テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

涙の跡が乾いて数時間

体が疲労で占められる

それに反して心は軽く感じる

孤独を手放した

それだけで世界の彩度が変わったんだ

それでも消えないのは

普通への憧憬

考えても意味なんてない

そんなの知ってる

知りたくなんてなかったけど

正解はそれ以外になかった

合同練習最終日

新鮮な空気を吸い込む

太陽に陰った木の下で座り込む

今はなんとなく自分を嫌いになれない

日が傾き始める頃

練習は終盤に差し掛かっていた

中村

憧埜

はい

服めっちゃ汚れてる

憧埜

憧埜

ほんとだ

高柴先輩は笑って汚れを払ってくれた

憧埜

ありがとうございます

心の乱れを隠すように笑ってみる

いえいえ

もうすぐで練習終わりそう

憧埜

そうですね

憧埜

あっという間

楽しかった?

憧埜

楽しかったです

憧埜

環境とか練習内容もいつもと全然違ってたから

憧埜

新鮮な感じで

そっか

なんか嬉しいな

輝く笑顔が眩しくて

ちゃんと目を見れずに逸らしてしまう

憧埜

なんでですか?

憧埜は不思議そうな顔で澄を見る

中村の楽しそうな顔久しぶりに見た気がしたから

意表を突かれて口を閉ざした

悩んだり泣いたりするのも大切だけどさ

やっぱり笑ってた方が中村らしいと思うよ

少しの包装も加工もない

純度100%の本音

それを恥ずかしげもなく伝えてくれる

それは憧埜にとって嬉しいことであり

悲しいことだった

憧埜

そう…ですか

春紀

そろそろ集合だってよ

わかった

憧埜

苦い後味が残って離れなかった

夕暮れが頬を温める

互い違いに様々な足音が散らばっていく

また次の大会でな

憧埜

うん

憧埜

お互い頑張ろ

当たり前や

2人は強く手を振りあってそれぞれの道へ向かう

風が強く吹き荒れる

春の嵐は当分の間続くらしい

春紀

疲れた

憧埜

ですね

春紀

紘時と恵はどこいった

憧埜

片付けサボりすぎて残業させられてます

春紀

いつも通りだな

憧埜

ですねw

春紀先輩は僕の目を見て笑う

全部見透かしたような

そんな笑顔で

春紀

もう最後の大会まで2、3ヶ月しかないんだなー

憧埜

そうですね

春紀

俺結構気に入ってるんだけどな

春紀

あのチームの雰囲気

憧埜

僕もです

春紀

ほんとか?

憧埜

ほんとです

空を仰いでしばらく口を開かない春紀先輩が何を考えてるのか少しも分からない

そう思っていたかったけれど

わかってしまう気がする

憧埜

春紀先輩

春紀

ん?

