テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
桜の花びらが舞い、東京の季節は春だぞ~と風が伝えていた。
自分の頭に付いた桜の花びらを1枚摘んだ朝比奈柚希は、今日も平和で平凡な人生を送っていた。
出勤前に寄ったコンビニの前のコンクリートにも、桜の花びらが積もっていて風情を感じた。
昼ご飯に食べるカップのプリンと幕の内弁当を手に取って柚希は驚愕した。
朝比奈柚希
驚愕したのは幕の内弁当の値段だった。
580円の幕の内弁当、これを20日程続けるのなら大体12,000円の出費になる。
正直かなり余裕が無い状態だった。
けれど、柚希には一番の問題があった。
朝比奈柚希
そうーー柚希は料理が大の苦手なのだ。
どのくらい苦手かというと卵をちゃんと割れる確率が今の所50分の1である。
けれど正直仕方の無い事だとも思う。
私には事情があるからだ。
私の家は母が早くに両親を亡くした影響で全ての家事を母がこなさなければならなかった。
しかし何も教えて貰っていない状態から始めたために母は腕にかなりの火傷を負ってしまった。
その火傷のせいで、母は当時目指していたモデルの夢を諦めるしか無くなったという話を聞いたことがある。
その為私には二度と自分と同じ轍を踏んで欲しくないという思いから料理を一切させて貰えなかったという訳である。
当時の私は面倒くさかったというのもあり別になんとも思っていなかったが、今となってそれを後悔している。
なにせ私は別にモデルを目指していた訳では無いからだ。
母の勝手な期待ではあったものの、綺麗な腕は今もまだ健在である。
正直な話、宝の持ち腐れである。
朝比奈柚希
遠い目で母の顔を思い浮かべながらレジに向かった。
コンビニのレジ袋をぶら下げながら柚希は自分のデスクに座った。
柚希が勤めている出版社はかなり老舗の出版社として有名な所だ。
大学を卒業してから就職したてなので分からないことだらけだが先輩方が親身になって色々教えてくれるいい職場だと思っている。
ある1つを除いては。
堂本佳奈
この女、堂本佳奈である。
仕事は出来るのでかなり重宝されてはいるが、高慢で自尊心が高く、おまけにマウント癖があるので会社ではあまり好かれてはいない。
話している本人、朝比奈柚希も彼女が少し苦手である。
堂本佳奈
いつものが始まった。
彼女は自分より下の人間を見つけると徹底的にマウントの体制に入る。
朝比奈柚希
堂本佳奈
本当に、毎度この女は暇なのかと思いながら私はパソコンに齧り付いた。
かれこれ約10分は私のデスクの近くにいたその女は、飽きたのか自分のデスクに帰っていった。
そして昼食時間に入り、柚希はコンビニ袋から幕の内弁当を取り出した。
すると獲物を見つけたかの様に例の女・堂本佳奈がこちらにズケズケとやってきた。
堂本佳奈
案の定だ。
彼女が柚希をターゲットにする理由はこれ。
彼女はかなり家庭的で料理をするので毎日お弁当は自分で作っている。
その為、毎日コンビニ弁当の私を目の敵にしているらしい。
本当に暇なんだな。
そう哀れみの目を向けていたら向こうが少し不機嫌になった。
堂本佳奈
その時柚希の中で何かが切れた音がした。
柚希はキーボードのエンターキーを力強く叩いた。
その様子にさすがに怖気付いたのか堂本佳奈は去っていった。
その後私は黙々とトイレに直行した。
