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魚1

よくぞ参られた、太郎殿

魚2

ささ、恐れずズズイと前へ参られい

太郎

確かに私は太郎と申します

太郎

しかし一体何事ですかこの有様は

太郎

亀を助けたお礼にと、海の底まで連れられ来れば

太郎

まるで魚の観衆を前に、まるで私は見世物のよう

太郎

これは如何なる催しですか

太郎

私は一体、なぜここへ

魚1

そうパクパクと口を開かず

魚1

まずはご紹介つかまつろう

魚1

今からお見えになる方には何卒頭をお下げくだされ

魚2

海の女王、竜宮の姫君

魚2

乙姫様のお成りにござります

太郎

なんと

太郎

竜の姫君にお目通りが叶うとは身に余る

太郎

私は亀を助けただけのこと

太郎

それがこれほどの徳とは思えませぬが

乙姫

太郎様、類い希なる漁師様

乙姫

さすがのご慧眼にございます

乙姫

今宵お招きしたるは、亀のお礼ではございませぬ

乙姫

むしろその逆と心得られませ

太郎

逆とは如何に。それでは私は

魚1

左様、あなたはお客人ではございませぬ

魚2

我らが海の、罪人にございます

太郎

意味が分からぬ…!

太郎

私は日々仕事に励み、粗末を許さず

太郎

海に粗相もしたことがない!

太郎

その私の、なにを以て罪人とおっしゃるのか!

魚1

貴殿のおっしゃる、その仕事が罪なのです

太郎

馬鹿な

魚2

日に数匹なら許せましょう

魚2

日に数十でも許せましょう

魚1

しかしあなたは日に数百も生け捕りにする

魚1

フカやウツボよりも多いのです

魚1

それをどうして許せましょう

太郎

待たれい、お待ちあれ

太郎

しかしそれも生きるため

太郎

私一人のことではない

太郎

家族、村、ひいては国の皆が生きるため

太郎

確かに私は日に数百も魚を捕る

太郎

誰に言われるまでもない、村一番の漁師です

太郎

しかし自分一人で食べているのではないのです

太郎

多くの者に分け与え、皆で生き延びるために獲っている

太郎

それを罪とは、あまりの言い様

太郎

身内を食われる悲しみは、そちらにもあろう

太郎

いかにも私が憎かろう

太郎

それでも何卒、お願いしたい

太郎

一つの腹から万の卵を産むあなたがたの命を

太郎

陸の我らに分け与えていただきたい

魚1

…なんと

魚2

どう処断なさいますか姫様

乙姫

…日に数百獲る我らの命

乙姫

あなた様は他者に、分け与えたとおっしゃるのですね

太郎

左様です

乙姫

…ならばこの方に罪はないでしょう

魚1

姫さま!

乙姫

食らい、残し、それを他者がまた食らう

乙姫

それは命の廻り、この海でも同じこと

乙姫

むしろこの場に連れ出され

乙姫

よくぞ正直に告白なさったというもの

乙姫

ですが

乙姫

あなた様に、もう我らを獲ることはできませぬ

太郎

なんと

乙姫

あなた様は、ヒトに許される海の命の数を獲り尽くされた

乙姫

これ以上は許されませぬ

乙姫

あなたの網には金輪際

乙姫

ただの一匹も、魚はかからぬでしょう

太郎

それは、それは困ります!

太郎

先に申したとおり、捕った魚はすべてわけてしまった

太郎

手元になど残っていない

太郎

家族が飢え死にしてしまう

魚1

他の者からわけてもらえばよいのでは?

太郎

村一番の漁師は私だ

太郎

他はみな獲る数も少なく、家族を養うので精いっぱい

太郎

とても私に施しなど

乙姫

なるほど、ではこう致しましょう

乙姫

あなた様の命

乙姫

我々に分け与えてくださいませ

太郎

…え?

乙姫

ヒトは我らの命を分け与えられ生きているのでしょう

乙姫

ならば我々にもせめて

乙姫

あなた様の命を分け与えてくださいませ

太郎

なにを、なにを馬鹿な

太郎

この、この体を御覧じろ!

太郎

私なぞ痩せっぽちで、肉などついておりませぬ

太郎

それに

魚1

ヒトでの善し悪しなど存じませぬが

魚1

あなたほど大きな身体なら、稚魚千匹は養えましょう

魚2

生きたまま啄まれ、心から慈しんでくださいませ

太郎

生きたまま…!生きたまま食われろと…!?

魚2

ええ。命を分け与えることに誇りをお持ちの貴殿なら

魚2

きっと耐えてくださるでしょう

乙姫

最後は骨が残りましょうが

乙姫

それは海神様にお召しいただくことで

乙姫

やがてあなた様は、海神様と一つになるのです

太郎

海神、様?

乙姫

ヒトがイサナ(鯨)と呼ぶ方々

乙姫

海神様は300年ご存命になります

乙姫

その間我らは、あなた様の村が、村人たちが

乙姫

海の命を獲ることを許しましょう

太郎

…い、いやだ

太郎

嫌だ、生きたまま魚に食われるなんて御免だ!

太郎

助けてくれ、帰してくれ!!

太郎

家にはおっかあがいるんだ

太郎

まだ死ぬわけには…!!

乙姫

地上には亀が参ります

乙姫

ご母堂様へはきちんと説明申し上げましょう

乙姫

あなた様は竜宮へ招かれ、300年帰れぬと

乙姫

代わりに、労さず魚を獲れる免状を届けます

乙姫

螺鈿の箱に入れ、大事にお届けしますゆえ

乙姫

心残しなく、さあ、稚魚に

太郎

嫌だ…!嫌だ、やめてくれ…!

太郎

痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃ…!!

太郎

帰してくれ、こんな、嫌だ、痛い、嫌だ…!

太郎

誰か…!!

…まったく、ヒトというのは傲慢な生き物ですな

亀一匹助けたところで、なにが変わるわけもない

それをノコノコと、オキアミを見つけた鮭のように

…おや、お待ちを

そこを往くのは、太郎殿のご母堂ではございませんか

えぇ、えぇ、浦島の太郎殿のことでございます

実は先日、太郎殿に助けていただいた亀でございまして

太郎殿が数日戻らぬ?

左様でございましょうとも

太郎様は今、竜宮におられます

なにぶん海底と地上は時の流れが違うもの

時の早さに気がつかず、きっとお戻りになる頃には

あなた様がもう彼岸にお渡りになってから

それではあまりにお辛かろうと

この亀、竜宮の姫様より免状を授かって参りました

これを海に見せて網をかければ、

健やかに生きていけるだけの魚が獲れましょう

いえいえ、感謝などもったいない

どのような命も分け与え合ってこそ長らえるもの

あなた様を心残りとしておられた太郎殿もきっと

300年後の浄土にて、あなた様と再会なさいましょう

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コメント

2

ユーザー
ユーザー

村のみんなを養っていたのに何とご無体な、と思ったけれど、人智を越える物の理は時に不条理なんだろうな…… 竜宮の皆にとってはいじめる子供は「命をとっていないからノーカン」くらいな感じなんでしょうか?

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