読んで字の如くだが、おやしらず、こしらずと読み、隣接している地域である。
当然ながら縁達の管轄外であり、だからこそ、その名前を聞くのも初めてなのであろう。
倉科
最初の犠牲者が出たのは今月の初旬だ。

倉科
親不知と子不知の境界を走る国道の中央分離帯で、女性の他殺体が見つかった。

尾崎
今月初旬って――殺人蜂の事件と被ってるじゃないっすか。

倉科
まぁ、事件は待ってくれないからな。

倉科
被害者の名前は中田未来(なかたみく)20歳。

倉科
親不知にある会社で働くOLだ。一人暮らしをしていて、無断欠勤を不審に思った会社の同僚から、捜索願いが出されていたようだ。

美華
これ、解剖記録の一部。

美華
覚悟して見たほうがいいわ。

先生が鞄の中から、クリアファイルに入った資料らしきものを取り出して、縁のほうに差し出してくれた。
縁
これは……酷い。

ぱっくりと脳天が真っ二つに割られた女性らしき遺体。
辛うじて割られずに済んだ顔の中心には、マーカーのようで引いたのか、黒い線が引かれていた。
倉科
大丈夫か?

倉科
断りとか入れなくていいから、我慢できなくなったらトイレに走れ。

倉科
店をゲロまみれにされるよりはマシだろうし。

確かに胃の奥から胃液が込み上げてはくるが、しかし縁は首を横に振る。
尾崎
こ、これくらい序の口っすよ。

麻田
倉科さん、大丈夫だから続けてよ。その話、ちゃんと聞くのは俺も初めてだからさ。

倉科
遺体が発見されたのは、さっき言った通り国道の中央分離帯だ。この道は国道とはいえ、深夜になるとほとんど車通りがなくなるんだ。

倉科
それでも数分から数十分おきに車は通るから、ここで殺害された可能性は低いと思われる。

倉科
どこか別の場所で殺害され、そこに遺棄されたと考えている。

麻田
鑑識的にも、その見解で同意。

麻田
俺もその現場に入ったけど、現場に殺害の痕跡が見られなかった。

縁
痕跡?

麻田
んー、飛び散った血痕とか、頭を割られてるから脳漿(のうしょう)とかね。

麻田
で、切断されていた両手の薬指は見つかっていない。

まるでリレーであるのかのごとく、麻田から自然に美華へと話し手が変わる。
美華
司法解剖の結果だけど、特筆すべき点があるわ。

美華
まず、死因は頭部への鋭器損傷によるもの。頭蓋骨を割って脳まで達しているから、凶器はおそらく重量があって、なおかつ鋭利な刃物――鉈みたいな形状のものだと思われる。刃渡か随分とあるみたいだから、斧よりも鉈の可能性が高いわね。

美華
で、欠損していた薬指についてだけど――。

美華
これも切断面は綺麗で、鋭利な刃物によって一撃で切断されたと思われる。

美華
両手の薬指からは大量に出血をした痕跡が残っていた。

美華
これ、明らかな生活反応ね。

尾崎
生活反応?

麻田
要するに、血が流れるってことは、心臓が動いていたってこと。

麻田
少なくとも指が切断された時は心臓が動いていて、だから多量に出血した。

麻田
生きてる時に指を切断されてるってこと。

美華
補足みたいな形になっちゃうけど、被害者の体内からはメタルフェドリン、クロルフェラミンの成分が多量に検出されてる。

美華
一般的に売られている薬の成分でもあるけど、多量に摂取することで高揚感、多幸感をもたらす。多分、これを摂取させて麻酔の代わりにしたんじゃないかしらね?

一般的に売られている薬の成分でもあるけど、多量に摂取することで高揚感、多幸感をもたらす。多分、これを摂取させて麻酔の代わりにしたんじゃないかしらね?
倉科が無理矢理にでも食事をとっておけと言っていた意味が分かった。
尾崎
その、顔の中央に引かれたマーカー線には、なんの意味があるんすかね?

美華
さぁ?

美華
印そのものの意味は不明だけど、頭の頭頂部から陰部に向かってまっすぐ線が引かれていた。

美華
さすがに服の上からだったけどね。

そこを見計らったのか、麻田がポケットから何かを取り出した。
麻田
そうだ、これ――頼まれていたやつのコピー。

麻田
持ち出すのもリスキーなんだから感謝してよね。

倉科
あぁ、悪いな。

倉科
なにぶん、まだ立場が弱いからな。

倉科
こうでもしなきゃ、それなりの情報が回って来ないんだよ。

縁
警部、それって――。

倉科
おっと、無駄な詮索はいらないぞ。

倉科
警察署内にも、善意で協力してくれる人間がいる――その程度に捉えておけばいい。

察するに、麻田は本来持ち出してはならない何かのコピーを持って来たのであろう。
ハンテンは一般的に非公開の存在であるがゆえに、存在そのものを知っている人間も少ないし、得体の知れない役回りと認識されていたりする。
本当は声を大にして、あの坂田仁に協力を仰いで事件解決に貢献している――と言ってやりたいのだが、それは無理は話だ。
倉科
さて、山本、尾崎。

倉科
こいつが現場に残されていた――レシピだ。

尾崎
レシピ?

倉科
あぁ、見てみれば分かる。

これまた、コピーされた用紙を縁と尾崎でシェアする。
【白米……適量】
【ねぎ……適量】
【生卵……1個】
【豆板醤……小匙1】
【人肉……2本】
【塩胡椒……小匙2】
中央揃えで羅列しているのは、おそらくは材料であろう。
倉科
こいつが、被害者の胸の辺りに貼り付けられていたんだよ。

尾崎
なんかあれっすね。

尾崎
殺人蜂のポエムみたいっす。

尾崎
その界隈で流行ってるんすかね?

倉科
流行ってるかどうかは分からんが、犯人には何かしらの意味があるんだろうよ。

麻田
で、レシピは両面テープでしっかり貼り付けられていたわけ。昼間は車通りのある国道の中央分離帯に遺体を遺棄したわけだし、剥がれないようにしたのかもね。

麻田
それと、遺体発見時、被害者の口の中に指の骨と思われるものが突っ込まれていた。左右に一本ずつ、まるで牙が生えてるみたいだったよ。

美華
それで、レシピなんて物騒なものがあったから、口内に残されていた骨を調べてみたところ本人のものと断定された。

倉科
それで、その時に被害者の唾液に混じって、第三者のDNAが検出された。

縁
それってつまり――。

麻田
間違いなく犯人は食ってるよ。

麻田
被害者の指の肉をね。

尾崎
でも、その第三者のDNAとやらがあるなら、それを調べれば――。

自然と尾崎の視線はひとつ離れた席の美華へと向けられていた。
美華
DNA鑑定ってのはね、それが一致するのかを確かめるというより、一致しないことを裏付けるために行われるのよ。犯人を特定するためじゃなくて、犯人ではないと特定するために使われることが多い。だから、実際に裁判でも、決定的な材料として使われることはほとんどないわ。

尾崎
うむむむ……上手くいかないものっすね。

倉科
さて、最初の犠牲者についてはこんなところか。

倉科
何か質問は?

こんな残酷で狂った事件が、すでに連続性を伴って発生しているということか。
しかし、実はこの時点で、もっと背筋の凍るような体験を、縁はしていたのである。
それが判明するのは、この事件が解決を迎えた時のことであるが。