トイレに着いた瞬間に柚希は大きなため息を吐いた。
朝比奈柚希
多分かなり自分としてもショックだったのだろう。
それからしばらくはあの女の言葉が頭から離れなかったのだ。
それを気にしていた理由としては、柚希が焦っていたということもあった。
母からたまに来る電話内で孫が早く見たいと強請られる度に心が抉られた。
かと言って今まで家庭的な事を何一つさせてこなかったくせにそんな事を言われてもこちらは困る。
柚希はまたため息を吐いた。
その時軋む音を出しながらトイレの扉が開いた。
柚希は驚いて振り返るとそこに居たのは上司の久我彩夏だった。
確か久我さんには今双子の子供がいて絶賛育児の真っ最中だという。
凄い。
1人だけでも大変な今の世の中で2人も育てるのは並大抵の事では無かった。
しかもあの女と違ってそれをひけらかさない強さを持っているので、柚希はとても尊敬していた。
久我彩夏
朝比奈柚希
と言うと久我さんはプッと笑った。
久我彩夏
ニコニコと話すその姿は先程まで柚希の心の中にあった闇を浄化してくれた。
朝比奈柚希
気づけば私の口からそう漏れていた。
同時に自然と涙もポロポロ出てきたものだから、久我さんは驚いて急いでハンカチを取り出した。
久我彩夏
私が流している涙を拭う久我さんがそう尋ねた。
私は落ち着いた後、その理由をこぼした。
しばらくして私の愚痴を聞いた久我さんはものすごく呆れた様子だった。
久我彩夏
彩夏さんは頭を抱えて悩んでいた。
朝比奈柚希
柚希はそう尋ねるの彩夏は少し困った顔をした。
久我彩夏
彩夏はかなり悩んでいたが渋々口を開いた。
久我彩夏
なんとなく想像していた通りだった。
久我彩夏
分かる!と頭の中で叫んだ。
久我彩夏
朝比奈柚希
そう言って二人で見合ってため息を吐いた。
久我彩夏
彩夏が笑みを浮かべてそう言った。
その笑顔はとても可愛らしいのに力強く感じた。
朝比奈柚希
そう返事をすると何かを思い出したのか久我さんは立ち止まって振り返った。
久我彩夏
久我彩夏
そう言って久我さんは仕事に戻っていった。
私はその優しさにまた泣きそうになった。
仕事が終わって私は自宅であるアパートに帰っている最中だった。
そんな時ふと思い出した。
朝比奈柚希
柚希は家にストックしてあるカップのプリンがあるかどうかが不安になり、コンビニに寄って帰る事にした。
朝比奈柚希
洋菓子コーナーにあるプリンをありったけカゴに入れた。
朝比奈柚希
朝比奈柚希
そんな事を呟きつつも会計を済ませてコンビニを後にした。
気がつくと日は暮れていて時刻は19時を回っていた。
朝比奈柚希
そう思い私はスマホのライトを点け足下を照らした。
自分の部屋の玄関まで来て鞄の中で鍵を探し始めた。
朝比奈柚希
そうして鍵を開けようとした時、誰かが階段を昇ってくる足音がした。
タン・・・タン・・・
一定のリズムで鳴る足音に恐怖さえも感じた。
朝比奈柚希
階段を昇る音が止むと同時に顔を出したのは長身の青年だった。
ただ、向こうはサングラスとマスクをしていたのでどんな顔かは見ることが出来なかった。
朝比奈柚希
お隣さん
その人はこちらを見たが黙って部屋に入っていった。
朝比奈柚希
柚希も続けて部屋に入った。
柚希は自分の部屋に入ってベッドに勢いよく飛び込んだ。
朝比奈柚希
柚希は大きくため息を吐いた。
ため息と同時に今日あの女から言われた言葉が脳裏に過ぎった。
そんなんじゃ彼氏出来ないよ~?
