千早
さて、この原稿ですが、ざっとまとめると以下のことが分かります。
千早
まず、A達5人は、誰かが死なないと出られない空間に閉じ込められている――という設定であること。
千早
食糧や水などはなく、いわゆる極限状態であるということ。
千早
そして、逆説的に誰か死んでしまえば、そこから出られるということ。
千早
物語は、この設定をベースに書かれています。
一里之
要するに、誰にでも動機はあるんだよな。
一里之
個人的な恨みとかは必要ない。
一里之
誰かが死にさえすれば、食糧や水のない空間から出ることができる。
一里之
きっと追い詰められたら、誰かを殺すという発想になるのは当たり前で、動機の点から犯人探しをすることはできない。
千早
――はい、一里之君の言う通りです。
千早
動機という点では、誰もが犯人になり得ると言えるでしょう。
千早
その辺りのことについては言及されていません。
要
それって結局、誰が犯人なのか分からないってことだよね。
要
情報が限定的すぎるせいで、犯人が絞れないんだよ。
斑目
おっと、その点について、ひとつ気づいたことがありますよ。
斑目
凶器となるであろうナイフについてです。
ここはやはり、刑事と一般人の差を見せてやらねばならない。
斑目は少しばかり得意げに続けた。
斑目
ナイフを見つける場面にいたのはEとA、そして後から来たCだけですよね?
斑目
Eがナイフをしまった後にやって来たBとDには、そもそもナイフの存在を知る機会がない。
斑目
そして、最初の場面でEが第三者に殺されたことは明らかにされているから、つまり犯人は凶器の存在を知っていたAかCということになりませんか?
千早
凶器の存在を知らなければ、そもそもEを殺害しようとは思い立たなかった――ということですよね?
千早
凶器を所持していたのはEですから、隙を見てそれを奪い、犯人は凶行に及んだ。
千早
そう考えると、Eがどこにナイフしまったのか――それを知ってる人物が怪しいということになりますね。
要
まぁ、ポケットにナイフをしまうのって、どうかと思うけど。
千早
して、斑目様――犯人は誰だと思いますか?
斑目は一度しまった財布を改めて取り出す。
斑目
当てたら査定料を値引きしていただけます?
千早
――検討はいたします。
斑目
(犯人はAかC――。確率で考えても、50%か。ここは当てずっぽうでいこう)
斑目
では、Aで。
千早
その根拠は?
千早
なぜ、そう思ったのですか?
斑目
え、いや――その、ただなんとなく。
斑目
け、刑事の勘ってやつですよ。
一里之
……こういうのが冤罪とかでっち上げるんだな。
要
う、うん。今時、刑事の勘って……。
斑目
そ、そこ!
斑目
ヒソヒソしない!
千早
つまり、根拠はないのですね?
斑目
はい――残念ながら。
千早
ここで重要となるのが、Eの残したダイイングメッセージなんです。
千早はそう言うと、猫のチョピを抱き上げた。
チョピは少し嫌そうに鳴いたが、まんざらでもなかったらしく、千早の腕の中で大人しくしている。
斑目
確か【犯人はEだ】みたいなメッセージですよね。
斑目
でも、どうして自分の名前を書き残したんでしょうか?
斑目
犯人の名前を書き残すこともできたでしょうに。
千早
実は、あのダイイングメッセージ……内容はなんでもいいんです。
千早
【吾輩は猫である】でも【猫はいいぞ猫は】でも、なんでも構わなかったのです。
一里之
え?
一里之
なんでも良かった?
千早
はい、なぜならダイイングメッセージは犯人によって隠蔽されてしまっているから。
千早
ダイイングメッセージの内容を知っているのは、Eの死の間際の描写を知っている読者と、それを足で揉み消した犯人だけなんです。
千早
つまり、A達がEの死体を発見した時、ダイイングメッセージはすでに隠蔽された後だった――と推測できます。
要
その部分は描写されてないからね。
一里之
でも、確かに冒頭でEのダイイングメッセージは隠蔽されてるんだよなぁ。
斑目
Eは生前、もし自分が殺されるようなことになったら、犯人の名前を書き残す――と明言していたはずですよね?
