ろう

まじで? ありがとな

 

うん

 

先に昇降口行ってて

おー

ひとつだけ、鞄のなかから 出さなかった紙袋。

イベントとか行事なんて、 ずっと興味なかった。

だけど、今日は特別だから。

彼に、渡せたら。

ふたりで入ると、 傘は思いのほか小さくて

気づかれないように、 紙袋を後ろ手で持つ。

 

…あの

ん?

 

今日って

 

なんの日か、知ってる?

え、あぁ、

…バレンタイン、だよな

 

…うん

心臓のリズムが、 いつもより速い。

こんな思いをするのは、

彼がいたから。

自分の名前、瞳、コーヒー

嫌いだったものを 好きになれたのも。

はじめての 気持ちをくれたのも。

全部、彼がいたから。

緊張で薄い空気を吸って、 口を開いた。

 

…私、作ってきた

え?

何故か震える手で、 彼に差しだした。

 

…あげる

……

…現実、だよな

雨の音すら霞んで聞こえる。

いつもより掠れた声が、 鼓膜と鼓動を揺らした。

…く、来栖がくれるとか

思ってなかった…

 

…な、

顔を上げて見ると、 彼は片手で顔を覆っていた。

 

なんで?

…だって、

こういうの、興味ないだろ?

 

そう、だけど

 

バレンタインは、特別

 

だから、

需要なんてないと思っていた、 なけなしの勇気を振り絞る。

 

…はい

紙袋を突きつけると、 彼は慎重に受けとった。

…さんきゅ

めっちゃ嬉しい

 

っ…、もう、いいから

鞄を顔の前に掲げて、 熱い顔を隠した。

明るい、と思ったら

いつの間にか、 雨はやんでいた。

潤いのある青空が眩しい。

…あ

やんだな

 

……

夕陽に照らされる彼の横顔は

オレンジと赤の 2色に染まっていて

思わず、零れてしまう。

 

 

…ユウヒ

っ!?

真っ赤になって、 彼が噎(む)せた。

数秒間見つめ合う。

 

…ゆ、

口元を手で隠して、 急いで視線を逸らした。

 

夕陽と有琲(ゆうひ)、

 

…なんちゃって

……

…名前

 

ちがう

…やべぇ

なんか、幸せすぎんだけど…

 

…笑わないで

肩を震わせる彼を睨む。

 

…っていうか、晴れてるよ

 

なんで、傘閉じないの

…それは、

視界が飴色の傘に遮断される。

…誰にも見られないように

 

…!

一瞬、何かが触れた。

 

…な、なに…

痺れる唇を、指でなぞる。

身体が固まったように、 動けない。

そんな私の手をとって、 彼が言った。

行くぞ、も…

…カフェモカ

 

……

 

…私、カフェモカじゃない

 

ちゃんと呼んで

いや、むり…

難易度高すぎるって…!

唸る彼に、笑えてしまう。

それでも、 繋いだ手は離れないことが

幸せ、だと思った。

珈琲色ラバーズ

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