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深山桜
弥生
救急車に戻った桜が、おずおずとそう話すと、弥生は声を張り上げた。
深山桜
弥生
救急車の中で、Z'feelの新ヘッドの座に就いた弥生は、地団駄を踏みながら喚き散らした。
深山桜
弥生
深山桜
弥生から怒声を浴びせられて、桜は驚く。
弥生
弥生
深山桜
弥生
弥生
弥生
弥生
怒りと悲しみと焦りと混乱とあと何かがないまぜになった様子で、弥生が叫んだ。 桜は何度も頭を下げる。
深山桜
弥生
深山桜
未登録者
一緒に乗り込んだ未登録者が、SNS上で急速に広まっている、2本の動画を見せてくる。
1本はイーストスクエアの監視カメラの映像。 ステージ裏の事務室から抜き取った、先程の戦いの一部始終を収めた動画だ。
もう1本は、つい先程自分達で撮影した動画。 ステージ上にずらりと並んだZ'feelの社員の前で、弥生が桜と千秋を従えて立っている。
羽黒の髪を掴み、ボロボロになった上半身を掲げて、精一杯険しい表情で叫んだ。
弥生
弥生
弥生
弥生
『うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
弥生がややぎこちない動きで拳を突き上げると、後ろの男達は一斉に勝鬨を上げた。
2本の動画はSNSでまたたく間に拡散され、かなりの反響を呼んでいた。
千秋
弥生
千秋
顔をまた紅潮させて、弥生が千秋をバシバシと叩く。
弥生
千秋
弥生
千秋
弥生
バシッ!
千秋
反抗期の子供のような雰囲気で、弥生はまた千秋を叩いた。
Z'feel社員
車体を貫通して声が届く。 窓を見ると、並走するオープンカーから、生き生きとした様子でZ'feelの社員達が尋ねてきていた。
Z'feel社員
弥生
窓から顔を出した弥生が、やけくそ気味に叫んで、すぐに引っ込んだ。
弥生
深山桜
息長姫子
深山桜
突如姫子の声が聞こえ、桜は小さく驚いた。
息長姫子
深山桜
桜はポンと膝を打つ。
中央区のすぐ近くに建つ東原デパートは、地上5階・地下2階の7階構造だった。
それが春に大規模な改修工事が行われ、別館が出来た代わりに地下階がどちらも封鎖されたのだ。 工事自体がZ'feelの差し金だったとすれば……。
深山桜
息長姫子
深山桜
姫子との会話を終えて、桜は弥生に話しかける。
深山桜
弥生
深山桜
弥生
弥生はガバっと立ち上がり、運転席の方まで歩いていく。
弥生
未登録者
運転している未登録者が、無線機の近くのマイクを指差す。
乱暴に取り出した弥生は、ガチャガチャといじってスイッチを入れ、
弥生
ツバを飛ばして、マイクに向かって荒々しく叫んだ。
『ウオオオォォォォォォ!!!』
地響きのような唸り声。並走していたZ'feelの社員達の車が、一斉に速度をあげ、ゲートの方へと爆走していった。
弥生
マイクをオフにした弥生が、自嘲するように笑う。
まるで、結婚できないのを悟った独身女性のような、深い絶望だった。
中央区のゲート前で、一行は救急車を降りる。
そのまま付いてこようとする弥生と千秋を制した。
深山桜
弥生
深山桜
深山桜
千秋
理由を理解した千秋が、申し訳なさそうにうつむく。
深山桜
2人を元気付かせるように、桜は微笑む。
もう恐れも緊張もない。 堂々と立ち向かい──必ず戻ってくる。そう心に誓っていた。
深山桜
ぎゅっ……
弥生と千秋、2人にそれぞれ手を掴まれる。 2人分の熱が伝わった。
弥生
千秋
深山桜
ゲートを出た桜は、東原デパートまで走る。
深山桜
だが、その足はすぐに止まった。
息長姫子
深山桜
ブラウスの下に収めたロケットに、桜はそっと手を当てる。
深山桜
彼女だけに聞こえるように、そっとささやく。 弥生と別れた以上、もう取り繕う必要はない。