朝比奈柚希
そう意気込んで私は冷蔵庫から卵を取り出した。
朝比奈柚希
もはや料理を始める理由が不純である。
まあそんなこんなで料理を始める事にした柚希は、手始めに卵焼きを作る事にしたのだが…
朝比奈柚希
そう力ずくで割った卵は、黄身はぐちょぐちょ、殻は入りまくりの失敗ダブルコンボであった。
朝比奈柚希
流石にある程度大きな殻は取り除いた後、フライパンに卵を流し込んで火を点けた。
しかししばらくするとなんだか焦げた匂いが部屋中を覆うように充満していき柚希はヤバいと感じていた。
柚希は慌てふためいていた。
朝比奈柚希
朝比奈柚希
柚希は火を消したあと窓を全開にして様子を見た。
しばらくしてからだいぶ焦げ臭さも消えて快適な部屋に戻っていった。
朝比奈柚希
そんな呑気なことを言っている場合ではない。
柚希がカーペットを洗おうと床から取り払おうとすると、インターホンが鳴り響いた。
朝比奈柚希
恐る恐る扉を開けると、そこに居たのは先程無視してきたお隣さんだった。
その人は綺麗な黒髪に鋭い目つきをしたマジイケメンだった。
朝比奈柚希
お隣さん
朝比奈柚希
イケメンに声を掛けられ思わず硬直した。
お隣さん
朝比奈柚希
あからさまに怪しい反応をついしてしまったが、隠して乗り切る事にした。
朝比奈柚希
白々しすぎたかと心配になったが白状して引かれるよりはマシだと思っていた。
お隣さん
イケメンが今にも帰りそうだったので思わずホッと息を吐いた。
お隣さん
そう呟いてそのイケメンはズカズカと柚希の家に入って来た。
朝比奈柚希
柚希は慌ててそのイケメンを追いかけた。
しかし時すでに遅し。
真っ黒焦げの卵焼きの残骸がイケメンによって発見されてしまったではないか。
朝比奈柚希
その時の柚希がどんな顔をしていたかはあまり思い出せない。
けど一つだけ言えたのは穴があったら入りたかったという事だろう。
お隣さん
お隣のイケメンは一瞬顔が強ばったがすぐに真顔に戻った。
そしてイケメンは1呼吸置いた。
お隣さん
あまりの文字の羅列に思わず戸惑う柚希だったが、何か頑張って質問に答えようとした。
朝比奈柚希
そう答えるとイケメンは首を傾げた。
お隣さん
物凄いイケメンから散々ディスられた。
死にてえ。
朝比奈柚希
こんなにバカにしてくるということは、この男は少なからず卵焼きを作れるという事だと考えた。
お隣さん
そう言ってそのイケメンは冷蔵庫の中を漁り始めた。
朝比奈柚希
お隣さん
この男、この期に及んでタメ口になり始めた。
朝比奈柚希
気になりすぎて思わず尋ねた。
お隣さん
敬語なのかタメ口なのか、どちらかにして欲しい。
お隣さん
朝比奈柚希
お隣さん
柚希は急いで深皿を用意してイケメンに手渡した。
お隣さん
イケメンがそう尋ねてきた。
朝比奈柚希
お隣さん
そう真顔で柚希に言った。
お隣さん
朝比奈柚希
お隣さん
朝比奈柚希
イケメンに名前を呼んでもらえるかもなんて期待は即打ち砕かれた。
お隣さん
もう朝比奈呼びは定着しているらしい。
お隣さん
朝比奈柚希
そう言ってそのイケメンは冷蔵庫から取り出した卵3つを手早く深皿の中に割った。
朝比奈柚希
お隣さん
ごもっともだった。
お隣さん
朝比奈柚希
イケメンはそう言いながら卵焼きに使う調味料を取り出していた。
お隣さん
そう言って今度はこちらを向いてきた。
お隣さん
