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橘靖竜
ᗰIYᑌ @ 🦋☁️
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私の義父は財閥を築いていた
それももう過去の話だけれど
今でも裕福な暮らしを送れているのは その義父のおかげだった
欲しいものは何でも与えられて 誰よりも豊かな生活を保障された
でも 唯一手に入らなかったものがある
それは、愛だった
私たち家族は一見して とても幸福であると思われている
お金があるという ただそれだけの理由で
でも実際は違った
義父は私を愛していない
それどころか 家族自体を愛していない
形だけの家族
それが私たちの実態だった
だからだろうか
私はいつの間にか 自身の生活も形だけをなぞるように生きた
生活をする上で必要なことをこなし 友人のいない学校で孤独に過ごすことを選んだ
休みの日は何にも熱が入らず ぼうっとしていることが多い
生きる屍
それが私という存在だった
「真衣、ちょっと良い?」
扉越しに母の声がする
私は無視を決め込むか迷ったが それもかえって面倒なので答える
橘真衣
橘理恵
橘真衣
橘理恵
橘真衣
橘理恵
橘理恵
橘理恵
橘真衣
母のいつもの小言だ
感情的でヒステリーを起こし 厳しく接することしかできない性分
幼い頃から何も変わらない
母には 今まで一度も褒められた覚えがなかった
そして そんな母もどこか空っぽな気がする
みんな 自分の世界を生きているようで ばらばらなのだ
黙っていると 母が甲高い声で叫んだ
橘理恵
橘理恵
橘理恵
橘真衣
苛立った足音が去っていく
私は覚えのない課題をぼんやりと考えていた
今すぐ、か
気乗りがしない
けれど 困るのは自分だという母の言葉は 事実その通りだ
行くしかない
私は家族の誰とも会いたくないため 音をよく聞いて慎重に扉を開ける
そして、足早に外へ出ていった
自転車を漕いで10分
学校に到着し 駐輪場に自転車を停める
地方だから生徒数は少ないが 私立の高校で設備は綺麗だった
偏差値も世間的には高い方だ
生徒たちも生き生きとしていて 学風も良い雰囲気だった
そんな環境にいるからか 私の空虚さと暗さは余計に目立った
他者から見て、の話ではなく 私の心がそれを際立たせているのだ
孤独感
ひたすらそれに苛まれる日々だった
ただ 唯一学校にも好きなところがある
私は歩いて、教室の窓を見る
そこに優雅に読書をする担任がいた
ふとこちらに気づいて 微笑んで手を振ってくれる
私の大好きな先生だ
私は下手な笑顔を返して 急いで教室へ向かった
教室に着くと 教卓に腰掛けている先生がいた
私は声をかける
橘真衣
「おはよう。真衣さん」
橘真衣
「ええ。飽きずにやってるの」
橘真衣
「児童文学、ね」
橘真衣
「今は読まないの?」
橘真衣
「それはもったいないわね。読書は生きる上で糧になるのよ。食事と同じくらいしないと、干からびた生活になるわ」
橘真衣
「ふふ。そうかもね。でも、これは誰にも当てはまることよ。強制はしないけれど、豊かに生きたいのならやってみるといいわよ」
「それに、児童文学は特に良いの。よくある勘違いだけれど、児童文学は子どもだけが読む本ではないのよ。子供も読める本であって、私が考えるに大人こそ読むべきね」
橘真衣
「ううん、そうね。例えば、今私が読んでるミヒャエル・エンデの『モモ』は児童文学の古典であり傑作よ。テーマは「時間」。よりよく生きるためのエッセンスがふんだんに詰め込まれてるの」
「テーマを汲み取るのは簡単だけれど、それを昇華して血肉にするのは大変よ。特に、他のジャンルではね。でも、児童文学は物語全般を通してそれを容易にしてくれる。没入と語りがそのからくりにあると私は思うわ」
「読書って不思議なもので、暇つぶしのために読んでるだけという人の中にも、必ず何かを与え、芽吹かせる力がある。何も残らない、なんてないの。それはあらゆるメディアにおいてもそうだけれど、読書は特にその色が強いわね」
「……あら、つい語りすぎちゃったわね」
橘真衣
橘真衣
「ふふ。ありがとう」
橘真衣
「そうね。本題に移りましょう。実は、あなたに頼みがあるの」
橘真衣
「そう、頼み。それは、あなたのお義父さんとお母さんに、あなた自身についてどう思っているか聞いて欲しいのよ」
「そして、あなたの過去について、あなた自身が知るべきだと思うわ」
橘真衣
橘真衣
橘真衣
「変なことを言ってごめんなさい。でも、私はあなたのことを案じてるの。いつも、心に影が差しているあなたのことが、ずっと気に掛かってる」
「前に話してくれたことがあったわよね。あなたの家庭のことについて、少しだけ。その時、あなたは言ったわ。自分や家族が空っぽで、各々の世界で生きているような気がするって」
「でも、本当にそのまま生きて良いのかしら?」
橘真衣
「だからこそ聞いてみるのよ。それではっきりするわ。あなたと家族の問題。そして、あなたが求めてる答えが、ね」
橘真衣
「正直、迷ったの。こんなことを提案するのは、良くないことなんじゃないかしらって。家庭の問題に教師が立ち入るのはいけないことだって。でも、どうしてもあなたの力になりたくって、こんなことを言ってしまっている自分がいるの」
「私、あなたの力になりたいの。あなたが抱えていることを受け止めてあげたい。あなたがもっと自由に生きられるようにしたい。そのために、まず一歩になれるようこんなわがままを言ってるの」
「先生、悪い大人ね」
橘真衣
橘真衣
橘真衣
「本当? こちらこそありがとう。あなたからそんな言葉が聞けるなんて、嬉しいわ」
橘真衣
「どうしたの?」
橘真衣
「ふふ。ごめんね。これがあなたが私に提出する課題なの。それを伝えたくって、連絡したのだけれど親御さんに話すわけにもいかなかったから、こうして呼び出しちゃったわ」
「それに、これを渡したかったから」
橘真衣
「ううん。良いの。先生はもう何度も読んでるし、いまのあなたにとても重要な本だと思うからあげるわ。感想、また聞かせてね」
橘真衣
「それじゃあね。いつでもお話聞くわ。帰り気をつけてね」
橘真衣
「うん。またね」
橘真衣
橘真衣
「うん? どうしたの」
橘真衣
橘真衣
「ふふ」
新城綾香