息長姫子
いつもより少し柔らかい声色の返事が、頭の中でじんわりと響いた。
深山桜
息長姫子
息長姫子
息長姫子
深山桜
かけがえの無い両親を想う。 一昨日巻き込まれてから、2人にはかなり心配をかけさせてしまっているはずだ。
深山桜
息長姫子
改めてこの胸に誓い、桜は再び走り出す。
たどり着いた東原デパートの駐車場は……既に惨劇が広がっていた。
Z'feel社員B
Z'feel社員C
先程まで意気揚々としていたZ'feelの社員達が……みな一様に、満身創痍の身体で倒れ込んでいる。
浄海入道
深山桜
浄海入道
呆れ声をあげる浄海の元へ走る。 彼の前方に広がっていたのは……。
黒服
やはり、あの黒服達だった。 Z'feelの社員達の返り血を浴びて、直立不動のまま立ち尽くしている。
黒服
その中の1人が、背中を曲げて高笑いを浮かべていた。 昨日と全く同じ手口だ……。
浄海入道
浄海入道
浄海入道
怨王
浄海の説得は、やはり聞き入れない。 怨王は不敵に笑う。
怨王
怨王
怨王
浄海入道
浄海は奴に聞こえない大きさで呟いた。
深山桜
桜も、恐らく他の皆も予想はしていた。 よく出来てはいたが、ロボットで部下達を長く騙せるとは思っていない。
昨日事を起こした段階で、既に下の者含めて切るつもりでいたのだろう。
ダダダダダッ
追加の黒服達が、デパートの入り口からやってくる。 やはり、主戦力は彼等だということか。
怨王
怨王
怨王
怨王は黒服の袖をまくりあげ、挑発するように撫で回す。
浄海入道
浄海入道
怨王
怨王
浄海の吐き捨てるような物言いを、否定も反論せずに、下卑た笑顔を浮かべて受け入れる。
怨王
怨王
怨王が小さく命令した直後──奴の身体が、すっと背筋を伸ばす。
ダダダダッ
黒服達が一斉に襲いかかってくる。 桜は覚悟した。
ブンッ!
真っ先に近付いた黒服が、必要最小限の動きで左フックを放つ。
桜は左に避けて、返す刀で右フックを──
ビシィ!!
深山桜
右肩に強い衝撃。 桜がよけたと見るや、全くのノーモーションで右フックを放ってきた。
カウンターの形になり、ダメージが骨身にしみる。やっとの思いで、退避し、走り出す。
浄海入道
ドガガガガガッ!!
浄海が滅茶苦茶な動きでダブルラリアットを放つ。 前方に固まっていた黒服は、全員吹っ飛んだ。
浄海入道
浄海入道
浄海入道
深山桜
ブゥン!! ブゥン!!
両脇から迫ってくる蹴りを、桜は前に跳んでかわす。
ドガァッ!!
お互いを蹴り合い、黒服2人は倒れ込む。 しかし起き上がる。
浄海が吹っ飛ばした黒服も、皆即座に起き上がって追走に合流している。 これでは埒が明かない……!
桜は走った。 迫りくる猛攻から逃げて、デパートに突っ込む。
ブンッ!!
奥の自動ドアを通った瞬間、黒服が飛び蹴りを放ってきた。 桜はしゃがみ──いや、跳ぶ!
ブゥン!
地面すれすれをベンチが滑走した。 しゃがんで避けることを想定し、別の黒服が放り投げたのだ。
なんとか着地して、桜はまた走る。 次々に繰り出される黒服の猛攻を、2人は必死にしのいでいく。
怨王が全員追い出したのか、デパートに人影はない。
代わりに至るところに黒服が潜み、自分達が通り掛かる度に攻撃を加えてくる。 かわすだけで精一杯だ。
浄海入道
息長姫子
深山桜
浄海入道
深山桜
深山桜
浄海入道
スッ──
懐に手を入れた浄海が、取り出したのは……
筒?
いや、
ダイナマイト。
深山桜
浄海入道
カシュッ! ジジジジジ……
一切ためらうこと無く、一緒に取り出したジッポライターで火を点ける。 導火線はあと10センチ。
深山桜
浄海入道
浄海は2、3回くるくると回してから、ダイナマイトを放り投げた。 導火線はあと7センチ。
バッ! ガンッ!