どうやら泡立て器を探していたらしい。
だが、日頃料理をしないのでそんな物あるわけが無い。
朝比奈柚希
お隣さん
そう言われたので私は箸をイケメンに渡した。
するとイケメンは箸で卵を素早く解き始めた。
イケメンがする事はなんでも絵になるんだなぁと感心していた。
お隣さん
朝比奈柚希
お隣さん
お隣さん
そのイケメンは部屋を出て行った。
しばらくするとそのイケメンは卵焼き器を持って戻ってきた。
朝比奈柚希
お隣さん
朝比奈柚希
なんというか本当にクールな人だと思った。
お隣さん
そう言って箸でペーパーを掴んでフライパンに油を敷いていた。
お隣さん
朝比奈柚希
お隣さん
ジュー…と心地の良い音と共にいい匂いが部屋中に充満していた。
朝比奈柚希
柚希は手を挙げてそう言った。
お隣さん
朝比奈柚希
お隣さん
イケメンがものすごく呆れていたので申し訳なかった。
お隣さん
イケメンは淡々と説明してくれた。
朝比奈柚希
柚希は分からないなりに学ぶ事が出来た。
お隣さん
朝比奈柚希
下手な事は自覚しているが、いざ言われると精神的にくるなと思った。
そしてイケメンは、巻いた卵を奥に寄せ、再度油を軽く塗って、また卵液を流し込んでいた。
朝比奈柚希
お隣さん
朝比奈柚希
お隣さん
確かにそれはそうだった。
男性と話す時、少し気を遣って自分の意思が弱くなる癖を直したいと思った。
イケメンは卵焼きの形を整えて火を止めた。
お隣さん
朝比奈柚希
そして5分後、そのイケメンが皿に卵焼きを盛ってリビングの小さなテーブルに置いた。
朝比奈柚希
柚希は、いい匂いと黄金に輝く卵焼きを前にして期待が胸いっぱいに広がった。
お隣さん
朝比奈柚希
そう言って卵焼きを1切れ口に運んだ。
朝比奈柚希
美味しすぎて思わず叫んだ。
お隣さん
朝比奈柚希
朝比奈柚希
改めましての自己紹介をすると、もう1つ卵焼きを頬張った。
お隣さん
流れ的に名乗ってもおかしくないはずなのにそのイケメンは名乗らなかった。
朝比奈柚希
お隣さん
朝比奈柚希
お隣さん
散々考えたあと、柚希にとある動画を見せた。
朝比奈柚希
動画に映っていたのは今大ブレイク中のYouTuber・sakuyaだった。
朝比奈柚希
お隣さん
朝比奈柚希
お隣さん
朝比奈柚希
柚希は顔を曇らせた。
お隣さん
イケメンがそれを察したように柚希に尋ねた。
朝比奈柚希
お隣さん
朝比奈柚希
柚希は必死に熱弁した。
そのくらいこのイケメンの名前が知りたかった。
お隣さん
お隣さん
朝比奈柚希
柚希は胸を弾ませた。
高瀬朔也
随分淡々とした自己紹介だったが、名前を教えてくれただけでも嬉しかった。
でもそれよりも気になった点が、柚希にはあった。
朝比奈柚希
高瀬朔也
25歳となると柚希よりも2つ歳上という事になる。
つまり柚希の方が敬語を使わなければならない立場だったという事になる。
高瀬朔也
朝比奈柚希
柚希は知恵を振り絞って食レポのような感じで感想を朔也に伝えた。
高瀬朔也
高瀬朔也
朝比奈柚希
高瀬朔也
その発言に朔也は思わず耳を疑った。
そりゃあそうだろう。
この世でプリンを主食とする生命体なんて数奇なものだ。
高瀬朔也
朝比奈柚希
高瀬朔也
朔也はものすごく呆れていた。
というか引いてた。
そして私にもう1つ尋ねてきた。
高瀬朔也
傍から見たら変な質問だろう。
朝比奈柚希
高瀬朔也
お前だったんだな?
