観覧車、ゴンドラ内
男
よいしょっと。
男
(ほんとは傷心旅行にでも行きたかったんだけど。有給も使い切っちゃったからそんなに休みも取れないし、俺なんかにはおひとりさま観覧車が限度ってところか)
男
(この観覧車が一周する間、思う存分たそがれてやろう。次に地上に戻ったら…もうクヨクヨタイムはおしまいだ!)
男
さあ、登れ登れ!
女
すいませーん! 乗りまーす!
男
……ん?
女
その観覧車、乗りまーす!
男
は?
女
ぃよっと!
男
えっ!?
女
あ、どーもどーも。おじゃましまっす。
男
な、ななな何!? だ、誰!?
女
あ、私、この遊園地の館長の娘なんです。
女
って言っても、ここの従業員とかではないですよ。私は私で入りたい会社に入ったので。
女
だから今はただ遊びに来てるんです。自由に何でも乗っていいよって言われてまして!
男
だ、だからって! なんでここに入って来んの!? なに、乗りまーすって!? エレベーターか何かみたいに!
女
いや〜、寂しがり屋なものでして。1人で乗るの寂しかったんです〜。私だけ無料だと心苦しくなるので、友達とか誘いづらいんですよねぇ。
男
いや、そういうことじゃなくて…! 普通にありえないでしょ、こんなことするの! 俺はちゃんと料金払って個室取ったんだ!
女
え〜、人んちの遊園地をホテルみたいに言わないでくださいよぉ。
男
あ、すんません……って、何を謝ってるんだ俺は!
男
ああもう、観覧車じゃ降りろとも言えないし、ほんとにこんな得体の知れない奴と一周回らなきゃいけないのか?
女
そんなに1人になりたかったんですか?
男
なりたかったよ! でもそれ以上に君が怖いに決まってるだろ!
女
なんで1人になりたいんですか?
男
話を聞かない奴だな!
女
聞きますよ。なんで1人になりたいんですか? 話してみたら気が楽になるかもしれないですよ。相手はこんな他人なんですし!
男
………
女
わぁ〜、結構登ってきましたね〜。夜景綺麗〜。
男
…ちょっと、物思いにふけりたかったんだよ。
女
なぜ?
男
……ふられたんだ、彼女に。
男
(しっかり者で、聡明で、とても綺麗な彼女……。大好きだった。なのに昨日突然、【別れよう】と言われたんだ)
女
なぜふられちゃったんですか? 理由は?
男
ズケズケ聞いてくる奴だな。……他に好きな人が出来たんだと。
女
ありゃ〜、それはお気の毒に。
男
そうだ気の毒なんだ。わかったらもう放っといてくれ。
女
どんな人だったんですか? 彼女さん。
男
だからもう黙ってくれって!
女
大好きだったんですよね? こんな風に1人観覧車なんかしちゃうほど。夢中だったんでしょうね? ねえ、どんな人だったんですか?
男
何なんだよお前は! 関係ないだろ!?
女
ほんとに関係ないんですか?
・
・
男
………え?
女
本当に、全く関係ないって思ってます?
男
……なん、だよ……それ…どういう……
女
自分に素直になってください。本当はどう思ってるんですか?
男
………
女
………
男
……乗り込んできた時から思ってた。君は、彼女に少しだけ……いや、それなりに…顔が似ている。ファッションとか喋り方とか、声も似てないから、雰囲気は全然違うけど。
女
そうですかぁ。
男
……まさか、彼女の妹とか、そんなオチってわけ?
女
違いますよぉ。私お姉ちゃんいないですし。それどころか兄弟いないですもん。ひとりっ子なので。
男
そう…。ならやっぱり他人だ。関係ない。思い過ごしでほっとしたよ。
女
いいえ、関係ありますよ? だって、別れさせたの私ですから。
・
・
男
……え? 今、何て……
女
彼女さん、賢い人ですよね! 【私の顔を見て】、すぐにお願いを聞き入れてくれたんです。
男
か、彼女に……会った、のか…?
女
はい〜! 賢い人で、…きっとすぐに悟ったんでしょうね。そっくり同じにはならなかったけど、なかなかに近いところまでは出来たので。
女
…自分の顔に似せて整形までしちゃうような狂った女、逆らったら何するかわからない、って。
男
……だ、………誰、だ……お前は………っ……
女
私、ここの館長の娘って言いましたよね? さて問題です。この遊園地の名前は?
男
……な、……ナルカワパーク………
女
ぴんぽーん! お久しぶりです先輩。営業課の成川巴(なるかわ・ともえ)でーす。
男
…!?
女
ねえ先輩? 私この顔になったのに、なんでずっと冷たいんですか?
女
先輩の大好きな顔になったのに、なんで優しくないんですか?
女
やっぱりまだあんまり似てないから? もう1回手術してもっとそっくりになったら、私のこと好きになってくれるんですか?
女
あ〜でも、今回だけで結構仕事休んじゃって、あんまり会社の人に迷惑かけるのもよくないし、私そういうの結構気になっちゃうんですよね、人に迷惑かけたりするのって苦手なんですよ。
女
それにまたしばらく会えなくなっちゃうのも寂しいなぁ。さっきも言ったように寂しがり屋さんだから、私。
男
ぁ……ああぁ………
女
ところで先輩。真上にきてからこの観覧車ぜんぜん進んでないの、気づいてます?
男
…!?
女
あは〜、やっぱりお話に夢中で気づいてなかった。先輩ってそういうところありますよね♪
男
……な、何を………何する気、なんだ………
女
んーと、それはまだわからないんですけど、まあ、彼女さん……【元】彼女さんの考えた通りですよね! ……こんな狂った女、何するかわからないって。
男
……っ!、…やめろ、来るな……助け…っ……
女
何が起きるのかなぁ。自分でも何が起きるのかわからないんですから同じ気持ちですよ!
女
そっか、今私達同じ気持ちを共有してるんですね! 嬉しいですねお揃いですね。…あ〜、これから私が何するのか、楽しみですね♪