【朝】
青年の傍らには
腹を裂かれ、
引きずり出された小腸を首に巻かれ、
眼球に五寸釘が突き刺さった
無惨な姿の女性が倒れていた。
その状態でよく生きていられるものだと感心さえする。
苦しそうに顔を歪める女性の耳元で囁くと、
女性は何度も何度も大きく頷いた。
青年は持っていた金槌を振り下ろした。
金槌は五寸釘を打ち、
眼球にまでめり込んだ。
そう言って青年は、
凄惨な現場を綺麗さっぱり片付ける。
死体だけを残して。
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【昼】
青年はよく寝ている。
寝ている場所は
人を殺した廃墟の中だったり、
公園だったり、
ホテルだったり、
漫画喫茶だったりと
その日によって異なる。
つまり、
彼は自分の家を持っていないということだ。
いつもあっちをフラフラ、
こっちをフラフラと
当てもなく彷徨っている。
その中で、
何となく目に付いた人や
悪いことをしている人や
適当な人を攫っては
殺していた。
目を覚ますのは夕方ごろ。
もちろん、
誰も殺さない日もある。
そういう日は
大抵ぼんやりとしていることが多い。
何を考えているのか、
何を思っているのか、
その表情からは読み取れないが、
けして死者を追悼しているわけではない。
殺してしまったら、
余程のことが無い限り、
自分が殺した相手のことを思い出すことはない。
彼にとって
過去を振り返るということは滅多としないことだった。
しばらくぼんやりとしたのち、
ゆっくりと動き出す。
さすがの彼も
お腹は普通の空くのだ。
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【夜】
当然のことながら、
彼は定職についていない。
言い方は悪いが、
無職というやつだ。
つまり、
彼が捕まった場合、
『住所不定無職 香坂仁』
と報道されるわけだ。
人通りの多いところでぼんやりしていると、
必ず誰かが声をかけてくる。
それは、
老若男女問わず。
今日は
初老の女性だった。
そして、彼は
平然と嘘を吐く。
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存在感が薄い。
それでも、
誰かの目に止まることがある。
彼を見つけて声をかけてくる人は、
なんの疑いも持たず、
彼を家に上げる。
それは、
彼が男前で清潔感があるだけではない。
それもまた、
己の特別な力なのだと
彼は理解している。
他人の
無意識に干渉する、
己の
己だけの
特別な力なのだと。
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・
そしてまた、
朝が来る。
誰も殺さなかった朝。
初老の女性よりも早く起きて、
朝食を作る。
それが彼なりの
お礼の仕方だった。
二人で並んで朝食を食べ、
後片付けをしたのち
彼は”存在しない”彼女に謝ってくると言って
女性と別れる。
・
しかしその後、
彼女は彼のことを忘れる。
とても自然に、
忘れたということに気付くことなく、
そっと彼に関する記憶を失う。
そして、
二度と思い出すことはない。
例え、彼の顔を見たとしても。
・
そうやって彼は、
誰の記憶にも残ることなく、
今までも
そしてこれからも
ひっそりと生きて、
大胆に人殺しを続けていくのだ。
・
・
了
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