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病室
嵐が通り過ぎた後の
静まり返った病室
俺はしばらく何も感じなかった
何も見えなかったし聞こえなかった 何もかも無が支配していた
意識が乖離していたと思う
脳が現実を受け入れることを拒んで 考えることをやめたんだ
逃げ道を模索していたんだ
でも
まず、父さんのゼェゼェと苦しそうな 呼気と吸気が聞こえた
不規則かつ不自然な 苦しそうな呼吸
視界は真っ暗だったが 徐々に前が見えてくる
俺は何も見えないことを祈った
もう 一生見えないまま過ごしたっていい
本気でそう思った
しかし 脳は活動を再開し、見ることを選んだ
前
前にいるのは
神崎隼也
佐久間浩樹
佐久間浩樹
佐久間浩樹
いつもの父さんだった
違うところを挙げるならば かなり憔悴している点だろうか
呼吸からも感じたように 苦しそうな表情を浮かべている
……死期が近い
俺はそう直感した
佐久間浩樹
佐久間浩樹
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
佐久間浩樹
神崎隼也
佐久間浩樹
神崎隼也
佐久間浩樹
佐久間浩樹
神崎隼也
佐久間浩樹
佐久間浩樹
佐久間浩樹
佐久間浩樹
佐久間浩樹
神崎隼也
死んだ
母さんは俺を産んですぐに死んだのか
俺を守って、それで……
俺はそこで気付いた
涙が勝手に流れていることに
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
佐久間浩樹
神崎隼也
神崎隼也
涙を拭うのと同時に
心を救う声が聞こえた
佐久間浩樹
神崎隼也
佐久間浩樹
神崎隼也
佐久間浩樹
佐久間浩樹
佐久間浩樹
佐久間浩樹
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
佐久間浩樹
神崎隼也
佐久間浩樹
佐久間浩樹
佐久間浩樹
神崎隼也
佐久間浩樹
佐久間浩樹
神崎隼也
佐久間浩樹
神崎隼也
佐久間浩樹
神崎隼也
佐久間浩樹
ぷつり
俺の耳にそんな声が響いたのは
幻聴だったのだろうか
……
父さんが死んだ
危篤を報されて病院に駆けつけた 2日後のことだった
そうだ
あの忌まわしい話を聞かされ 父さんと約束を交わした
あの日
俺はあの日以降の記憶があまりない
茫然自失、だった
無感覚が定期的に起こった
思い出したように正気に戻って
喉を通らないご飯を食べて 先生と友達の声も聞こえない学校に通って
生きるために必要なことを ただ機械的に続けた
そんななか
何もかもが抜け落ちた気分で 葬列に並んだ
あまり関わりのない 父さんの親戚たち
様々な言葉をかけてくるが 何も聞こえない
伝わらない
それは俺の気持ちも同じだった
ひそひそ ひそひそ
聞きたくなかったのに こういう時だけはハッキリと聞こえる
「隼也くん涙一つ流さないわねぇ」 「本当ねぇ」
「たった一人の育て親なのにねぇ」 「拾ってくれたも同然なのにねぇ」
「薄情者だねぇ」
ずきり
「浩樹さんの死因は結局不明なんだってなぁ」 「がんじゃないのかなぁ」
「どうだかなぁ」 「身内では隼也くんが最後に浩樹さんの病室行ったんだってなぁ」
「かわいそうになぁ」
ずきり
痛い
痛いよ
胸が、痛い
心
心が痛いよ
父さん
助けてよ
誰か助けて
涙も流れなかったし 顔にも声にも出なかったけど
俺は
心のなかで慟哭した
……
上る
階段を上っていく
一段、一段踏みしめて
鉛の如く重い足を持ち上げて 力の抜けてしまった上体を何とか支えて
一段、一段
俺は踏みしめた
神崎隼也
あれから数ヶ月
何年にも感じた暗い日々
俺は生きたんだ
生きるしかなかった
いくら悲しんでも苦しんでも 助けてくれる人はもういなかった
生活もやっぱり厳しい
だから、頑張るしかなかった
そうして生きるしかなかった
必死で強く
生きるしかなかった
神崎隼也
神崎隼也
自嘲気味に思った
結局 情緒の上では大きく下降したものの
生活を続けていく上では 大差はなかった
俺の生き方は変わらない
それは意志が強いとか心が強いとか そういう問題ではない
そう生きざるを得ない というだけのこと
つまるところ 環境が俺の心を支配しているだけだ
表面上は何も変わらなくとも 心がズタズタに引き裂かれた状態で 日常を送らなければならない
休む暇など与えてくれない
どうしようもない
そして
一段、一段
また一段と
俺は上り続けた
神崎隼也
いつもの光景
放課後のことだった
一人でここに来て 特に何もせずぼうっとして帰る
強いていうなら 物思いに耽って満足するくらいか
俺は考えた
"あの日の約束を"
橘真を殺す
いや、橘一家全員をだ
父さんの無念を……
いや、違うのだろうか
俺の育て親である佐久間浩樹 俺の宿敵である橘真
神崎隼也
あの話によれば 宿敵である橘真こそ実の父親だ
だから正確に言うなら 養父と母の無念のために父一家を殺す
……ということになる
だが
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
決意と憎悪が固まる
必ず仇を討つ
俺は本気でそう考えている
しかし 冷静な自分もいる
高校生が財閥の長とその一家を 皆殺しにしようと計画している
尋常じゃない
完全に狂気に塗れている
仮に計画を実行するとして 方法はどうする?
俺一人で何とかなるのか?
……いや、無理だろう
現実的じゃない、と結論した
当たり前のことだが 人を殺すなんて簡単なことじゃない
社会生活を送る人間にとっては 尚更のことだ
俺は捕まりたくない
人を殺す覚悟はあるのに 捕まりたくないのは変だろうか
そんなことはない
ましてや冷酷非道な人間が相手だ それも簡単に罰することもできない立場にある人間だ
証拠もないし あったとして橘真を白日のもとに晒すのは無理だろう
何もかも揉み消されてしまう
そんな人間を正当な手段で裁くのは 不可能に近い
だとすれば 残された手段はこの手で裁くことだけだ
俺が殺してやる
この場合 俺が法で正義なんだ
クズを野放しにする方が間違いだ
法を執行する側が捕まるのは 理不尽が過ぎる
あんな人間のために捕まるのは 絶対に嫌だ
殺したうえで天下御免の風体を貫く
無実のまま殺人を行う
無謀だとしても希望はそれだ
残された希望はそれだけだ
父さんと、母さんのために……
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
神崎隼也
なぜなら
必死で強く生きるしかないのだから
俺は 橘の見えない像を虚空に見据え
復讐の念を送り続けた
……
……家族
家族への、愛
愛は何を約束するんだろう
愛は何を保証するんだろう
形もなく幻影に近いものに なぜ人は無償の努力をするのだろう
そんなものは 初めからないかもしれないのに
"私の家族のように"
橘真衣
私は今日も部屋にいる
この小さな部屋のなかで
牢屋のような狭いなかで
今日も息を吸い、吐いて 食べて、飲んで、排泄して、眠って
苦しんで、悩んで
追い求めて
幻影のざらざらとする跡を 指でなぞって
生きている
ただ
X軸という地平線に 太陽は沈み続けたまま
生きている
こうして "Xは負の延長線上にシフトする"