母親
メリエン
一緒に行きたいよぅ。
母親
貴女もママと同じように
魔法が使えるように
なるわ。
母親
誰にも見つからないように
しなさい。
母親
なるから。
メリエン
母親
少女としてでなく、
優れた薬草師として
暮らすのよ。
メリエン
同じくらいすごくなる!
母親
母親
母親
この森を抜ければ
リーファーの街は
すぐよ。
母親
ランタンと
蝋燭もあるから
大丈夫。
それにリーファーの街は
外の大きなシャンデリアで
明るいからね。
母親
あるでしょ。
母親
耳を見えなくする
魔法薬は毎日
昼に塗りなさい。
母親
上手くやれるわ。
メリエン
メリエン
メリエン
ママがいなくても
頑張るよ!
母親
そしてアタシは、生まれ故郷のファーデンの町を出た。
人々の喧騒が、遠いものに聞こえてくる。
リュックサックは、幼いアタシを潰しそうなほど重かったの。
ファーデンの象徴である煉瓦造りのファーデラ・ブリッジを渡ると、森が見えた。
鬱蒼とした恐ろしい森だ。
魔物が出るような森だ。
そう、アタシたちのようなおぞましい妖精にお似合いの森なの。
アタシは、地図を見て歩いてたけど入り組んだ森の中で迷ってしまったわ。
もうファーデンの町も遠くなっちゃって、森は永遠に続くようにすら見えたの。
追い討ちをかけるように霧までかかってきて、春なのに異様に寒かったわ。
わずか8歳の少女にしてみれば、恐ろしいとしか言いようがなかった。
メリエン
知らないうちに涙まで溢れていた。
メリエン
メリエン
怖いし。
メリエン
居たかったよぉ。
森の風景が涙でぼやけて全く見えなかった。
バシンっ!
狭い道で、誰かに押された。
りん
ガキンチョ。
体が横転して、木にぶつかった。
メリエン
メリエン
りん
オレが悪かったから
泣きやめよ。
りん
迷子か?
メリエン
りん
どこにいきたいんだ?
メリエン
メリエン
なんて言う名前の街だったかは覚えてなかったけど、綺麗なシャンデリアに憧れていたのでその情報だけ覚えていて、そう答えたの。
りん
りん
りん
シャンデリアが有名な
リーファーかな?
メリエン
りん
男前な巫女は、微笑んだわ。
鬱蒼とした森には、夜が訪れたの。
メリエン
りん
迷っちまった。
りん
オレが悪かった。
メリエン
メリエンだもん。
りん
りん
そうかもしれない。精霊族の名前だから。
メリエン
りん
りん
メリエン
りん
メリエン
可愛い名前!
りん
りん
暗いな……
本当に真っ暗だ。
でも突如、ひとつだけ木の影になっていたところから明かりが見えたの。
メリエン
明かりが見える!
メリエン
灯りかも!
りん
行ってみようぜ!
りん
りん
そうだろうか。
綺麗な時計塔と、大きな洋館がひとつだけ。
シャンデリアもないわ。
ここがリーファーなわけない。
メリエン
りん
メリエン
一つしかないよ。
メリエン
街じゃないでしょ。
りん
りん
田舎者でな。
アタシはね、ファーデンから来たの。
なんて言えないや。
ファーデンには何人か妖精がいるなんて、誰でも知ってる。
もしも妖精だとバレたら、りんちゃんに嫌われちゃう。
りん
泊めてもらおうぜ。
メリエン
メリエン
お化けがいたら
どうするの?
りん
りんちゃんは豪快に笑い飛ばした。
りん
りん
オレの自慢の剣で
ぶち殺してやるぜ!
りん
死んでるかー。
ハッハッハッハッハ!
メリエン
りん
りん
洋館に誰が住んでんの?
もしかしたら、空き家かもしれないわね。
メリエン
メリエン
りん
りんちゃんは、洋館の重い戸を開いたわ。
扉が開いた途端、シャンデリアが見えたの。すごく綺麗だったわ。
りん
見事な大広間だ。
りん
パーティとか
やってたんだろうな。
うん、アタシすごく心が躍るの。
昔、絵本で読んだことがあるわ。
踊るのってすごく楽しいんでしょ?
メリエン
踊ってみたいの。
りん
メリエン
ガタ ガタ
ギィィィィ
メリエン
りん
ガチャ
りん
奥の部屋から、誰かが現れたの。
タキシードを着た、白髪頭に皺ひとつない美しい顔の、年齢もわからない男よ。
ヴァロ
ないね。
ヴァロ
ヴァロ
ヴァロ
この人は、この洋館の、所有者?
怖かったの。
明らかにその人は殺意を持っていた。
りん
ここに誰もいないと
思って。
りん
りん
メリエン
ヴァロ
ヴァロ
物を頼む時の態度か?