ずっと食いしばっていた言葉をそっと口からこぼれ落ちる

憧埜

僕に何か言いたいことあったりしますか

不意をつかれたような顔をしながらも少し微笑んでいる

春紀

…やっぱ凄いな憧埜の勘は

憧埜

今すぐにでも逃げ出してしまいたかった

それなのに足は動かないまま

春紀

でも今の反応で俺もちゃんとわかった

あの日の後遺症が心を壊していく

焦燥が頭の中を掻き乱す

憧埜

…言わないでください

憧埜

やっぱりまだ怖いんです

春紀

…わかった

春紀

言わない

春紀

でもこれだけは言わせてくれ

春紀先輩は足を止める

下を向いていた頬に小さな傷がついた顔をゆっくりと上げる

春紀

本当の憧埜のこと知っても

春紀

誰も憧埜のこと嫌いになんてならない

春紀

…なれないよ

春紀先輩の僕に対する想いが

全て詰まった言葉だった

吹き荒れていた暖かい風は無言で僕らをそっと見守る

憧埜

なんでそう言えるんですか

憧埜

…どう考えても気持ち悪いじゃないですか

吐き捨てるようにそう言った

春紀

少なくとも俺はそう思わない

春紀

もしかしたらそう思う奴もいるかもしれない

春紀

でもそんなことどうでもいいくらい

春紀

…みんなお前のこと大好きだから

落ち着いた口調で

穏やかな瞳で

照れくさそうな笑顔で

優しい言葉を伝えてくれる

春紀

それだけは覚えとけよ

春紀

じゃあまたな

春紀先輩は小さく手を振ってから再び歩き出していく

何も言葉を返せないでいた僕は

その場に立ち尽くしていた

一度は打ち明けた自分を

再び隠してしまう

もう怖くないはずなのに

扉を開くことが出来ない

今はまだ

今は

第6話 後遺症

今日から新学年が始まる

クラスメイトの顔ぶれもある程度変わっている

それでも相変わらず

紘時

また同じクラスじゃん

憧埜

残念ながら

紘時

照れすぎ

憧埜

はぁ

紘時

ガチため息やめて

絶対離されると思ってた

憧埜

それな

憧埜

期待してたのに

おい

見飽きたくらいのこの2人は今年も同じクラスになった

結空

憧埜

憧埜

結空も同じか

結空

よろしくね

憧埜

うんよろしく

教室の扉が開く音がする

すると一斉に皆が席に着いた

教壇に立って教室を見渡す

そして漸く沈黙を破る

笹井先生

今年2年2組の担任になった

笹井先生

笹井凛と言います

笹井先生

よろしく

教室は拍手で包まれる

後ろで腕を組みながら窓際へ足を運ぶ

笹井先生

私自身高校を卒業して今年で8年程になるんですが

笹井先生

高校生活での思い出は昨日のことのように鮮明に覚えてます

丁寧な言葉遣いで優しい笑顔を時折 見せる

笹井先生

それくらい貴重で儚い瞬間でした

笹井先生

そんな今を生きる皆に約束して欲しいことが1つだけ

人差し指を立てて力強く言葉を紡ぐ

笹井先生

どんなに苦しい時も悲しい時も

笹井先生

もちろん嬉しい時も

笹井先生

一瞬一瞬を強く噛み締めてください

笹井先生

そんな今を絶対に忘れないでください

笹井先生

過去は追いかけてくれないし

笹井先生

自分たちも過去を掴むことはできません

笹井先生

でも未来の自分はどうにでもできる

笹井先生

5年後10年後

笹井先生

そこにいる皆が後悔しないような1年にして欲しいなと思います

笹井先生

改めて今年1年間よろしくお願いします

再び拍手が湧き上がった

風に手を引かれた桜が数枚教室に舞い落ちている

僕はその花びらを1枚拾って握りしめた

今を強く噛み締めるために

明日の僕を少しでも笑顔にするために

春の日差しはいつになっても変わらずに肌を優しく温める

紘時

いい人そうだったな

憧埜

うん

女の先生久しぶりじゃない?

紘時

確かに

紘時

偏見だけどあの人担当国語っぽい

わかる

憧埜

話し方が国語

紘時

それなw

こんな何気ない会話も

未来への提出期限まで

約730日

新入部員どんくらいくるんだろ

紘時

それな楽しみ

春紀

お前らより大人しいと助かるけど

憧埜

ですね

紘時

ん?

紘時だけですよね

春紀

まあそれでいいか

紘時

全然良くないです

期待と不安が入り交じる足音が重なって聞こえてくる

顧問

ミーティングの前に新入部員の自己紹介するから並んどいて

全員

はい

顧問

じゃあ右から順番に

植原 敦志

植原敦志です

植原 敦志

よろしくお願いします

髪が穏やかに揺れる

加瀬 秋人

加瀬秋人です

加瀬 秋人

お願いします

明るい雰囲気で笑っている

そして長い列の最後に行き着く

大東 淕

大東 淕です

大東 淕

よろしくお願いします

目線を下に向けながら浅く礼をする

男女合わせて17人ほど

期待感がチーム全体に染み渡っていた

お疲れ様

憧埜

お疲れ様です

お疲れ様です

練習後の部室内は以前より一層賑やかだ

大東 淕

あの、先輩

憧埜

ん?

大東 淕

スパイクってどこに置いとけばいいですか?

憧埜

あーあそこの棚に入れとけばいいよ

大東 淕

わかりました

大東 淕

ありがとうございます

憧埜

全然いいよ

物静かだと思っていたけど生き生きとした声に少しだけ驚いた

大東 淕

えっとなんて呼んだらいいですか

憧埜

あそっか忘れてた

憧埜

僕中村憧埜

憧埜

憧埜でいいよ

大東 淕

憧埜先輩?でいいですか

憧埜

うん

憧埜

淕だっけ?

大東 淕

そうです

憧埜

よろしくね

大東 淕

どうも

2人は手を交わした

すると楽しそうな声が耳に入ってくる

加瀬 秋人

憧埜先輩

憧埜

どした

加瀬 秋人

俺の名前は覚えてます?

憧埜

えーっと

憧埜

秋人?

加瀬 秋人

合ってるっす!

