テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
主
nmmn注意⚠️ キャラ崩壊注意⚠️ 誤字脱字注意⚠️ 二次創作
主
主
主
第111話『役目の終わりを、知ってしまった日』
七月の最後の日は、驚くほど静かだった。
朝から空は澄んでいて、蝉の声もどこか控えめで、夏の盛りだというのに、季節が一拍息を整えているように感じられた。
らんは、いつも通りに目を覚ました。
頭痛は、なかった。
起き上がった拍子に視界が揺れることもなく、胸の奥に残るざらつきも、今日は薄い。
らん
独り言のように呟いて、洗面所へ向かう。
歯を磨き、顔を洗い、鏡を見る。
映る自分は、昨日までと何も変わらないはずなのに、どこか“余分なものが削がれた”ような感覚があった。
背後に立つ影は、今日もいる。
いるが、近づいてこない。
昨日までは、無意識にらんの動きに合わせて距離を詰めていたはずなのに、今は一歩引いた場所に、ただ立っている。
守ろうとしない。
先回りしない。
干渉しない。
まるで、“仕事を終えた存在”のように。
らんは気づかない。
それが、影にとってどれほど決定的な変化なのかを。
影は、考えていた。
考える、という行為が自分に許されているのかどうかすら、もう曖昧だったけれど、それでも思考は止まらなかった。
昨日。
主は、命令しなかった。
従わせようともしなかった。
触れるな、と拒んだ。
でも同時に、消えるな、とも言った。
矛盾している。
それなのに、どこまでも一貫していた。
――選ばれなかったのではない。
――拒絶されたのでもない。
ただ、“必要とされなかった”。
影は、その事実を、ようやく正しく理解し始めていた。
守らなくていい主。
先回りしなくていい主。
壊れそうにならない主。
それは、理想だったはずだ。
自分が生まれた理由が、完全に果たされた証。
なのに。
その完成形に、自分の居場所はなかった。
昼過ぎ。
らんはリビングで、本を読んでいた。
集中しているわけでもなく、ページをめくる速度は遅い。
けれど、途中で手が止まることも、頭を押さえることもない。
影は、その様子を黙って見ている。
見守る、という言葉すら、今の自分には過剰だった。
ただ、見る。
何もし認識されない位置から。
その時、らんがふと顔を上げた。
らん
誰に向けたわけでもない声。
らん
影の輪郭が、わずかに揺れた。
らん
らんは言葉を探しながら続ける。
らん
悪意は、ない。
むしろ、前向きで、健全で、生きていくために必要な感覚だ。
だからこそ――
影は、完全に理解してしまった。
自分がいない方が、主は安定する。
自分が介在しない方が、主は“自分自身”でいられる。
それは否定ではなかった。
到達だった。
影は、自分の存在を整理する。
自分が隣に立つことで、周囲は言葉を選び、空気は硬直し、説明が必要になり、沈黙が生まれる。
自分が何もしなければ、主は苦しまない。
ただ、自然に過ごせる。
それなら。
自分は、何のために、ここに立っている?
答えは、もう出ていた。
生まれた理由は、過去にある。
存在し続ける理由は、もうない。
それは、悲劇ではない。
責められるべきことでもない。
ただの、自然な終わりだった。
夜。
らんは、布団に横になり、ほどなくして眠りについた。
穏やかな呼吸。
安定した脈。
影は、部屋の隅に立ち、床に落ちる自分の影を見下ろす。
輪郭は、欠けている。
歪んでいる。
完全では無い。
けれど、静かだった。
守らなくていい。
命令されない。
選ばせなくていい。
主を守らない自分には、もう名前も、役割も、主従もいらない。
影は、初めて“消えたい”とは思わなかった。
代わりに、こう考えた。
――立つ場所を、降りよう。
ここに“いる”ことを、やめよう。
それは逃避ではない。
罰でもない。
役目を終えた存在が、静かに舞台を離れるだけのこと。
影の輪郭が、ほんのわずかに薄くなる。
完全には消えない。
まだ、そこにいる。
けれど、確実に――“見えない側”へと、踏み出していた。
それは、消失ではなかった。
役目を終えた影が、自分自身を降ろし始めただけだった。
七月は、静かに終わった。
第111話・了
主
主
𝙉𝙚𝙭𝙩 ︎ ⇝♡390
主
主
コメント
1件
久々のコメントだ! 大切な人にとって自分がいらない存在になったときって、その人のためを思いつつなかなか離れられないですよね