一体なんのことか柚希にはさっぱり分からなかった。
朝比奈柚希
柚希は恐る恐る聞くと、朔也はため息混じりに答えた。
高瀬朔也
衝撃の事実が発覚して柚希は思わず顔を真っ赤にした。
朝比奈柚希
高瀬朔也
朝比奈柚希
心外だった。
自分が知らぬ間にそう噂されていたというのはかなりショックだった。
高瀬朔也
朝比奈柚希
しょぼん顔をすると、朔也は立ち上がった。
高瀬朔也
朝比奈柚希
大声でお礼をすると、扉を開けて出て行こうとした。
朝比奈柚希
ただ、何か伝えないとと思ってしまい、つい呼び止めてしまった。
高瀬朔也
朝比奈柚希
必死に絞り出した声なので若干裏返ってしまった。
その言葉を聞いて朔也はかすかに微笑んだ。
高瀬朔也
そう言って朔也は扉を閉めた。
朔也が帰った後、柚希は自分のベッドに飛び込んだ。
今日の出来事は、これから始まる私の恋愛物語の序章に過ぎず、そして…
朝比奈柚希
顔を真っ赤にしてふて寝したのはここだけの話。
小話
手を合わせるという行為は、朔也の人生にとって必要不可欠なもの。
今日も帰ってきてからいつも通り手を合わせた。
最近食欲が無くなってきて、料理動画を作るのにも苦労してきた所だった。
高瀬朔也
今朔也は、次回アップロード予定の動画の編集作業を行っている所だった。
編集作業の主な内容としては、BGMや字幕の挿入や声の録音、レシピの表記などかなり忙しかった。
それにプラスしてレシピ本に載せるレシピをかなりの数考えなくてはならない為、今がピークだと感じる。
高瀬朔也
朔也はグチグチそう呟き続けた。
高瀬朔也
次の日の朝、朔也は家の近くのゴミ捨て場に向かった。
高瀬朔也
遠方にのそのそとゴミ袋を持って歩いてくる女性がいた。
高瀬朔也
そこに居たのはアパート《nerima》の大家、杉本トキさんだった。
杉本トキ
大家のトキさんは、明るい笑顔が眩しい人だ。
話によると10年前に亡くなった旦那さんの形見として貰ったアパート《nerima》を大事にしているそうだ。
高瀬朔也
杉本トキ
トキさんはしょんぼりした顔でゴミ捨て場を見ると、さらに顔が曇った。
杉本トキ
トキさんの目線の先には大量のプリンカップが捨てられた不思議なゴミ袋があった。
それに…また?
高瀬朔也
杉本トキ
高瀬朔也
杉本トキ
高瀬朔也
最初のうちはそう思っていた。
俺は家に帰ってデスクトップパソコンの電源を入れた。
パソコンを見るだけでも精神に異常をきたしそうだった。
高瀬朔也
ため息を何回吐いたかなんて数えるのもめんどくさかった。
高瀬朔也
そんな事を考えたり、事務所に顔を出しているうちにあっという間に夜になってしまった。
朔也は朝も昼も食べていなかったが、空腹は感じなかった。
高瀬朔也
そんな事を考えていた矢先、外からやたらと焦げ臭い匂いがした。
高瀬朔也
しかしそれなら火災報知器が作動しているはずなのでそれは無いだろうと判断した。
高瀬朔也
朔也は外に出てみた。
見ると、隣の家の窓が開いており、恐らくその家の人間が何かを焦がしたのだろうと結論づけた。
高瀬朔也
料理研究家には焦がすという概念が分からない。
朔也はインターホンを押して中の様子を確認しようと思った。
ピンポーン
チャイムが鳴ってしばらくするとドタドタと足音が近づいてきた。
ガチャ
扉がかなりの勢いで開いて驚いたが、その先にいた人間にも驚いた。
朝比奈柚希
背丈は低めで、落ち着きが無い。
髪は長く、美しい翡翠の瞳。
俺の中の記憶が蘇った様な気がした。
高瀬朔也
高瀬朔也
朝比奈柚希
分かりやすい反応にも懐かしさを感じた。
でもそれを表に出す訳には行かなかった。
朝比奈柚希
かなり白々しかった。
高瀬朔也
相手がそうするなら俺もそうする。
その女はかなりホッとした様子だった。
