さらさらと流れる川の音
イルと陸
二人だけの不思議な空間
どれくらい時間が経ったのだろうか?
イルは何気なく髪を触る
朝にはまだ長かった髪が
今はもう肩くらいまで短くなってしまっている
陸が切り揃えてくれた髪を
イルは何度も触って確かめていた
浜松イル
あの
浜松イル
松崎君……
松崎陸
ん?
浜松イル
髪、ありがとう
浜松イル
こんなキレイになるとは思わなかった
松崎陸
大したことねーよ
浜松イル
そんなことないよ……
イルの言葉に陸が照れたように笑う
陸に釣られてイルも微笑む
最近は家族の前でも笑顔を見せたことがなかった陸
イルも久々に笑顔を見せる
松崎陸
兄ちゃんの髪……
浜松イル
え?
松崎陸
兄ちゃんの髪……切ってたんだ……
浜松イル
お兄さんの髪を
浜松イル
松崎君が?
五年前
まだ陸が小学生だった頃
高校受験の真っ只中にいた海は
伸びて行く髪を切る間もないほど勉強に没頭していた
空や陸よりも髪が伸びやすく
短く切っても数ヶ月で肩まで伸びてしまうため
邪魔にならないようにいつも束ねていた
松崎海
邪魔だな……
何とか前髪は自分で切ってやり過ごしていたが
伸びて行く後ろの髪を鬱陶しいと感じるようになり
松崎海
陸!
松崎海
適当でいいから切って!
松崎陸
え!?
松崎陸
こ、怖いよ……
松崎海
大丈夫だって!
松崎海
じっとしてるから!
緊張で手が震える中
陸は何とか海の髪を切ることに成功
しかもそれは
子供の仕業とは思えないほどのうまい仕上がりになっていて
松崎海
陸……
松崎海
お前スゲーな!
それ以降はずっと
陸が海の髪を切る係りになっていた
それまで自分で切ってガタガタになっていた前髪も
陸がキレイに仕上げ
それは海が家を出ていくまで続いた
海は陸のそれを才能だと思い母親にも伝えたが
松崎文
変なことを覚えさせないで!
松崎文
今は勉強をちゃんとしなきゃいけない時期なんだから!
全く聞き入れてもらえなかった
浜松イル
凄い
浜松イル
だからこんな風にできるだ……
松崎陸
ありがとう
浜松イル
こちらこそ……
浜松イル
ありがとう
松崎陸
なぁ
浜松イル
は、はい
松崎陸
浜松の鞄
松崎陸
取り戻しに行こうぜ!
浜松イル
えぇ!?