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#怪異
イキリ火の玉
812
耐え内
233
260
怪異調査ガカリに入って三週間
私はまだ怪異の名前を一つも覚えられていない
正確には、名前がない
怪異調査ガカリでは、調査が終わるまで怪異に勝手な名前をつけてはいけない
名前は認識を作る
認識は怪異を変える
だから、私たちは怪異を怪異のまま呼ぶ
「調査対象A」
「目撃地点B」
「第七号案件」
味気ない呼び方だった
でも、それが普通だった
先輩が机の上に一枚の紙を置いた
紙には、簡単な内容しか書かれていなかった
――駅構内にて怪異の目撃
――被害報告なし
ーー通報者、一名
それだけ
先輩はコーヒーを飲みながら答えた
駅に着いた
昼過ぎ
人は多い
誰も怪異を恐れている様子はない
この国では、怪異が存在すること自体は珍しくない
駅員に身分証を見せると、すぐに案内された
駅員が少し考える
私は首を傾げた
それなら、普通の人間にも見える
駅員は困ったように笑った
私は黙ってメモを取った
その日の夕方
私は同じベンチに座った
怪異はまだ現れない
通行人
学生
会社員
親子
たくさんの人が行き交っている
そして午後六時
ホームに電車が入ってきた
その瞬間
いた
ベンチに、女が座っていた
白い服
俯いている
私は息を止めた
怪異
間違いない
でも、何もしていない
ただ座っている
電車が通過する
____消えた
私は立ち上がらなかった
追わない
呼ばない
ただ記録する
発生位置
時間
姿
行動
そして、電車が通過した直後に消失
その後五分
十分
二十分
怪異は現れなかった
私は駅員に聞いた
私は記録を見直した
三日前
午後六時
昨日
午後六時
今日午後六時
毎日、同じ時間
同じ場所
同じ行動
私は報告書に書いた
ーー午後六時、駅構内の特定地点に出現
――電車通過時に出現
――現時点で人間への攻撃性は確認されず
そこで筆が止まった
最後に、こう書こうとしていた
――待ち合わせをしているように見える
私は手を止めた
それは私の感想だ
調査記録じゃない
私はその一文を消した
翌日
私はもう一度、駅へ向かった
午後五時五十分
怪異はまだいない
五時五十九分
いない
六時
____いた
私は昨日と同じように観察する
そして、ふと思った
ベンチの隣
そこには、小さな紙袋が置かれていた
昨日まではなかった
私は駅員に確認する
私は紙袋を見る
触れてはいけない
怪異に関係している可能性があるものへ、勝手に触れることは禁止されている
私は写真だけを、撮った
私は写真だけを撮った
その瞬間
怪異がこちらを向いた
顔は見えなかった
ただ
私の手元を見ている
ような気がした
私は動かなかった
怪異はしばらく紙袋を見ていた
そして、電車が入ってきた
消える
紙袋だけが残った
私はすぐに上司へ連絡した
翌朝
紙袋は保護・管理担当へ引き渡された
中には古い弁当箱が入っていた
それ以外には何もない
弁当箱の裏側には、日付が書かれていた
二十年前の日付
私はその数字を見て、しばらく黙っていた
先輩が言った
先輩は弁当箱を見た
私は報告書を開いた
そこには
ーー怪異の目的、不明
と書かれていた
私は少しだけ考えてから、そのまま提出した
分からない
だから調べる
それだけだった
帰り際、私は聞いた
先輩は少し考えてから頷いた
先輩は弁当箱の入ったケースを見る
私は頷いた
先輩は笑った
私は特に気に留めなかった
怪異を調べる
怪異を守る
それも、怪異調査ガカリの仕事なのだから
数日後
駅のベンチから怪異は消えた
原因はわからなかった
誰かが来たのかもしれない
何かを忘れたことに気づいたのかもしれない
あるいは、ただ消えただけなのかもしれない
調査報告書には、最後まで答えを書けなかった
でも
ベンチの横に置かれていた弁当箱は、今も管理局の保護施設にある
誰かが忘れたもの
誰かを待っていた怪異
そのどちらだったのか
あるいはどちらでもないのか
私たちは、まだ知らない
それでも
知らないからこそ
私たちは調べ続ける
____それが怪異調査ガカリの仕事だから
コメント
1件
うわあ、この静かな不気味さと哀しさが混ざった空気感、とても好きです。「待ち合わせをしているように見える」と書いて消す場面、あの職業倫理が物語のリアリティをぐっと支えてますね。二十年前の弁当箱がまだそこにあるって、時間の重みと相手を想う気持ちが凝縮されていて、言葉にできない切なさが残りました。調べ続けるしかないっていう最後の一文も、この世界のルールとしてしっくりきます。伏線なのか日常なのか、どちらにも取れる余白がいいですね、茜さん。