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森の中を『一人』彷徨っていた。
カルネ
不死の蝶である私の使命は人の願いを叶え続けることだ。
願いを持つ者の前に生まれ、願いが叶えば灰として消える。 今回も願いの気配を頼りに人間を探していた。
カルネ
遠くのほうに、白いボロボロの服を着た青年が立っていた。 私はそっと青年に近づき、顔の前で静止する。
青年
青年は私に手を伸ばし触れた。その瞬間、脳裏に青年の願いが浮かぶ。
『幸せになりたい』
こんな曖昧な願いは初めてだった。
カルネ
願いを叶えるために神から授かった、どんな姿にもなれる力で、 私は人間の少女へと姿を変えた。
青年
青年は当然のように驚き、私から距離を置いた。 私は仕方なく自己紹介をすることにした。
カルネ
何の迷いもなく私は青年の目をじっと見つめる。
海都
海都はあざだらけの顔や腕を掻きながらおどおどと目を逸らした。
カルネ
私は彼の手を掴み無理やり連れ出そうとしたけど、 彼は咄嗟に手を振り払った。
海都
カルネ
海都
私はもう一度彼の手を引き、森の外へと歩き出した。
市街地まで来た私たちは、 白く光る石のタイルがびっしりと敷き詰められた道を、 手を繋いで歩いていた。
カルネ
海都
しばらく沈黙が続く。彼の顔は一ミリも変わらない。
カルネ
青年
彼の言葉が止まった。目の前を見ると、 ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべた男三人が立っていた。
男1
男2
男3
男の一人が私の手を掴み、連れて行こうとする。 隣を見ると、ひどく怯えた様子で身構えている彼と、 殴りかかる男たちが目に入った。
海都
カルネ
私の声で一瞬男たちが怯んだ。彼は尻餅をついて震えていた。
カルネ
名前を呼んでも彼はうずくまっている。
男3
カルネ
その言葉で男たちの目が変わった。
男2
男の一人は容赦なく、私に殴りかかってきたが、 私は男の拳を受けとめた。
カルネ
男2
男が三人がかりで私に襲いかかってきた。 私は蝶の姿に戻り、彼の元へと向かった。
カルネ
彼は依然として動かない。私は、また姿を変える。
カルネ
馬になった私の背中に彼を乗せ、勢いよく走り出した。
私たちはまた、森の中に舞い戻る。
カルネ
海都
俯いて泣き続ける彼の背中を、 私は人間の姿になって優しく撫でることしかできなかった。
カルネ
海都
森の小道を少し進んだところに、小さな木造の家屋が建っていた。
海都
彼は誰もいない部屋に向かって挨拶をする。
カルネ
海都
カルネ
海都
彼が指差したのは、女性の写真が飾られた仏壇だった。 部屋には線香の匂いが漂っている。
海都
そうか、彼は元々『幸せ』だった。
海都
彼の日常から、突如として『幸せ』は消えた。
海都
彼の『幸せ』とは、共に笑える存在がそばにいること。
カルネ
彼の目は潤んでいた。 母親を失って、散々な目に遭い続けている彼に、 私は初めての感情を抱いた。
カルネ
海都
カルネ
これは『同情』と言うらしい。悲しくもなぜか、温かい。
海都
今度は彼が、私の手を引いて歩き出した。
彼のお気に入りの場所を巡っていく。
カルネ
海都
カルネ
海都
カルネ
半は無理やりに始めたかくれんぼだったけど、 彼は戸惑いながらも隠れてくれた。
三十秒数えて、犬の姿で彼の匂いを辿る。
カルネ
海都
見つけられた彼は驚いて尻餅をついた。 私は再び人間の姿になる。
カルネ
海都
こんなに『楽しい』と思ったのはいつぶりだろう。でも何か『辛い』。
カルネ
彼は不思議な顔をする。
カルネ
海都
笑顔な彼に、胸が痛む。
海都
最後の場所は、水面に月が浮かぶ、森の最深部の泉だった。 丁度満月が私たちを照らしている。
カルネ
海都
カルネ
体が徐々に灰になろうとしている。彼は心から思っているのだ。
カルネ
笑顔でそう言ってみても、目から雫が落ちる。
海都
カルネ
彼の願いが叶う事は『嬉しい』はずなのに、なぜか『辛い』。
海都
カルネ
もう上手く声が出ない。彼の顔もぼやけてきた。
海都
カルネ
そう告げた私は、灰となって夜の空に散った。
何も見えない、何も聞こえない、何も感じない空間で、私は願った。
『海都とずっと一緒にいたい』
その瞬間、一筋の光が私を誘う。
海都
目を開けて一番に見たものは、心配する海都の顔だった。
カルネ
姿が人間のままだ。何かおかしい。
海都
カルネ
おかしなことを言う海都に全てを聞いた。
一度灰になった私が再び集まり、人間の姿でまた再生した。 不思議なことに、もう人間以外の姿にはなれない。
不死蝶だった私が、人間として生まれ落ちた。
もう私に特別な力は何一つ残っていないけれど、 海都といる今はとても、『幸せ』だ。
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