雨音ちゃん、大丈夫だろうか
今からでも、連絡をしてみようか?
俺は……
秋斗
秋斗
俺は寝る準備をして、ベッドに向かう
秋斗
秋斗
秋斗
秋斗
俺はこうして1日を終えた
うすぐらくて じめじめとしていて さむい
体も顔も動かせない
ただ、前を見ているだけ
ず、ずる、ず、ずる
遠くの方から声がした
「"はつり"だ!!」
「"はつり"が出たぞー!!」
「うわああああああ!!」
「ぎゃああああああ!!」
「女子供逃がせー!!」
ダンッダンッダンッダンッ
ピシャ
襖が開く
和服姿の女が赤子を抱きながら 恐怖して逃げていく
真横を通り過ぎて行った
「ぎゃああああああ!!」
「あ……あ……」
声は途絶える
ず、ずる、ず、ずる
音が近付いてくる
すーーーっ
ゆっくりと 開かれた続き間の奥の襖
そこから白い手が伸びてきた
手は畳をつかみ
かきむしるようにして 体を押し進めている
そこに現れたのは
顔見えないほどの長い黒髪
白い皮膚に骨が浮き出るほど ガリガリの肉体
胸の膨らみ
はつりと呼ばれた女だった
はつりは足を動かさず 手だけで進んでいた
体と足を引きずって 畳の上を這っている
ず、ずる、ず、ずる
音の正体は、これだったのだ
吐き気がする
んー、んー、んー
地響きがするほどの低い声
気持ちが悪かった
ず、ずる、ず、ずる
はつりは襖と襖の間を移動して 姿が見えなくなった
すーーーっ
手前の襖から手が伸びる
まだ、奥の襖の裏にいるはずなのに
ず、ずる、ず、ずる
んー、んー、んー
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
低い念仏を唱える声がする
低い声と声が交わる
また、吐き気がする
これは、現実に違いない
ず、ずる、ず、ずる
はつりは右から左へと消えた
すーーーっ
白い手が伸びる
今度は、体をこちらに向けて前進する
近付いてくる
雨音
あれ?
これは現実
私は傍観者ではないのか
なぜ、ここにいるのか
今はそんなことはいい
近付かれたら、どうなるの?
何をされるの?
嫌だ
ず、ずる、ず、ずる
はつりは、足元まで近付いてきた
嫌だ
ぬっと関節があらぬ方に曲がり 立ち上がった
はつりの顔が目の前にくる
んー、んー、んー
嫌だよ
んー、んー、んー
助けて
んー、んー、んー
助けて!!
私は目を瞑る
静かだった
何も聞こえない
何も怖くない
こうしていれば 怖いものも見えなくなる
こうしていれば、いいんだ
しばらく、そうしていた
そこで思い出す
そうだ
これって、夢なんじゃ?
誰かとそんな話をした気がする
夢だと分かれば、もう大丈夫
何もないって
私は目を開けた
「もうおそいよ」
「ころすね」
「かかかかかかかかかかかか」
はつりが目の前で笑っていた
私は動けない
声が出せない
雨音
はつりがこちらに手を伸ばす
私は声にならない叫びを上げた
……
……朝、か
秋斗
目覚ましを止める
そして、カーテンを開く
とてもいい朝だった
しかし、天気はあいにくの雨で激しく降り注いでいた
秋斗
秋斗
俺は学校へと向かった
中村雨音が死んだ
教師の口から知った
昨日の夜 なかなか起きてこないため、両親が部屋まで行ってみると、既に生き絶えていたという
急性心筋梗塞ではないかと言われた
昨日の夜の時点で発症し 朝には遅かったのだ
もう、中村雨音はいない
俺は自分を恨んだ
……
中村雨音の死から2ヶ月が経った
一弥
雅也
声が聞こえた
ぼーっと顔を向ける
多分 この人たちは先輩だったように思う
一弥
一弥
雅也
一弥
雅也
秋斗
一弥
雅也
雅也
雅也
一弥
一弥
秋斗
一弥
雅也
雅也
一弥
一弥
一弥
秋斗
一弥
声はどこかへ行った
ず、ずる、ず、ずる
遠くの方で、音が聞こえた
俺は初めから自覚していた
これは、あの夢だ!!
見れた!!見れたんだ!!
起きようと思えば、起きられた
でも、そんなことはしない
許されない
雨音
雨音ちゃんの声だ
秋斗
声を出せない
でも、大丈夫
雨音
俺は償うから
雨音
君のために死ぬから
雨音
早く
雨音
早く殺せよ、はつり
早く死にたいんだ
罪悪感しか膨らまなくて
生きてる方が辛いんだ
だからさ
殺してくれ
"はつり"
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