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五月になったら、思い出す。
ブラックコーヒーのように苦い思い出。
まだ空は明るい。
綺麗に澄み渡った空の隅には暗く、
どす黒い雨雲が、迷子のように漂っていた。
彼が買ってくれた赤色の折り畳み傘を、
まだ明るい空に向けて差した。
待ち合わせの目印だったこの傘を差していれば、
気が付いてくれるかな。
本来ならば、隣にいる彼が、
温かい光とともに消えて行った。
四月に舞い散る桜が
彼の死を喜んでいるように見えてしょうがない。
誰も居ないのに、
私は赤い傘を左に傾けた。
風間 蓮
神名 藍
彼の声が聞こえたようで
左を見たが誰も居なかった。
ゴールデンウィークなのに、
誰とも出かける予定はない。
誰とも出かけたくない。
五月の雨は、
彼の死を悲しむ
私の心を表した。
左に傾けた傘を
真っ直ぐに戻した。
遅刻魔の彼だったが
「君の傘が目印だから、きっと間に合うよ」
そう言う彼の言葉を思い出し、目頭が熱くなった。
私は、目からこぼれた涙を拭わず
傘を投げ捨てた。
雨が私の涙を流した。
いやになるくらい暑い。
彼と出会った高校を思い出す。
短い一年間。
その時は、まだ好きだった桜も
この高校ではもう見たくない。
彼と一緒に走り回ったプールサイドは
色が薄く変わっていた。
まだ、風は吹かないで。
彼との甘い思い出を残していたいから。
持っていた、赤い折り畳み傘が
プールに落ちて
水しぶきを上げた。
私は制服のまま
それを拾おうと、
水面に手を伸ばした。
傘が手に届いた時、
冷たい水が指先に当たった。
濡れた赤い傘は
澄んだ空も
冷たい水面にも
なじまないようだった。
一年前。
風間 蓮
神名 藍
風間 蓮
焦ったように言う彼の声に、私は呆れて彼の後ろの方を指さした。
神名 藍
風間 蓮
蓮は背中に隠していた赤い折り畳み傘を、私に見せた。
風間 蓮
風間 蓮
風間 蓮
蓮は赤くなった顔を傘で隠しているようだった。
神名 藍
風間 蓮
風間 蓮
もう
既に早くなっている私の鼓動に
全く気づかない彼に苛立ってしまう。
イライラしてなのか
それとも、私がまだ感じたことのない気持ちなのか。
彼が差し出した傘と同じくらい顔が赤いのを
水面に映る自分の顔を見て気が付いた。
風間 蓮
神名 藍
風間 蓮
神名 藍
夏なんか無くなればいいなんて、思わなくなった。
一年経って
彼との甘い思い出を思い出せる
唯一の季節だから。
季節が過ぎていくにつれて
私の鼓動は早くなっていった。
それと同時に、
私の顔が赤くなっていった。
でも顔が赤いのは、彼のせいじゃないだろう。
赤い紅葉と、四時ごろになると指す、西日のせいだ。
けれども、今の私の顔は、
彼の顔すら思い出せない抜け殻のような顔だ。
一年前。
風間 蓮
風間 蓮
神名 藍
私達はまだ付き合ってもいないのに。
どんどん早くなる私の鼓動がそれを物語る。
中途半端な私達の関係は、
私の顔が赤くなることで表した。
風間 蓮
神名 藍
彼の言う事全てに、私の心臓が反応してしまう。
この鼓動は私を逆に苦しませた。
付き合えば、こんな苦しい思いしなくていいのかな。
二か月前の八月。
泳がなかったプールの中で
今、おぼれているようだ。
今、私がここで彼に告白すれば、
彼が手を伸ばして
助けてくれるだろうな。
風間 蓮
神名 藍
神名 藍
風間 蓮
神名 藍
彼の残念そうな声に
私の顔は、夕日じゃ誤魔化せないくらいに赤くなった。
十二月になった。
クリスマスというキラキラしたイベントが
