斑目
――それで、手提げ金庫の中に入っていたレジ金と売り上げ金がなくなっていたと。

綾茂
はい、昨日俺が事務所の鍵を閉め忘れてしまったせいで――まさかこんなことになるとは思っていませんでした。

捜査一課に所属する斑目が担当する事件は、なにも殺人事件だけではない。
しかしながら、現場に斑目が出ることになったのには、他の大きな要因があった。
一里之
――斑目さん、本当に僕じゃないんだってば!

一里之
信じてください。

斑目
あのね一里之君、こういう時はまず所轄の交番にいる警察官が処理するものなんです。

斑目
いきなり電話をかけてきてね、ご指名されても困るんですよ。

斑目
私も暇じゃないんですから。

一里之
いや、でも店長が――頭から僕を犯人だって決めつけてるんですもん!

店長
いやいや、どう考えたってお前しかいないだろ?

店長
昨日の夜から、今朝金庫を開けるまでの間、暗証番号を知っていたのは俺とお前だけなんだから。

一里之
だ、だったら店長が犯人の可能性だってあるじゃないですか!

店長
なんだと?

店長
俺がそんなことするわけがないだろう?

斑目
まぁまぁ、落ち着いて。

斑目
こうして関係者の方にも集まっていただいたわけですし、いちから順に話してください。

斑目は手帳を取り出すと、それぞれの名前を確認する。
斑目
えっと、一里之君は――別にいいか。

斑目
まずは店長さんからですね。

斑目
店長さんのお名前は神田陽一(かんだ よういち)さんでよろしいですか?

斑目
昔からやっている、こちらのスーパーの2代目ということで。

店長
はい、そうです。

斑目
続いて――綾茂徹(あやしげ とおる)さん。

斑目
こちらでは大ベテランだとか。

綾茂
ま、まぁ――そうですね。

斑目
(実質フリーターと……)

斑目
後は――戸田凛子(とだ りんこ)さん。

斑目
あなたもアルバイトの方ですね?

凛子
はい、そうですけど。

斑目
では、こちらの4人が関係者ということになりますね?

店長
はい、そうなります。

斑目
それではひとつずつ確認させていただきますよ。

斑目
まず、盗まれたお金は、事務所に置いてある手提げ金庫の中に入っていたもので間違いないですね?

斑目もすでに現物を見ていたが、暗証番号つきの金庫であり、こじ開けられた形跡もなかった。
むしろ、新品なのではないかと思うほど、綺麗なものだった。
斑目
それで、この暗証番号を決めるのは――。

店長
基本的に俺ですね。

店長
休みとか関係なく、朝は事務所に来て、俺が金庫を開けることになってるんです。

斑目
わざわざ毎日あなたが金庫を開ける必要はないのでは?

店長
いえ、基本的に暗証番号を知っているのは、俺と前日の締めの人間のうち、1人だけなんで、俺が来る必要があるんです。

店長
朝は俺がレジ金を金庫から出さないと、そもそも営業できないわけでして。

店長
売り上げの入金も俺が行く決まりになっているので。

斑目
話によると、その暗証番号は毎日変えているらしいですね。

店長
はい、簡単に変更できる仕組みなので、金庫を開いたら暗証番号を変更して、それをその日の締めの人間に、メールで伝えるというやり方をしていました。

斑目
毎日暗証番号を変えて、それを締めの人間に伝えると――そして、昨日の夜、それを伝えられていたのが一里之君だったわけですか。

凛子
あ、あの……一里之君だけを責めないでやってください。

凛子
私、昨日の夜にシフトを確認しに来て、事務所で綾茂さんに会ったんです。その時、世間話をしていたせいで、うっかり綾茂さんが事務所の鍵を閉め忘れてしまって――。

店長
その件も問題だが、だからといって暗証番号でロックされた金庫の中から第三者が金を盗ることはできない。

斑目
……一里之君、ちょっと署で詳しく話を。

一里之
え、斑目さんマジで言ってる?

斑目
とりあえず、捜査は引き続き行いますが、彼には任意で同行してもらおうと思います。

斑目
それでよろしいですか?

店長
うちとしては金が戻ってくればそれで構いません。

凛子
ちょっと店長、これじゃまるで一里之君が――。

店長
じゃあ、他に誰がいるんだ?

店長
金庫から金を盗めたやつが――。

凛子
それは……。

斑目
また、何か分かり次第ご連絡を差し上げます。

店長
はい、よろしくお願いします。

店長
どうせ今日は店を開けることもできませんから。

斑目
さ、一里之君、行こう――。