宙を飛ぶダイナマイトは、非常灯のランプにぶち当たる。 導火線はあと5センチ。
トンッ
とんぼ返りしてきたそれを、桜は反射的に掴んだ。 あと3センチ。
深山桜
絶叫しながら、後ろに放り投げ、桜はダイブした。
一分後。
浄海入道
深山桜
しげしげと眺め回す浄海に、桜は声を張り上げた。
2人の目の前には、直径10メートルほどの巨大な大穴。 下は薄暗い地下1階に繋がっている。
とはいえ、ダイナマイトの爆発で開いたのは直径1メートル程。
爆発に巻き込まれて吹っ飛び、即座に起き上がって追いかけてきた大量の黒服達が、一切避けること無く渡ろうとして……崩落を起こしたのである。
落ちた黒服達は、上下の移動が上手くプログラムされていないのか、あらぬ方向へと駆け出していった。今は誰もいない。
浄海入道
息長姫子
深山桜
浄海入道
ダッ!
桜が仲介した途端、浄海はすぐさまジャンプした。
深山桜
桜も慌てて後を追う、というより跳ぶ。 暗闇に身体が飛び込んでいく。
シュタッ
狭い廊下に降り立った。 役所のような無機質な内装に見覚えはない。 どうやらここは従業員用通路のようだ。
埃っぽい淀んだ空気が鼻につく。 湿気った空気と陰気臭さが、じっとりと肌にまとわりついた。
物産展や季節のイベントの時に何回か来たことがあるが、ここまで淀んだ雰囲気を感じたことは当然ない。
深山桜
浄海入道
ダッ!
浄海はまた走り出す。 1階からの光の他は、ぼんやりとした非常灯の灯りしかない闇の中を、お構いなしに爆走する。
タッ……タッ……タッ……
ダッ──ダッ──ダッ──
ダダダダダダダダダダダ
止んでいた足音が復活する。 前方と後方、壁を挟んで横からも、追走の音が聞こえだす。
浄海入道
深山桜
浄海に従い、桜は廊下の右側にぴったりと寄る。
前方から黒服らしき影が2つ見えてくる。 ただ、ただでさえ暗い通路の上に、サングラスをかけているせいか、桜には全く気付いていない。
ドドドドォッ!!
浄海入道
バキィッ!! ドガァッ!!
飛翔した2つの影が浄海に飛びかかり、乱闘が始まる。後方からやってきた一体の影も加勢した。
深山桜
浄海入道
黒服達に押され、そして押し返しながら、立ち止まった桜に言い放つ。
深山桜
彼を信じて、桜は走り出した。 1人の黒服がこちらに気付き、追いかけようとしてくるが、
ガッ!
浄海が大きな手で足の辺りを掴んで引き戻す。
浄海入道
深山桜
去り際に投げ掛けられた言葉に、力強く頷いて、桜は通路を走る。
他の黒服達に追いつかれること無く、桜は通路の終点、重そうな通用口の扉にたどり着く。
バンッ!
鍵の開いてなかったその扉を、勢いそのままに押し開けて、
深山桜
眩しさに目がくらんだ。 イベントスペースは、営業していた時と同じように、隅々まで光が行き届いていたからだ。
ただし、内装は一変していた。 ベンチやショーケース、観葉植物といった、イベントを通して設置されていた設備は全て取り払われ、その代わりに物々しい機械がいくつも設置されている。
どれも、何をどうやって使うのかすら、桜には理解できない代物だ。
唯一分かりそうなのは、点在している培養槽。 コンビニのアイスケースのような機械の中に、いくつもの管が繋がれた人間が入れられている。
一見すると、重病の患者を懸命に治療しているようにも見えるが…… やっていることはその正反対の所業であることだけは、桜にも分かった。
息長姫子
姫子の言葉に顔を上げる。
中央に置かれた一際大きい機械。 守衛室の監視装置をそのまま持ってきたかのような、いくつものスイッチとモニターが並んだ設備だ。
昔、小学校の社会科見学で訪れた放送局を思い出す。
その機械のそば、しっかりとした作りのオフィスチェアに座っていた彼女は、ゆっくりと立ち上がって、
クローン
近付いてきた桜に対して、柔らかく微笑んだ。
深山桜
桜は声をかけない。 目の前の女性に対する呼び名が、見つからなかったからだ。
クローン