私は苦手だ。
一年前のこの時期は、
まだ心の準備ができなかった。
下校中に一人、
カフェに入って
課題を終わらせた。
図書館で終わらせようと思っていたが、
暖房の無い図書館は
好きになれない場所だった。
彼が死んでから好きになった。
温かいカフェは、彼を思い出せない。
爪の先まで冷たくなる図書館で、
課題を終わらせる私を応援する彼が
私は大好きだった。
暖房の無い空間でも
彼が近くに居れば
身体の内側から暖かくなる。
彼が来るかもと
絶望的な希望を抱きながら、
私は図書館に入っていった。
図書館の中で
机の向こうの窓に見える
紙吹雪のような白い雪。
彼が居た頃は、雪が降っているのに気付かなかったのにな。
まだ春が好きだった、去年の三月。
友達と離れるのが嫌で、まだ卒業でもないのに涙を流した。
校庭に出たとき、
目の前に広がる、桃色の空。
風が吹いた時、私が肩を震わせたように
桜の枝が大きく揺れた。
私は無意識に、
蓮と同じクラスになれますようにと、
祈っていた。
風間 蓮
神名 藍
風間 蓮
神名 藍
そんなことを平気で言える彼。
彼の姿を見て、私は意を決した。
新学期が始まる一週間前。
私は図書室に籠っていた。
まだ散り切らない桜を見て、私は筆を走らせた。
「ずっと好きだった」
「初めて見たときから好きだった」
「好きだから、付き合ってください」
私からの彼への思いはこんな言葉じゃないだろう。
書くたびに消しゴムでその文章を消す。
どれも違う文章だ。
上手く文章に落とし込めない自分に苛立ち
消しゴムを持つ手が自然と強くなる。
ビリッ
いやな音が聞こえ、私は消しゴムを持つ手を緩めた。
便箋から手を放すと、
便箋には穴が空いていた。
その時。
窓の外から、救急車の音が聞こえてきた。
いつもは、なんとも思わない音だったが、
横隔膜が痙攣するほど
いやな予感を肌に感じた。
救急車の音が一番大きく聞こえたとき、
窓の外で桜が紙吹雪のように
舞い散った。
クラス替えが終わった後、
私の前の机には、白い百合が花瓶に入れられていた。
彼の机の周りには、
涙を流している友人たちが居た。
始業式が終わってから、
帰る人が殆どだったが、
うちのクラスはまだ何人も残っていた。
私は零れそうになった涙をこらえていた。
どうしようもなく辛くなって
耐えられなくなって
荷物を背負って
学校の外へ逃げ出した。
彼と一緒に行きたかった場所。
明るい澄んだ空がきれいで
暗く、触ると冷たい海。
初めての感覚だった。
彼と話して、
顔が赤くなって
それを隠すように俯く。
でも、この日だけは
涙が流れないように
天を仰いだ。
神名 藍
この前まで浮かれていた自分がバカみたいだった。
さよならも
伝えきれなかった。
そんな自分を
私は殴りたくなった。
一年後
恋を忘れた五月。
彼にもう一度会える時まで、
私は思い出せないだろう。
傘をくるくる回して
私は傘を持つ手を緩めた。
その時、
風が吹いて、
私の持っていた傘を吹き飛ばした。
透明なビニール傘が
電車のような速さでもう見えなくなった。
傘が無くなって、どうしようかと思っていたが、
通学カバンの中には、
彼からもらった赤い傘をもらったことを思い出した。
四月のあの日。
恋が絶望に変わった日。
あの日は私にとって
ある意味、
記念日だったのだろう。
この日。
風が絶望を吹き飛ばした。
今日もきっと
私にとっての記念日だろう。
彼との結婚記念日を同じくらい
私にとって
重要な日だ。
私は、
黒い雨雲が広がった空に向かって
赤い傘を広げた。
絶望が風の音に消えてった。
雪葉