その顔を見ると、イタズラしてやりたいという衝動に駆られた。
俺はその女の部屋に入る事にした。
朝比奈柚希
キッチンに着いた俺は目を疑った。
黒く炭になった卵焼きのようなものがフライパンの上に鎮座していたのだ。
朝比奈柚希
苦笑する女の隣で俺も苦笑した。
高瀬朔也
この女の不器用さに、なんというか段々腹立たしくなってきた。
高瀬朔也
思わずいつもの癖が出てしまった。
料理研究家なので料理の事になると饒舌になってしまうのだ。
朝比奈柚希
どうやらこの女は料理が苦手らしい。
ならば、と腕が鳴った。
それから俺はその女・朝比奈柚希に卵焼きの作り方を説明しながら手伝わせた。
朝比奈は、卵焼きが完成した瞬間、目を黄金色に輝かせて喜んでいた。
高瀬朔也
それから5分後に食事の時間となった。
何気に自分の作った料理を人に食べてもらうのは、久しぶりな気がした。
高瀬朔也
朝比奈柚希
いただきますの笑顔、食べている時の所作、何となく見覚えがあった。
高瀬朔也
その違和感というのは気の所為と言われてもおかしくないものだった。
朝比奈柚希
いきなり朝比奈が叫んだので思わず耳を塞いだ。
高瀬朔也
朝比奈柚希
そう前置きを置いて朝比奈柚希は自己紹介をした。
自己紹介があまり好きでは無い俺は、ただ名前を聞いてやり過ごそうと考えていた。
ただ、そう上手くはいかなかった。
朝比奈柚希
ああ鬱陶しい。
これだから自己紹介は嫌いなんだ。
俺は仕事上名前を教えるというのは自殺行為になる。
そんな鉄火場に自ら飛び込むほど愚かではない。
ただ、あくまでも相手は女なので、極力傷つけないような言い回しをした。
高瀬朔也
朝比奈柚希
そう言っている訳じゃない。
それからしばらくした後、朝比奈にとある動画を見せた。
その女は元々丸い目を更に丸くして驚いた。
朝比奈柚希
逆にこの女は何故知らなかったのだろうか。
高瀬朔也
どうやらその女は、普段からあまり料理系の動画を見ていないらしい。
高瀬朔也
これで納得してくれるだろう。
そう思っていた俺が愚かだった。
朝比奈は頬を膨らませ、なんだか拗ねている様子だった。
高瀬朔也
何がずるいんだ。
朝比奈柚希
...確かに今思えば勝手に部屋に入ったのは少し申し訳なく感じた。
高瀬朔也
高瀬朔也
そう誓わせ、朔也は自分の名前を教えた。
朝比奈は俺の方が歳上な事に驚いた様子だった。
高瀬朔也
俺はずっと気になっていた事を聞いた。
ただ、その女の口から出たのは衝撃的な事実だった。
朝比奈柚希
信じられない発言に俺は耳を疑った。
高瀬朔也
この世でプリンを主食とする生物がいた事に驚いた。
そしてそのプリンというワードに聞き覚えがあった。
高瀬朔也
高瀬朔也
朝比奈柚希
自分で聞いておいてなんだがかなり引いた。
同時に謎が解けた。
高瀬朔也
そう呟くと、朝比奈は不思議そうな目で俺を見た。
高瀬朔也
そう伝えると朝比奈は驚いた様子を見せた。
どうやら本当に知らなかったらしい。
高瀬朔也
朝比奈柚希
伝えたい事も伝え、朔也は自分の部屋に戻ろうとした。
朝比奈柚希
朝比奈柚希
叫んで放った彼女の言葉は、真っ直ぐ俺の心を貫いた。
久しぶりだった。
誰かから必要とされた事は...。
高瀬朔也
相変わらず不器用だなと自分で感じた瞬間だった。
部屋に戻ってきた俺は、デスクトップパソコンに向かって今日のレシピを記録した。
高瀬朔也
朝比奈柚希という女と出会ってから、驚く程レシピのアイデアがスムーズに出てきた。
それにしても何だったのだろう。
あの時脳裏に過った、朧気な記憶。
まるで昔、似たような人間に会ったかのような感覚だった。
高瀬朔也
そう呟いて、朔也はまた仕事に戻った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!