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深夜の静けさは、まるで世界そのものが息を殺しているようだった。
ナナセはひとり、自室の窓際で膝を抱えていた。 背中の朱印はじわじわと広がり、まるで生き物のように疼く。
記憶の断片は確かに増えていた。 けれど、それは鮮やかな断片ではなく、切り取られたパズルの破片のように歪んでいて、何かが欠けている感覚ばかりが残る。
ある断片。
薄暗い寺の裏手、雨に濡れた苔むす石段。 小さな手が差し伸べられる。 誰かの声が遠くで呼んでいる。
そして——自分の手が、ふと爪を伸ばしていることに気づいた。
ナナセ
声に出してみる。虚ろな口から漏れた言葉は、自分自身への問いかけだった。
翌日、ナナセは再び〈時雨堂〉を訪れた。 ツクモは静かに迎え入れ、座敷の畳の上で一枚の古い巻物を広げた。
ツクモ
ツクモの声は揺らがなかった。
ツクモ
ナナセ
ツクモ
巻物の絵図には、狐面の姿が描かれていた。狐面は、獣の魂を狩る者であり、同時に彼らを監視し、導く存在だと説明された。
ツクモ
ツクモは巻物の端に赤い朱で書かれた文を指した。
ナナセ
ナナセは視線を落とす。 彼女の胸を貫くのは、深い孤独と苦しみ。
記憶が戻るたび、手が爪に変わり、声が歪み、肌の感覚が薄れていく。
ナナセ
ツクモ
視界が揺れる。胸の中で、何かが壊れる音がした。
ナナセ
ナナセの声は震えていた。
「記憶=呪い。正体=獣。狩り=贖罪」
三つの軸が彼女を縛り、縛られたその先に、果てなき闇が待っている。