加瀬 秋人

よろしくお願いします

嬉しそうな笑顔が輝く

憧埜

うんよろしく

植原 敦志

僕も覚えてたりしますか

憧埜

覚えてるよ敦志

憧埜

よろしく

植原 敦志

よろしくです

2人は互いに笑いあった

どうやったらそんなに覚えれんの

憧埜

普通に自己紹介の時に

紘時

すごすぎ

紘時

俺全然まだ覚えれてない

俺もまったく

憧埜

まじかよ

紘時

覚えるのに1週間以上かかりそう

憧埜

頑張れ

憧埜はつけていた笑顔をゆっくりと気づかれないように剥がしていく

そして1人で部室を後にした

4月下旬

桜の木を眺めても今は心が癒され なくなった

憂鬱な1日を鮮やかにしてくれない

おはよ中村

憧埜

おはようございます

寝不足?

憧埜

はい

憧埜

最近あんまり眠れなくて

そっか

無理しないようにね

憧埜

ありがとうございます

今日部活来る?

憧埜

行きます

わかった

また後で

目尻に皺を寄せて笑ってくれた

憧埜

はい

次第に今日にも色がついていく

綺麗な色だけにはなれない

その間違いを指差して笑われているような視線が僕だけに見える

教室の窓に映る自分でさえ

その視線で僕を刺す

溢れるのは血でも涙でもない

慢性の自己嫌悪だった

大東 淕

あ憧埜先輩

大東 淕

おはようございます

憧埜

おはよ

突然冷たい感覚が頬を横切る

大東 淕

憧埜先輩?

憧埜

最近寝不足でさ

憧埜

あくびとまんないんだよね

さっと袖で拭ってから得意の笑顔を浮かべて取り繕った

大東 淕

ちゃんと休まないとですね

憧埜

だな

憧埜

じゃあまた部活で

大東 淕

はい

軽く手を振ってから教室の扉を開けた

長い授業が終わって風の冷たい放課後

笹井先生は気分転換だと言って教室に戻ってきた

僕は静かな教室で学級日誌を黙々と書いていた

笹井先生

中村

憧埜

はい

笹井先生

なんか気まずいし話そうよ

憧埜

別に気まずいとか思ってないんですけど

笹井先生

私が思ったの

この人が担任になってから約1ヶ月

ずっと思っていた

距離感が近い

友達みたいな立場で話しかけてくる

笹井先生

悩みとかないの?

憧埜

悩みですか

憧埜

特にないですかね

笹井先生

好きな人は?

憧埜

それもいないですね

目を合わせずに淡々と答えた

すると先生は口角を上げて僕を見た

笹井先生

まじ間違ってたらごめんだけど

笹井先生

嘘でしょそれ

鳥肌が全身に伝わるのを感じた

憧埜

何言ってるんですか

笹井先生

当たってるでしょ

憧埜

教卓に肘をついて寄りかかる

笹井先生

別に無理に言わせるつもりはないけど

笹井先生

ずっと暗い顔してるだけじゃ

笹井先生

周りの人には何も伝わらないよ

憧埜

それでいいんです

先生の言葉に被せるように言い放った

笹井先生

え?

憧埜

伝えようなんて思ってませんよ

席から立ち上がった学級日誌を手に取る

憧埜

学級日誌置いておきます

憧埜

さようなら

笹井先生

中村

憧埜

何ですか

笹井先生

私大体いつもここにいるから

笹井先生

何か話す気になったらまた来てね

憧埜

行けたら行きます

それだけ言って教室を出た

閑散とした靴箱に上靴を入れて靴を履き替えた

出口のドアに鞄を打ち付けて歩き出す

加瀬 秋人

憧埜先輩

加瀬 秋人

一緒に部室まで行きませんか

憧埜

うんいいよ

憧埜

あれ

憧埜は秋人の顔をじっと見つめた

憧埜

秋人髪切った?

加瀬 秋人

え今日初めて気づかれました

憧埜

1番乗りだな

加瀬 秋人

さすがっす

憧埜

やった

植原 敦志

秋人

植原 敦志

坂本先生が呼んでた

加瀬 秋人

えまじ

加瀬 秋人

ごめんなさい憧埜先輩先行っといてもらって大丈夫です

憧埜

おっけー

秋人は急いで階段を昇っていった

植原 敦志

憧埜くん今日部活行きますか

憧埜

行くよ

憧埜

一緒に行こ

植原 敦志

やった

後輩たちは親しみやすくて元気な人ばっかりで自然と笑顔になれた

3年生最後の大会まで後約45日

それぞれのチームメイトの魂が共鳴しているのが聞こえてくる

憧埜と敦志は暖色の西日へとゆっくりと進む

くだらない話をして

互いに笑い合いながら

そんな瞬間を

心で噛み締めながら。

いつかのさよならを君に。

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

183

コメント

1

ユーザー

新しい登場人物を記載しておきます。 植原敦志(うえはら あつし) 大東淕 (おおひがしりく) 加瀬秋人(かせ しゅうと) 笹井凛先生(ささい りん)

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