彼女は機械を指し示す。 いくつも並んだモニターの中には、中央区の町並みを映したものもある。
椅子を丁寧に仕舞ったクローンは、こちらに歩いてくる。 少し内股気味の歩き方は、記憶に残る詩織の姿と同じだ。
クローン
クローン
記憶と同じ笑みをたたえて、安心させるように話す。 自分が中央区を陥れた張本人であることを棚に上げて。
深山桜
クローン
クローン
深山桜
桜は小さく、しかししっかりとした声で、拒絶する。 クローンの足が止まった。
深山桜
深山桜
深山桜
彼女から一歩距離を取り、桜はハッキリと告げた。 もう迷いは無かった。
クローンは反応を見せなかった。 動揺も、憤りもせず、笑顔を保ったまま、
クローン
また歩みを始めた。 桜は彼女を注視したまま、一定の距離を保ち、イベントスペース内を歩く。
深山桜
もう一度拒絶する。今度はもっと優しく。
深山桜
クローン
笑顔一辺倒だったクローンの表情が、初めて揺らいだ。
深山桜
深山桜
深山桜
深山桜
クローン
クローンから笑顔が消えた。 無表情に近い顔で、桜の話を黙って聞いている。
どうか、届いて──桜は彼女が受け入れてくれることを信じた。
だが──
クローンを注視する桜の視界に、大きな縦型の培養槽が割り込んだ。 クローンの姿が一瞬隠れる。
すぐに培養槽は視界を通り過ぎたが……彼女の姿はない。
深山桜
一瞬だけ、桜は戸惑った。 彼女の視界から、彼女は忽然と消え失せ──
ヒュッ──
風を切る音が左側から聞こえた、刹那、
身体が勝手に動いた。 筋が痛む勢いで身体が回り、同時に刀が抜かれる。
ガキィッ!!
身体の左側を守るように構えられた刀に、大きな警棒が衝突した。
深山桜
緊張が一気に張り詰める。 クローンは桜のすぐそばまで来ていた。 身体が隠れた瞬間、かがんで迫っていたのだ。
右で刀身に押し付けられた警棒の先端が、イベントスペースの照明を浴びて鈍く光る。 姫子が反応しなければ、痛恨の一撃を……。
ぐいっ
深山桜
クローンは奇妙な動きを見せた。 警棒を持つ右手を無理に回し、先端を桜の左腕に押し当ててきたのだ。
カチリと、乾いたスイッチ音が聞こえた途端。
バチバチバチバチィ!!
深山桜
右腕から全身へ、刺すような痛みが駆け回る。 桜は叫んだ。
ガンッ!
無我夢中で、足を振るった。 培養槽の下部に当たった時に、痛みが止む。
深山桜
桜は思わず崩れ落ちる。 痛みは消えたものの、強いしびれが体中に残っている。
クローン
クローンは既に移動していた。 よろよろと起き上がると、中央の機械の前で、少し申し訳なさそうな表情を浮かべている。
クローン
クローンはこちらを見ながら、警棒を2、3度軽く振るう。
深山桜
クローン
彼女の沈んだ雰囲気が、桜には末恐ろしく感じられる。
彼女は人に電撃を浴びせるという所業を、謝って済むものだと認識している。
単なる演技か、怨王の手で倫理観を歪められたのか……どちらにせよ、本当の詩織からは信じられない行為だった。
クローン
クローン
深山桜
クローン
クローン
クローン
クローン
バシィッ!
クローンは警棒で、先程まで自分が座っていたオフィスチェアを斬りつける。 台座と背もたれを繋ぐ柱が、彼女の一撃で粉砕され、床に落ちた。
クローン
クローン
クローン
ジャラ……
警棒を置き、装置の上に置いてあったアームカバーを掴み、ゆっくりと両腕にハメていく。
指先まで覆われたそれは、細かい鎖で精巧に縫い合わせられていた。 両腕を保護する手甲ということか。
クローン
深山桜
覚悟を新たにして、桜は刀を構え、走り出す。
足音を聞いたクローンが、警棒を素早く取り上げ、不敵に笑って構えた。
ギンッ! ギンッ! ガキィッ!!
金属の擦れ合う金切り声が、何度もイベントスペースにこだまする。
深山桜
桜は唇を噛み締め、矢継ぎ早に攻撃を繰り出す。
上から下から、横から斜めから。 あらゆる角度から斬撃を振るう。
しかし、どれも届かない。 余裕の笑みを浮かべたクローンに、必要最小限の力で防がれる。
ビシッ!!
