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『 海辺のあの子は私を知らない 』
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 春咲 雨季 harusaki uki 17歳 ・ 高校2年生 ( 4月16日 ) ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
車の窓の外で、景色がゆっくりと変わっていく。
高いビルはいつの間にか消えて、 見慣れない低い家ばかりが並び始めた。
電柱の数も減って、空が妙に広い。
私は助手席の窓に額を軽くつけながら、 ぼんやりと外を眺めていた。
引越しの荷物を積んだトラックは、 もうずっと前に先へ行ってしまったらしい。
私たちの車は、 その後ろを追うようにしてとある町へ向かっている。
雨季
母がそう言っていた。
「 空気が綺麗でね 。 」
「 凄くいい所なのよ。 」
母はそう言って笑っていたけど、 私にとってそれは、ただの“知らない場所”だった。
雨季
雨季
雨季
雨季
雨季
私は小さく息を吐いた。
車内ではラジオが小さく流れている。
父はハンドルを握りながら、 時々鼻歌を歌っていた。
後部座席にはダンボールが積まれている。
雨季
ノート、書きかけの小説。
それだけはちゃんと持ってきた。
それがあれば、 少なくとも少しの間は現実を忘れていられるから。
物語の中に入り込めば、 世界はずっと優しくなる。
誰も私を変な目で見ないし、 誰も私に何かを求めてこない。
人と関わらなくて済む。
それが楽だった。
母
ふいに母が私の名前を呼んだ。
母
雨季
短く返事をする。
窓の外を見ると、 道路の向こう側に青い色が見えた。
最初は空かと思った。
でも違った。
空よりも深くて、少しだけ揺れている。
海だった。
思っていたより、ずっと広い。
私は無意識に体を起こして、その青を見つめた。
波が白く崩れて、また広がっていく。
ゆっくり、ゆっくりと。
まるで呼吸をするみたいに。
雨季
小さく呟くと、父が笑った。
父
父
雨季
父
雨季
私は答えなかった。
海が好きかどうかなんて、 今まで考えたこともない。
でも
その広さだけは、少しだけ、いいと思った。
人がいない場所なら。
静かな場所なら。
もしかしたら、ここでもやっていけるかもしれない。
そんな事を、ほんの少しだけ思った。
雨季
車は海沿いの道を曲がり、 小さな住宅街へ入っていく。
知らない街、知らない匂い、知らない風。
そして
私の新しい生活が、ゆっくりと始まろうとしていた。
新しい家は、白い二階建てだった。
思っていたよりもずっと普通で、 拍子抜けするくらい普通の家。
庭は小さくて、まだ雑草が所々に生えている。
母
母がそう言うと、父がエンジンを切った。
静かになった。
車のドアを開けると、潮の匂いがした。
少し湿った、潮の匂い。
風も、何となく柔らかい。
遠くから、波の音が聞こえてくる。
雨季
雨季
私は伸びをして、空を見あげた。
雲がゆっくり流れている。
都会の空より、ずっと広い気がした。
母
母
雨季
私は髪をひとつにまとめ直した。
雑に染めた茶色の髪は、 結んでも少しだけ跳ねる。
こういう所、兄によく「雑すぎ」と言われる。
でも別にいい。
どうせ誰も見ない。
私はダンボールを1つ抱えて家の中に入った。
新しい家の匂い。
まだ家具が少ないせいで、部屋が広く感じる。
自分の部屋は2階の端だった。
窓を開けると、遠くに海が見える。
青い線みたいに。
雨季
私は窓枠に肘をついて、その景色を眺めた。
雨季
雨季
雨季
それを想像するだけで、少し胃が重くなる。
でも。
雨季
私は机の上にノートを置いた。
小説用のノート。
ページをめくると、書きかけの物語が続いている。
途中で止まった世界。
ペンを手に取る。
雨季
雨季
でも、やめた。
今日はまだ現実のほうが忙しい。
私はノートを閉じて、ベッドに倒れ込んだ。
天井を見ながら、小さく息を吐く。
雨季
転校初日。
考えるだけで、少し頭が痛くなる。
私は枕に顔を押しつけた。
できるなら。
誰とも関わらず、静かに終わらせたい。
ただそれだけだった。
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