その人の笑うような目つき。
勝ち気であっても逆らう術のない少女を嘲るような表情だったの。
りん
りん
りん
お願いします。
ヴァロ
ヴァロ
ヴァロ
通した部屋以外には
出入りしないように。
りん
アタシはりんちゃんがこの人に怯まなかったのがすごいと思ったの。
ヴァロ
ヴァロ
りん
りん
祈祷師だぜ!
召喚魔法が得意!
りん
お前も名乗れ。
メリエン
薬草師の娘よ。
ヴァロ
ヴァロは、アタシの経歴に触れなかった。すごく安心したの。
でも彼が何かを悟ったような目つきをした気がしたの。
恐らく、この人への恐怖心のせいだろうけどね。
りん
見事な部屋だな。
りん
メリエン
りんちゃん。
りん
りん
メリエン
この部屋も、不気味なほどに美しかった。
美しさは、時に恐怖になるの。
りん
りん
館主様に謝って
泊めてもらう話を
なしにしてもいいぞ。
メリエン
りん
りんちゃんは、あんまりここから逃げるのに賛成じゃ無かったみたいだったの。
りん
メリエン
りん
まあ不気味だな。
りん
不気味なもんだ。
りん
狂気は似合うからな。
メリエン
りん
オレは出来れば
ここに残りたい。
りん
一緒に来てやっても
いいが?
メリエン
メリエン
りん
じゃあここを出るぞ。
りんちゃんは優しかった。
アタシはその時、りんちゃんに守られているという安心感があった。
りん
りん
メリエン
りん
ガチャ
ガチャ
りん
りん
メリエン
りん
メリエン
りん
メリエン
メリエン
りん
りん
返事しろ。
メリエン
メリエン
りん
りん
メリエン
りん
窓から……
ギィィィィ
ガチャ
途端扉が開いたわ。そしてヴァロが顔を出したの。
ヴァロ
りん
メリエン
ヴァロ
回収する。
ヴァロ
りん
メリエン
なんだ、閉じ込められたわけじゃ無かったのね。
アタシたちの声が偶然聞こえなかったのかしら。
晩餐は豪華だった。
ステーキもあったし、彩り豊かなサラダもあったし、アタシが大好きなサンドイッチもあった。
飲み物としてアタシにはオレンジジュース、りんちゃんにはワインが用意してあったの。
メリエン
ヴァロ
飲んだらダメだぞ。
メリエン
ヴァロ
メリエン
ヴァロ
りん
りん
馳走を食ったぜ。
ヴァロ
食べたのか。
りん
りん
メリエン
いただきます!
りん
毎日こんないいもん
食ってるのか。
ヴァロ
ヴァロ
食わない日もよくあるさ。
メリエン
ヴァロ
招き入れられて嬉しい。
ヴァロ
たまにはいいものだ。
ヴァロ
ヴァロ
ヴァロ
明日には君らは
出発するのか?
こんないい物を食べれたのだから、きっと明日も力が出るでしょう!
ヴァロさんには感謝しかないわ。
メリエン
りん
ヴァロ
メリエン
リーファー!
シャンデリアの街!
ヴァロ
向かうのか。
ヴァロ
魔物殺しの国だよな。
メリエン
どういうこと?
だってアタシ、妖精なんだよ?
なのにどうして、ママがあの場所を勧めたの?
ヴァロ
精霊の踊り食い。
りん
リーファーで有名なのか。
本当なの?
じゃあアタシ……
ねえ、ヴァロさんのこと信じればいいの?
それともママのこと信じればいいの?
ヴァロ
メリエン
ヴァロ
フィオーテだぞ。
メリエン
ヴァロ
安心したわ。
そういえばフィオーテってママも言ってた気がするの。
りん
精霊の踊り食いに
憧れてるんだぜ!
ヴァロ
ヴァロ
お前くらい
軟禁できるんだぞ。
りん
確かにそうだ。
アタシが明日までに食われていてもおかしくないもの。
りんちゃんがアタシが精霊だと知ったらどう思うんだろって、怖かったわ。
まあ、そんなわけないんだけどね。
りんちゃんは、精霊の踊り食いに憧れているのかもしれないけど、アタシは食べない。
そんな悪い人じゃないわ。
ヴァロ
りん
ヴァロ
りん
りんちゃんが、左手を出した。
ヴァロ
りんちゃんの両手をヴァロさんはぐっと掴んで、縄をかけたの。
りん
りん
何をする気だ!
