コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
私たちを飲み込んだ闇はほんのり温かかった
ふさふさしていて、たまにぷにぷにした何かが私をつつく
もみくちゃにされながら、闇のなかを流されていく
不意に体が浮遊感に包まれた
次に肩に強い衝撃
軽く体が跳ねあがった
志織
どうやら闇に放り出されて、地面に叩きつけられたらしい
理彩
近くにリサの気配がするが、身動ぎひとつしない
志織
顔をあげると、真っ暗なはずなのに彼女の真っ青な横顔が見えた
その視線の先には……
『いや、わざわざご苦労様でした』
猫がいた
『暑かったでしょう』
二本足で立ち、私たちの前で猫がしゃべっている
志織
いまいち状況が理解できず、言葉も出てこない
『さあさあ、もうお待たせいたしません』
『お皿もご用意致しました』
気さくな口調の灰色猫は話を続ける
『ささっ、どうぞお皿へお乗りください』
『親方様がお客様をお待ちです』
え………?
『うちの親方様はここ半世紀、食事にありつけてないのです』
『まあ…偏食……と言いましょうか』
灰色猫が困り顔で語る
『人間しかお食べにならないのです』
ごくりと 喉を鳴らす
……人間を…食べる
そのことを認識すると、かくりと足の力が抜けた
逃げようと足を動かすが、宙をかくだけで一歩も進まない
『おやおや、どうされましたか?』
隣のリサをちらりと見る
彼女も腰が抜けて動けないらしい
よかった
正気には戻っているようだ
『ステーキはお嫌でしたか?』
灰色猫が不思議そうにこちらへ問いかけてくる
と、小さな額に手を当て、大袈裟に口を開く
『ああ! 私としたことが……』
『イマドキのジェイケーはおしゃれな料理がお好きでしたね』
分厚いノートを取り出し、ぺらぺらとめくっていく
『ええ、ええ…』
『もちろん、承知しております』
【人間の好きなものNo.243】と書かれた研究ノートらしいそれは、かなり使い古されていた
何を勘違いしているのか、灰色猫の話は止まらない
『えー……でしたら、シーザーサラダなんてどうでしょうか?』
どこから現れたのか左右から猫が飛び上がり、腰が抜けている私たちに何かを振り撒く
はらはらと舞い落ちて来たのはレタス
続けて猫が三匹がかりで大きな容器に入ったドレッシングを持ってきた
志織
咄嗟に私の口が動く
灰色猫は一瞬怪訝な顔をしたが、また納得したように大きく頷く
『ああ…! お二方は"デザート"をご所望でしたね!!』
『ええ、部下から伺っております』
『ではでは、アップルパイに包んで差し上げましょう』
パンパンと灰色猫が手を叩く
音に反応して 暗闇から赤く熱せられた巨大なオーブンが口を開く
間髪入れずにくるりと包み込まれる
小麦粉の匂いがした
志織
恐怖で縮こまる口から なんとか言葉を絞り出す
『……??』
『こちらもお気に召されませんか…』
灰色猫は落胆したように、そして困ったように頬の髭をかく
そして、こそこそと後ろを向いて闇に話しかける
『(どういうことだ)』
『(お前たちの報告と違うじゃあないか)』
すると闇が蠢き、うめきながら光を放ち出す
いや、あれは……
目だ
無数の目玉が暗闇からぎょろぎょろと光を反射させて しゃべっている
思い思いにしゃべる声は喧騒に近かった
『もういい、わかった』
手を振って声たちを制する
部下との会話を諦めた灰色猫がこちらを向き直る
『申し訳ありません、お客様。少々お時間を――』
………!!
灰色猫の後ろに…何かいる
私たちの視線に違和感を覚えたのか、灰色猫は振り返る
ぎょろりと大きな目がふたつ 暗闇を引き裂くように開かれた
『親方 さま……』
それは 巨大な化け猫だった
何百という歯をのぞかせる大きな口
爪は長く鋭く研ぎ澄まされ、尻尾は先でふたつに分かれている
ところどころ毛が抜け落ちており、肌が まだらに見えた
灰色猫は驚きながらも大猫に駆け寄っていく
ふむふむと頷きながら耳を傾けている
話が終ったのか、咳払いして こちらに向き直る
『親方さまは"もう待てぬ"とのことです』
え…?
固まっている私たちを無視して話は続く
『未調理でもよい、刺身もまた美味であると仰られました』
待って…それって……
『誠に申し訳ないのですが、希望の料理をして差し上げられません』
冷たいものが体を流れていく
生きたまま…食べられるの?
腹に激痛が走り、鋭い歯に内臓が掻き回される想像をして ぞっとする
『せめてもの お詫びとして、お皿を選ぶことは許されました』
灰色猫はのんきにしゃべり続けている
『どうぞお好きなお皿をお選びください』
このままじゃ 私たち……あの化け猫に殺される……
助けを求めようとリサに視線を送る
しかしリサの目は もう焦点が合っていなかった
先に恐怖が容量オーバーしたようだ
あとは私がおかしくなるだけ…
暗い感情がじんわりと心を蝕む
なんとか逃げる方法はないの……?
周りを見渡すも やはり何もない
ただ あるといえば…
せっせと猫たちが大皿を並べている
私たちのすぐ前には金色の皿と木目のついた皿が置かれた
他にも次々と皿が並べられていく
私は どうすれば………
びりり と何かが頭のなかを走る
腰の抜けていた身体に 少しだけ力が戻る
その衝動に後押しされるようにして
私は大きく一歩を踏み出した
終章 最後の選択へ