斑目
つまり、犯人はダイイングメッセージが残されることをあらかじめ知っていた。
斑目
でも――実際に書き残されたのはEの名前だったのだから、普通に考えたらダイイングメッセージを揉み消す必要なんてないんじゃないですか?
斑目
だって、それが万が一他の人に見られても【犯人はEだ】ってメッセージなんでしょ?
斑目
ならば、AやCが疑われることはない。
斑目
犯人にとって、このダイイングメッセージはマイナスではなくプラスなのでは?
斑目
わざわざ揉み消す必要なんてなくて、そのまま残しておいてもいいも思うんですが。
千早
その通りです。
千早
しかし、実際に犯人はダイイングメッセージを揉み消しました。
千早
これこそがEの残したダイイングメッセージだったんです。
千早
すなわち、犯人はダイイングメッセージを隠蔽せざるを得なかった人物である――そう伝えたかったのです。
要
――言ってる意味が分からないんだけど。
千早
では、例えを出しましょうか。
千早はそう言うと、いつものメモ帳に手を伸ばす。
千早
これから、私はこのメモ帳に、今回の査定料の金額を暗号で書きます。
千早
それがいくらなのかを、皆さんには考えていただきたいのです。
千早はメモにペンを走らせると、それを斑目達に見せる。
【◯⬜︎◯⭐︎⬜︎】
斑目
え――これですか?
千早
はい、しばらく皆さんで考えてみてください。
唐突に千早から出された暗号。
斑目達はしばらくメモと睨めっこをしていたが、しかし答えは見えてこない。
一里之
――駄目だ、ギブアップ。
要
全然、意味が分からない。
千早
――斑目様はいかがですか?
斑目
もう少しで答えが見えそうなんですがねぇ。
千早
いいえ……見えるわけがないんです。
千早
なぜなら、それは私が適当に羅列した記号で、それに意味なんてないのですから。
斑目
――はぁ?
一里之
でもこれ、暗号って。
千早
私が【暗号】だと言ったからこそ、皆さんはそれの意味を考えようとしました。
千早
これと同じことが、Eを殺した犯人にも起きたんです。
千早
Eが事前に【犯人の名前を書き残す】なんて言ったものだから、犯人はその場に書き残されたのが【自分の名前】だと思ったのです。
千早
だからこそ、揉み消した。
要
え、でも残されたメッセージは【犯人はEだ】というものだったんでしょ?
要
メッセージを見れば、自分の名前が書かれていないことは一目瞭然なんだし、揉み消す必要なんてなかったんじゃ――。
要の言葉に千早はメモを手に取る。
千早
でも、実際に現場に残されたものが、これと同じようなものだったら?
斑目
いや、暗号が残されたのであれば隠蔽しようと思いますが、実際に残されていたのは【犯人はEだ】というメッセージなんだから――。
千早
言い方を変えましょうか。
千早
Eが残したメッセージは、犯人にとっては、この暗号のように見えてしまった。
千早
すなわち、犯人はEが書き残したダイイングメッセージの意味を理解することができなかった。
千早
だからこそ、メッセージの内容など関係なく、ダイイングメッセージを隠蔽せざるを得なかったのです。
千早
Eが犯人の名前を書き残す――なんて宣言をしていたせいで。
一里之
でも、ダイイングメッセージを理解できない人間なんて――。
千早
答えを言ってしまいしょう。
千早
一里之君、もしこれと同じメッセージがハングル文字やアラビア文字で書かれていたら、内容を理解できますか?
一里之
いや、そもそもハングル文字とかアラビア文字なんて読めないし――。
斑目
あ、そう言うことか。
要
――なるほどね。
一里之
え?
一里之
なんかみんな理解した感じ?
要
えっとね、つまり犯人は――。
斑目
日本語で残されたダイイングメッセージを読むことができない【外国人】だったってことですよね?
千早
左様でございます。
千早
それらを踏まえると、ある人物が犯人像として浮かびます。
千早
Eを殺害した犯人――。
千早
それは――。







