テラーノベル
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その日から、志保は毎日のように神社へ通った。
優希は必ず、学校帰りに鳥居の前で立ち止まる。
静かに両手を合わせ、目を閉じ、長い時間をかけて祈りを捧げる。
志保は決まってその隣に座り、時には足に擦り寄ったり、膝の上にのったりした。
優希は笑って頭を撫でてくれる。
その仕草のたびに、志保の心は温かく満たされていった。
若林 志保(猫の姿)
けれど同時に、胸の奥に小さな棘のような不安が刺さっていた。
──なぜ、彼は毎日祈るのだろう?
ある夕暮れ、志保は鳥居の前で耳をぴくりと動かした。
境内の石段に座る優希が、誰かと電話をしていたのだ。
吉沢 優希
その言葉に、志保の毛並みが逆立った。
手術──?
吉沢 優希
優希の笑顔は明るく見えた。
でも、その声の奥にはかすかな震えがあった。
志保は胸を締めつけられる思いで彼を見つめた。
猫の耳には、鼓動の高鳴りがはっきりと響いている気がした。
若林 志保(猫の姿)
言葉にできない痛みが、志保の心に広がった。
猫になった自分には、祈ることも、励ますこともできない。
ただ、そばに寄り添って見守ることしかできなかった。
その夜、神社を後にする優希の背中を追いながら、志保は小さくつぶやいた。
若林 志保(猫の姿)
猫の声は祈りにはならない。
けれど、志保の胸には確かに願いがあった。
赤い鳥居の下で重ねた祈りには、夏の空に溶けていった。
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