ようやく当たったかと思えば、手応えは硬い。
クローンは近所の高校の制服の上から、コンパクトながらしっかりした作りのプロテクターを身に着けており、さばききれなかった攻撃もそこや手甲で受け止めている。
クローン
パスッ……
猛攻の最中、いたずらっぽく笑いながら、警棒で優しく胸を突かれる。
深山桜
先程味合わされた痛みが蘇り、桜は過剰に飛び退く。 完全に怖気づいてしまっていた。
深山桜
制御装置の前で陣取るクローンに、桜は2人掛かりでも手も足も出ない。
自身が電撃の恐怖で気後れしていることを差し引いても、技術もフィジカルも自分より上だ。
深山桜
クローン
動きが止まった桜に、クローンはからかうように問いかけてくる。
不意に思い出した。 幼い頃、2人で日が暮れるまで公園で遊び回った日……。
ヘトヘトの桜に対して、まだまだ元気を残した詩織が、同じように声をかけてきた。
クローン
スッ……
また、思い出と同じ言葉を紡いで、クローンは警棒を持っていない左手を差し出してきた。
桜は心が、揺らぎ──
息長姫子
脳内に響いた本物の声に、我に返る。 思わず伸ばそうとした左手を引っ込めた。
深山桜
桜は自身の心を引き締め直す。 だが、このままでは埒が明かないのも事実である。
息長姫子
深山桜
クローン
タタタッ
桜は奥の手を使うため……逃走した。 恥も外聞もなく、後ろを向いて走り出す。
クローン
明るい声を上げて、クローンの走る足音が聞こえてきた。 桜は両足に一層力を込める。
深山桜
記憶を引っ張り出す。 エスカレーターはイベントスペースの端にあったはずだ。物々しい研究用機材の間をくぐり、桜はひたすら走る。
姫子の力も合わさり、すぐにたどり着いた。 だが……。
深山桜
記憶と食い違う構造に、桜は目を疑った。
上りのエスカレーターはあるのだが、地下2階に向かう下りのエスカレーターはなくなっているのだ。
他の場所と同じタイルで埋め立てられ、まるで最初からここが最低階だったかのような雰囲気が出ている。
深山桜
クローン
笑い声に振り返る。 追い詰めたクローンが不敵に笑う。
クローン
深山桜
彼女の言葉を聞いて、桜は1つの予想が頭に浮かぶ。
深山桜
クローン
クローン
深山桜
笑う彼女の言葉で、予想は確信に変わった。
深山桜
深山桜
深山桜
一体なんの為に……? その理由はもう分かっていた。
浄海の読みは当たっていたのだ──。
息長姫子
深山桜
桜は視線を下ろす。 自分がまさに立っていたタイルは──床下収納のような扉だった。
姫子に言われるまで、全く気付いていなかった。 外枠も取っ手も、タイルと全く同じ色と模様に塗られている。
姫子は一歩後ずさり、持っていた刀を下に突き立て、
ザンッ!!
扉と床の隙間、鍵があるならかかっているであろう部分に、全力で差し込んだ。 硬い物が砕ける感触が伝わる。
クローン
クローンの顔が、初めて動揺に揺らいだ。
桜は刀を引き抜き、取っ手に指をかけ、引っ張り上げる。
キィィィィイイ……
少し軋んだ音を立てて、扉は開いた。 その下には新し目のタラップが続いている。
真下に繋がる細い通り道は、ちょうど一階分の高さで終わっている。 やはり地下2階に繋がっているようだ。
クローン
知らされていなかった階下の存在に、クローンは戸惑いを隠せない。
桜は彼女に構わず、穴の中に飛び込んだ。
クローン
飛び込んだ先の地下2階は、先程の従業員用通路と同様、非常灯以外に灯りがなかった。
ただ、降り立ってすぐに、暗いフロアの中で、更に下へ続く階段を見つける。
デパートの他の階段とは明らかに雰囲気が違う。 素人が無理やりコンクリートをくり抜いたような、ボコボコとしたいびつな階段だ。
奥へ、闇の中へとどこまでも奥へ繋がっているそれを見て、桜は確信する。
シュタッ
後ろからクローンが降り立つ音が聞こえる。 桜は携帯を取り出してライトを起動し、追いつかれる前に階段を降り始める。
タタタタタタタ……
息長姫子
深山桜
足元を注意しながら、桜は階段を降りる。
降りる──降りる──降りていく──。
だが……昨日よりずっと短い時間で、たどり着いた。