メリエン
突如ヴァロさんがアタシに膝蹴りをしたの。
アタシは膝から崩れ落ちたわ。
メリエン
ヴァロ
メリエン
メリエン
腹を抑えながら問いかけるアタシを無視するヴァロさん。
ヴァロ
精霊だと知りながら
リーファーに
連れて行こうとした
最低な野郎だぞ。
メリエン
メリエン
そんなことしないよ。
りんちゃんがいなくちゃ、もう無理だよ。
ヴァロ
人間のことが
なぜ信じられる?
りん
りん
ヴァロ
背中の羽と耳で、
分からぬはずがない。
そうだ、アタシ今日、魔法薬をぬっていない。
じゃありんちゃんは……
ヴァロ
メリエン
ヴァロ
手を出さなかったアタシに、無理矢理ヴァロさんは縄をかけたの。
メリエン
ヴァロさんは、りんちゃんの身動きを取れなくしたの。
でもアタシも、柱にくくりつけられたせいで身動きが取れなかった。
そうよ、自分でやらなきゃ!もう一人でも、大丈夫だから!
メリエン
メリエン
ヴァロ
アクア・トルネード。
ありえない!一瞬でアタシの炎が消えるなんて。
ヴァロ
エリート魔法使いだからな。
ヴァロ
使いこなせる。
メリエン
ヴァロさんがりんちゃんの方へ行ったの。
どうしよう、りんちゃんが!
酷い悲鳴が館には響き渡った。そして血で牙を汚した吸血鬼は、アタシを嘲って笑っていた。
ヴァロ
ヴァロ
決まってるだろ?
メリエン
ヴァロ
私がどうせ悪者だよ。
ヴァロ
ヴァロさんが背後に回った。
そして、嫌な音が聞こえて、酷い痛みが身体中を駆け巡ったわ。
血液の生暖かい感覚が背中に染みた。
メリエン
ヴァロ
ヴァロ
リーファーまで
頑張れヒロイン。
メリエン
ヴァロ
ヴァロ
ヴァロさんは笑った。
後々聞いた話だが、ママはアタシをリーファーの街に連れて行くつもりだったらしい。
魔物殺しの街に、愛娘をママが連れて行こうとした理由は、自分を助けてもらうため。
愛娘をリーファーに連れて行けば、自分の命は助かると言われた。
一人で行くように納得させろと言われた。
もちろん娘をリーファーに連れて行かせようとしているかの見張りもいた。
もう、どうしようもない状況だった。
でも、ママはアタシを見捨てたわけじゃなかった。
あえて地図を間違ったふうに描いて、アタシを惑わせた。
そして、「シャンデリアの街」という他の街の情報を渡した。
もちろん、アタシがシャンデリアが大好きだということも知った上で。
そして、ママはアタシが通行人にリーファーでなく「シャンデリアの街」の場所を問うことも考えていた。
そうすれば通行人はきっと、「ああ、フィオーテね。」と教えてくれるはずだ。
アタシのママは、人の心が読めるし、未来も見えるからこんな計画を考えついたんだと思う。
でもね、一枚上を行く者がいたの。
それが、男前な巫女、「りんちゃん」だったの。
りんちゃんは、魔法薬を塗り忘れたアタシの姿を見るなりリーファーに連れて行こうとした。
でもね、アタシは大丈夫だった。
ヴァロさんが、りんちゃんを失血死させたから。
ヴァロさんは、同じ魔物として、最初からアタシを守るつもりだった。
未来が見えたから、先に動けたんだ。
でもね、なんで未来があの人に見えたと思う?
それはね…………
あの館で夜を越して、明るくなった頃に出発した。
少し歩くと賑やかな街に着いたの。
ヴァロ
ここがリーファーだ。
リーファーは、魔物殺しの街とだけでなく、勇者の故郷とも呼ばれているらしい。
勇者を育てるためのいろんな施設があるらしいわ。
ヴァロさんが言うには、リーファーにはまだ、薬屋がないらしいの。
でも、シャンデリアの街フィオーテは薬屋が多くて、薬師じゃ暮らしていけない状況なんだって。
だから、危険を犯すことにはなるけどここで働くことにした。
ちなみにアタシはヴァロさんからさっき羽を切り落とされてしまったので見た目では魔物だとはわからない。
ヴァロ
ヴァロ
二度と日の目は
見ぬつもりであったが。
メリエン
日光苦手だよね、
大丈夫なの?
アタシは、りんちゃんを傷つけたこの人は許せなかったけど、
言う通りに動けばきっともう誰にも騙されないだろう、そう思ったの。
ヴァロ
ヴァロ
吸血鬼ではないからな。
ヴァロ
能力を手にすることが
できるのだ。
ヴァロ
含みのある言い方が、子供ながらに気になったわ。
メリエン
薬草師としてなら、
アタシ、
暮らしていけるかな?
ヴァロ
ヴァロ
メリエン
ヴァロ
ヴァロ
ヴァロ
その時がお前の最期だ。
メリエン
メリエン