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風柱邸の広い稽古場には、今日も実弥の怒鳴り声が響き渡っていた。
実弥
地を這うような低い声に 多くの隊士がびくりと肩を震わせる。 その中で、ただ一人、顔を歪めていたのが ミオだった。 14歳とは思えぬ鋭い眼差しで 実弥を睨みつける。 彼女は「風の呼吸」の継ぐ子として 実弥直々の指導を受けている身だったが その教え方は常に苛烈を極めた。
実弥
実弥の罵声がミオの耳に届くたび、心の中で何かがプツンと切れていくような 感覚に陥る。
ミオ
ついにミオの我慢の糸が切れた
ミオ
甲高く、しかしはっきりと響き渡るミオの 叫び声に、稽古場の空気が凍り付く。 周りの隊士たちは皆、目を見開いて 二人を見つめた。
怒鳴りつけられた張本人である実弥は、一瞬動きを止め、驚いたようにミオを見た。 その隙を、ミオは見逃さない。
ミオは怒りに任せて 鬼気迫る表情で実弥の胸板を 思い切り突き飛ばした。 突然の予想外の攻撃に あの不死川実弥が「ぐっ」と喉を鳴らし たたらを踏むように数歩よろめく。 普段なら微動だにしないはずの 風柱が体勢を崩したことに 周囲の隊士は完全に思考停止に陥った。
ミオ
一気に血の気が引いていくのがわかった
ミオ
言いかけた時には、もう遅かった。 周りの隊士たちの顔はドン引きどころか 恐怖に染まっている。そして よろめきから体勢を立て直した実弥は ゆっくりと顔を上げた。 その顔は、これまで見たことのないほどの 怒りに満ちていた。血管が浮き出し 瞳は血走っている。 過去一、ブチギレているのが 一目でわかった。
実弥
実弥の声が、静まり返った稽古場に低く しかしぞっとするほど響き渡った。
実弥
地を這うような低い声。実弥の瞳には もはや怒鳴り散らすような荒々しさはなく 代わりに冷徹な拒絶が宿っていた。
その一言に、ミオの眉が跳ね上がる。
ミオ
ミオは手に持っていた木刀を 無造作に放り投げた。 乾いた音を立てて転がる木刀を横目に 彼女は実弥に歩み寄り その白い羽織の裾を力任せに掴む。
ミオ
実弥
言葉が終わるより早く、実弥が 腕を一閃させた。 ミオの細い指先を 一切の容赦なく無理やり振り払う。 ミオはバランスを崩し、数歩後ろへよろめいた。
実弥は一度もミオを振り返ることなく そのまま奥へと歩き出す。 周囲で見守っていた隊士たちは、 もはや呼吸すら忘れたように硬直していた。
他の隊士1
他の隊士2
ひそひそとした囁き声が 突き刺さるような静寂の中に漏れ出す。 ドン引きする隊士たち。 突き飛ばされた勢いで肩を震わせるミオ。
ミオは振り払われた自分の手を見つめ 屈辱と怒りで顔を真っ赤に染めながら 遠ざかる背中に向かって再び口を 開こうとしていた。
ミオ
ミオの叫びが稽古場の高い天井に反響し ゆっくりと消えていく。 その瞬間、稽古場の空気は「凍りつく」のを 通り越し、もはや「死んだ」。
いつもなら、間髪入れずに「あァ!? 誰に口聞いてんだ殺すぞォ!!」と 怒号が飛んでくるはずだった。 ミオも、どこかでその「いつもの反応」 を期待していたのかもしれない。 罵り合いになれば、自分のこの行き場のない 苛立ちをぶつけ続けられるから。
だが、返ってきたのは沈黙だった。 実弥が、ゆっくりと足を止め、振り返る。 その顔を見た瞬間、ミオの心臓が ドロリと冷たい何かに掴まれた。
そこには怒りも、苛立ちも、軽蔑すらも なかった。 ただ、何も映していない能面のような 底冷えする無表情。
実弥
低く、温度のない声。 実弥はそれだけを言い残すと 二度と視線を合わせることなく 背を向けて稽古場を去っていった。 パタン、と障子が閉まる音が、今のミオには 雷鳴よりも大きく響いた。
後に残されたのは、ドン引きして顔をそらす隊士たちと 投げ捨てられた木刀。 そして、自分の吐いた「死ね」という 言葉の毒に、自分自身が侵されているような 耐えがたい静寂だけだった。