深山桜
目の前に広がる神秘的な雰囲気は……昨日と同じだった。
常世──。 昨日訪れた井戸の下の場所と同じ世界が、確かに広がっていた。
ただ、大きく違う点がある。
1つは内装……。 サーバーが積み重なっていただけだった昨日の場所とは違い、地下1階のような怪しげな機械も一緒に置かれている。
もう1つは……何より、近さ。 昨日は行き来だけでそれなりの時間がかかっていたというのに、ここは半分……いや、5分の1程度の時間でたどり着いてしまった。
深山桜
深山桜
タタッ
クローン
少し遅れて駆け込んできたクローンは、完全に余裕を失っていた。
辺り一面に広がるサーバーを、混乱した面持ちで見渡している。
深山桜
クローン
深山桜
深山桜
桜は一旦刀を仕舞う。 階段を駆け足で降りて、高鳴った心臓を落ち着かせながら、クローンに説明する。
深山桜
深山桜
トン……
桜は自分の胸元、ロケットを静かに叩く。 それが合図だった。
スゥッ──
自分の体から、半透明……いや、それよりもう少し濃い、ハッキリとした光が、湧き出てくる。
同時に、激闘続きで身体に溜まっていた疲労感が、より一層色濃くなる。 自分の体から、1人分の力が抜け出たのだ。
実体を持った光──矛盾をはらんだそれは、桜の身体から静かに抜け出し、彼女の目の前に立つ。 桜より少し低い身長、少し小さな身体で。
クローン
降り立った彼女を見て、クローンは驚愕の表情を浮かべた。 額から目に見えるほどに汗が滲み出し、手足が細かく震える。
深山桜
詩織
クローンと全く同じ声色で……桜の言葉を、詩織が続けた。
朝の作戦会議の時に、浄海は桜に問いかけた。
浄海入道
深山桜
浄海入道
深山桜
浄海入道
浄海入道
深山桜
詩織をこの目で──桜は思わず声を上げる。
浄海入道
浄海入道
浄海入道
浄海入道
深山桜
浄海入道
浄海入道
浄海入道
浄海入道
深山桜
深山桜
クローン
深山桜
桜は小さくガッツポーズする。 本物の詩織の姿を、その目に見せつけられたクローンは、ショックを隠しきれないでいる。
詩織
深山桜
桜は刀を抜き、詩織につかを向けて差し出す。
若干透けている彼女の腕は、刀を何事もなく掴み、桜から引き取った。
深山桜
詩織
深山桜
詩織
深山桜
詩織の頼みを聞き入れ、桜は静かに後ずさった。
スッ……
クローン
詩織が刀を構えると、クローンは慌てて、警棒を同じように構える。
偽物と本物……2人の詩織が相対する。
顔つきや雰囲気は全く同じ……違いは3つ。
身体能力のピークに合わせ、大学生程度にまで成長したクローンに対し、詩織は桜より小柄。
近所の高校の制服をベースに、各急所をプロテクターで保護したクローンに対し、詩織は生きていた頃に着ていたものとよく似たカジュアルな私服。
何より、今の詩織は、魂だけの状態。
サーバーが乱立するこの空間では、詩織は常に、消滅の危険と隣合わせなのだ。
昨夜の浄海の言葉を、桜は再び思い出す。
浄海入道
浄海入道
浄海入道
浄海入道
深山桜
深山桜
桜は固唾をのんで見守る。
ザッ──!
同時に動いた。 詩織は下から、クローンは上から、お互いに飛びかかる。
ガキィッ!!
硬い物が爆ぜる音。 2人が同時に飛び退いた後……。
クローン
憔悴した声が届いた。 一瞬どちらか分からなかったが、すぐにクローンの方だと気付く。
彼女が右肘に着けていたプロテクターが、一瞬で砕け散る。 破片が皮膚に突き刺さったのか、顕になった袖に血が滲んでいた。
詩織
詩織は再び刀を構える。
詩織
詩織
詩織
クローン
ザッ!!
クローンは否定しながら襲いかかり──容易くいなされた。
突撃をかわされ、すれ違いざまに脇腹を切りつけられる。血しぶきが飛ぶ。
クローン
詩織
クローン
クローンは怒気を上げて襲いかかった。 詩織の頭をかち割らん勢いで警棒を振りかぶる。
ギィンッ!!
詩織は刀を素早く構え、しっかりと受け止めた。
クローン
詩織
2人はつばぜり合いで押し合う。 はじめは拮抗していたが、やがてじりじりと詩織が押されていく。
正面からの押し合いでは、流石に分が悪いか──そう思った直後、
ドガァッ!!
