消しゴムがない。
今週に入って実に3度目の紛失。 塾の宿題に支障をきたす。
教室後方が騒がしいので見れば、吉田達がハサミやら定規やらを使って消しゴムを細分化していた。
その黒いカバーには見覚えがある。俺が通っている塾で貰った物だ。
……もう考えるの止めよう。
「牛乳事件」以来、俺は本格的に腫れ物扱いされ始めた。 今では事務的な会話でさえ罰ゲーム扱いだ。
相変わらず昼休みは1人だし、テニスのペアは鳴沢柚月だ。
まあ全然いいんだけど。後悔はしてないし。
1人の昼休みも、口数の少ない体育も嫌いじゃない。
次のテニスはラリーが10回続くといいな、とか考えていると消しゴムのことはどうでもよくなった。
靴がない。
吉田達が(掃除当番を俺に押し付けて)やけに早く帰路についたと思ったら、やはり…
俺もとうとう喰われ始めたのだ。
山崎孝太
とりあえず思いつく限りの場所を探してみたが
見つからない。
下駄箱をうろうろしている姿はそれなりに目立つ。注目を浴びてると自覚すればするほど頭は真っ白になる。
あの人__鳴沢柚月はいつもこんな気持ちになってるのか____
ぼんやりとそう考えていると___
柚月
山崎孝太
もう少しで叫びそうになった。
バクバク鳴る心臓をなだめながら振り返ると、鳴沢柚月がいた。
手に土まみれの靴を持っている。 よく見なくても俺の靴だ。
俺より身長が低い鳴沢柚月は上目遣いで俺を見て小さな声で言った。
柚月
そう言ってこちらの反応を窺うように靴を差し出す。
どうやら俺の靴は花壇にあって持って来てくれたらしい。 __と理解するのに時間はかからなかったが、その後が時間がかかった。
山崎孝太
俺は3秒ほど放心してから、ロボットのようにぎこちなく靴を受け取った。
もう普通に何言ったらいいのか分からない。
けっこう必死になって次の言葉を探していると、再び鳴沢柚月が口を開いた。
柚月
山崎孝太
見れば確かに靴ひもが綺麗になくなっている。
芸が細かいなぁ…。 もうここまで来たら他人事のように感心してしまう。
山崎孝太
これ以上この人を巻き込む理由はない。資格もないし、そんなつもりもない。
だから後は1人で探す、と言外に込め紐の無い靴をつっかけ花壇の方向に歩き出した。
そんな俺の背中に控えめな声がかけられる。
柚月
山崎孝太
外に出る為の靴を外に隠す人だ。 わざわざ靴と紐を分離させといて、同じ場所に隠したとは思えない。
外にあるかどうかも分からないけど、とりあえず適当な場所を探し始めると鳴沢柚月もそれに倣った。
靴だけ渡したら もう帰るものと思っていた俺は少々、いや、かなり驚いた。
一緒に探したところでこの人には何のメリットもない。
山崎孝太
俺の間抜けな声に、鳴沢柚月はしっかりと頷いた。
柚月
お礼を 「言ってない」ではなく「してない」。
言うだけなら誰でも出来る。
だけど鳴沢柚月は「してない」と言った。
義務的で受け身な「優しさ」じゃないのなら、変に意地を張るのは野暮と言うものだ。
山崎孝太
柚月
沈黙の方が長いけど
時々交わした会話は、英語の教科書の例文に出てきそうな他愛の無さすぎるものだけど
ぎこちないけど徐々に
徐々に
緊張が解れていくのを感じた。
結局靴ひもが見つかった時は日が暮れていたし 結局花壇の側で見つかったけど
笑いがこみ上げて来た。 俺だけじゃなくて鳴沢柚月も同じ状態だった。
二人でいつまでも笑っていた。
もう吉田に何されても平気だと 思えた。
別にそうしようと示し合わせたわけじゃないけど 一緒に校門を出て一緒に帰路についていた。
悪い気はしなかった。 むしろ謎の高揚感に、もう少し浸っていたい。
山崎孝太
柚月
山崎孝太
山崎孝太
山崎孝太
柚月
自分の顔が赤くなるのを感じた。
あの時は本当に歯止めがきかなくて………そんな風に見えていたのだろうか。
山崎孝太
山崎孝太
柚月
山崎孝太
山崎孝太
すごい勢いで二度見された。
山崎孝太
山崎孝太
柚月
山崎孝太
柚月
どうして関西弁が出て来たんだろう と思っていると………
山川のぞみ
澪
角から女性が二人曲がって来た。 ____笑っちゃうくらい偶然だけど見知った二人だった。
澪
澪
不思議なことに 相原さんが僕と山崎君を交互に見て意味あり気に笑った。
山崎君も目と口を丸くして瞬きを繰り返していた。
澪
全部理解するのに少し時間がかかった。 理解したらまた笑えた。
交差点のあたりで、山崎君と相原さんとは別れた。
山川のぞみ
すっごいニコニコしたのぞみさんと目があった。
山川のぞみ
柚月
柚月
山川のぞみ
柚月
山川のぞみ
山川のぞみ
僕の学校生活をのぞみさんに直接話したことはないけど、
たぶんなんとなく知っているんだと思う。
のぞみさんの少し震えた語尾がそれを証明している。
山川のぞみ
柚月
と言ってみたけど僕の声も震えていた。
鳴沢真由子
鳴沢真由子
夕食の後、お母さんが部屋に入って来た。
興ざめ とはこのことだ。 高揚感は一気に吹きとんだ。
鳴沢真由子
鳴沢真由子
鳴沢真由子
鳴沢真由子
柚月
柚月
誰かの幸せを自分のことのように喜んで、涙まで流してくれる人の悪口なんて聞きたくない。
言い返した僕を、お母さんの氷のような視線が射抜く。
鳴沢真由子
鳴沢真由子
鳴沢真由子
鳴沢真由子
柚月
鳴沢真由子
鳴沢真由子
柚月
鳴沢真由子
そう言って 1枚の紙を差し出した。
塾の勧誘のチラシ。交差点を進んだ所にある。
「1コマ80分」「いつでも自習可能」 等の文字をぼんやりと眺めていると、お母さんの声が淡々と降って来た。
鳴沢真由子
お母さんは、ここで初めて笑顔を見せた。
出来の良くない子供を諭すような笑顔だった。
鳴沢真由子
そう言ってお母さんは部屋を出た。
閉められたドアの音が、いつまでも部屋に響いた。
コメント
10件
続きが楽しみです! お母さん怖😱
これは母さんがラスボス的な感じですかね...おお怖
何も説明せずに13話まで来たんですが、、 この作品の時計の進みは遅いのです。時期は学年末テストが控えてる、と想像してください😳。 あと四天王の一角、クズ代表、いじめっ子の攻撃はもう効かない…… 読んでくださりありがとうございました❗