一里之
助けて、猫屋敷えもーん!

店に入るなり、某猫型ロボットに眼鏡の少年が泣きつくかのようなフレーズを口にする一里之。
そんな一里之の手には、件の手提金庫、もう片方の手にはケーキ箱。
途中で寄って欲しいと頼まれ、駅前の古臭い店に寄ったのだが、そこで購入したらしい。
千早
――なんですか、猫屋敷えもんって。

相変わらずセーラー服姿のまま店に立っているようだ。
千早
おや、今日は珍しい組み合わせですね。

千早
して、どうされましたか?

一里之と斑目の組み合わせに目を丸くしつつ、カウンターのいつもの場所の落ち着く千早。
一里之
あの――実は。

斑目
というわけなんですよ。

最終的には斑目も加わり、事件のあらましをざっと話し終えた。
千早
――手提げ金庫からお金が消えたと。

千早
それで、暗証番号を知っていた一里之君が疑われてしまったと。

斑目
そういうことなんです。

斑目
まぁ、うちとしては彼からじっくりお話を聞かせてもらってもいいのですがね。

一里之
いや、本当に金なんて盗ってないんだよ!

千早
――現状、お話を聞いた限りでは、暗証番号を知っていた一里之君か、もしくは店長さんしかお金を盗ることはできないかと。

一里之
げ、現物があるよ。

一里之
ほら、これが手提げ金庫。

一里之はそう言うと手提げ金庫をカウンターの上に置いた。
千早
……あのですね。何度かお話させていただきましたが、私が【いわく】の査定を行うには、それなりの料金が発生いたします。

千早
もちろん、ご級友の一里之君ですから、多少は値引きして差し上げても良いとは思いますが、どれくらいするのかは斑目様もご存じですよね?

斑目
――絶賛分割支払い中です。

一里之の視線を感じた斑目は、正直な現状を話してやった。
一里之
まぁ、そう言うとは思ったんだ。でも、これでどうだろう?

一里之はそう言うと、手提げ金庫の隣にケーキ箱を置き、そっと箱を開けた。
千早
こ、これは――。

千早
駅前の【志田屋】の豆大福――では?

千早
店主がご高齢なため、そもそも店をやることも滅多になく、しかも店をやっていても、必ず店頭に並ぶわけではない幻の一品。

一里之
あそこの爺ちゃんと知り合いでさ、まぁ――コネがあるというか。

一里之
それはあくまでも手付金みたいなもんでさ、もし僕の疑いを晴らしてくれたら、店の爺ちゃんに猫屋敷さんを紹介してあげてもいいよ。

一里之
あそこの爺ちゃんと仲良くなれば、幻の一品も食べ放題ってわけ。

斑目からすれば、ただの豆大福であるが、しかし千早にとっては価値のあるものだったらしい。
千早
――濃いめのお茶を。

千早
今すぐに濃いめのお茶を!

千早
これを今食さずして、いつ食しますか!

千早
失礼ですから。豆大福に失礼ですから!

斑目
なんか、凄い食いつきぶりでしたね。

一里之
――彼女は甘いものに目がない。しかも、駅前の【志田屋】の豆大福には、幻想に近い憧れを抱いているんです。

斑目
そ、そんなことどうやって調べたんですか?

一里之
なんというか――彼女、学校ではそれなりに隠れファンみたいなのがいて。

一里之
そいつらからちょっと情報を。

斑目
は、はぁ……そうですか。

改めて豆大福の前で正座をし、一里之のほうへと視線をやる。
千早
一里之君、本当に【志田屋】のご店主を紹介いただけるのですね?

一里之
も、もちろんだよ。

千早
さすれば、いつでもこの豆大福が食べられるのですね?

一里之
そうだね。僕は遊びに行く度にご馳走になってるよ。

千早
――なんたる恐悦至極でございましょう!

千早
ぜ、是非とも、是非ともご紹介を!

一里之
じゃ、じゃあ――今回はそれが査定料代わりってことでいいかい?

千早
……おつりが出ます。

千早
なんなら、お店にある【スキップができずに非業なる死を遂げたお坊様が残した木魚】もお付けします。

一里之
いや、いらないよ、それ!

斑目
スキップができずに非業の死を遂げたって……どんな死に方ですか、それ。

一里之
とにかく、事件を――今回の【いわく】を紐解いてくれれば、それで充分だから。

千早
かしこまりました。

千早
それでは、この【いわく】をしかと――の前に。

千早は改めて正座をして姿勢を正すと、豆大福に手を伸ばしたのであった。
千早
時間の経過と共に、どうしても味が落ちてしまいます。

千早
ゆえに、今食さねば失礼ですから!
