日向翔陽はその日久しぶりに体育館の中央に立っていた。
誰もいないコート。
ネットの向こう側にはかつて自分が目指していた空が
変わらず広がっていた。
彼はただそこに立ちつくしていた。
怖くて、踏み込めなくて。
でも_
でももう一歩踏み出したいと確かに思っていた。
霧島 澪
…跳んでみたら?
声がて振り向くと澪がいた。
彼女は制服のまま、ボールをひとつ抱えていた。
日向 翔陽
どうして……?
霧島 澪
日向君が自分のこと怖いって言ってた時、私少しだけ安心したんだ。
日向 翔陽
安心?
霧島 澪
あんなに強くて、明るい人が私と同じで怖いと思ってた。
霧島 澪
だから、勝手にだけど同じ場所に立てたって思えたの。
日向は言葉を失った。
澪の声は震えていたけど、そこには確かな真実があった。
霧島 澪
私もまだ怖いよ。
霧島 澪
クラスで何されるか、毎日ビクビクしてる。
霧島 澪
でも体育館に来る度に少しずつ息ができるようになる。
日向 翔陽
…俺も。
ひなたはポつりと呟いた。
日向 翔陽
霧島さんがここにいたからここに戻れた。
日向 翔陽
俺がまた跳びたいって思ったんだ。
その瞬間澪の目に涙が滲んだ。
霧島 澪
跳んでよ。
霧島 澪
もう一度、見せてよ_
差し出されたボール。
日向は震える手でそれを受け取る。
そして、深く息を吸った。
(怖い…けど__)
澪が見てる。
誰かが今の自分をちゃんと見てくれてる。
その想いが足に力をくれた。
1歩、2歩、3歩。
空が揺れた。
音がした。
ボールはネットを越えて、真っ直ぐ床へ落ちた。
その瞬間日向の目に涙が溢れた。
日向 翔陽
…跳べた。
霧島 澪
うん。跳べてた。
霧島 澪
すごく…
霧島 澪
すごく綺麗だった。
2人はただ見つめ合っていた。
それだけで十分だった。
その日
日向翔陽は
飛べなくなった烏
じゃなくなった。
後日。
体育館には日向の姿があった。
練習着に着替え、ストレッチをしている彼の背中は、
どこか晴れやかで、まるで昔の
太陽
のように輝いていた。
霧島 澪
復帰するんだね。
日向 翔陽
うん。まだ怖いけど、約束したから。
霧島 澪
約束?
日向 翔陽
跳ぶ理由をくれた人をちゃんと支えたいって思った。
そういう笑う彼に、澪は何も言えなかった。
ただ、胸の奥に熱い何かが満ちていた。