クローン
クローンの方が吹き飛んだ。 よく見えなかったが……詩織が器用な動きで力を受け流し、出来た隙を逃さず押し倒したのだ。
深山桜
詩織は押していた。 クローンより小柄な体格と心もとない装備、何より消滅の危険性を抱えながらも、彼女を上回る動きを見せていた。
ただ、詩織は先程から特に変わっていないはずだ。
変わったのはクローンの方だ。 とうの昔に消えたと思っていたオリジナルの存在を、目の前に突き突きられ……アイデンティティを揺るがされた結果、極度の混乱状態に陥っているのだ。
詩織
倒れ込んだクローンに、詩織はもう一度語りかける。
詩織
詩織
詩織
詩織
起き上がったものの、下を向いて反応を見せないクローンに、詩織は心からの言葉をかけ続ける。
深山桜
桜も彼女に近寄りながら、一心に彼女に呼びかけた。 昨日、詩織と2人で決めた思いを元に。
昨日の夜……浄海から真実を告げられた時。
浄海入道
浄海入道
深山桜
浄海から決定を委ねられた桜が、思案の末に導き出した結論は……。
深山桜
深山桜
浄海入道
深山桜
深山桜
深山桜
深山桜
浄海入道
深山桜
深山桜
浄海入道
深山桜
深山桜
深山桜
深山桜
桜は思いの丈をぶつける。
詩織がかけがえのない妹であるのと同じように……同じ血が流れる彼女も、桜にとっては、かげがえのない存在だった。
深山桜
深山桜
彼女の心に届くことを信じて、桜は懸命に呼びかけた。
そして──。
クローン
顔を上げたクローンは、にこりと微笑み……持っていた警棒を離した。
クローン
深山桜
その様子を見て、桜は安堵の声を漏らす。 目尻にじんわりと涙が滲んだ。
詩織
投降した彼女を見て、詩織も同じように胸をなでおろした。
クローン
先程までの狼狽は消え失せ、落ち着いた雰囲気で彼女は立ち上がる。
深山桜
階段を登っていく彼女に、桜は立ち上がってついていった。
長い階段を上っていくに連れて、詩織の身体は薄まり、やがて消えた。 そして再び、桜の身体に入り込む。
地下1階まで戻ってきた2人は、制御装置の前に立つ。
手甲を外したクローンが、機械を片手で操作すると、
ピーン……
軽い電子音をあげて、全てのモニターが落ちた。
クローン
クローン
深山桜
一息ついた桜の隣で、彼女はにっこりと微笑む。
クローン
クローン
ピー、ピー、ピー……
同じ種類の電子音が、彼女の頭から、かすかに聞こえてきた。
深山桜
聞こえるはずのない場所から届く電子音に、桜は困惑する。
深山桜
クローン
深山桜
こめかみに手を当てて、彼女が言った言葉は、桜の全身を凍りつかせた。
クローン
クローン
深山桜
クローン
クローン
クローン
クローン
クローン
クローンは感情を込めずに淡々と話す。 全身の力が抜けた桜は、その場にへたりこんだ。
クローン
クローン
クローン
クローン
クローン
クローン
クローン
クローン
ピー ピー ピー ピー
彼女の頭から響く音は、少しずつ強くなっていく。
あらゆる攻撃に耐えうる強化頭蓋骨……その内側に取り付けられた彼女の爆弾を止めるすべが存在しない。
それを悟った桜は、力を振り絞って立ち上がり、彼女を抱きしめる。 涙を流しながら。
クローン
深山桜
現実を前にして、桜は嗚咽することしか出来なかった。 死にゆく彼女の名前を呼ぶこともできない。
深山桜
クローン
泣きわめく桜の背中に、彼女はゆっくりと腕を回し、同じように抱きしめる。
クローン
クローン
クローン
ボン
小さな爆発音が鳴り……彼女の身体が、ガクンと重くなった。
桜の背中に回されていた両腕が、力なく離れていく。
耐えきれずに、桜は膝を突く。 どれだけ揺さぶろうと、もう彼女の声は返ってこない。
深山桜
もう1人の妹を抱いたまま、桜は泣き続ける。
詩織
頭の中でも……抱きしめる妹と同じ涙声が、染みるように広がっていた。