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人間実験 -今日から脱、引きこもり-

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人間実験 -今日から脱、引きこもり-

3 - 人間実験 -今日から脱、引きこもり- 第3話 -目指そう!引きこもりゼロ社会!-

♥

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2021年07月03日

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芥子菜 未来

…ここは

芥子菜 未来(からしな みらい)は深い眠りから覚めた。

辺り一面真っ白な世界で暖かく柔らかな空気に包まれながら、

未来は上体をそっと起こし、つい先ほどまでドップリ沈んでいた、

衝撃的な悪夢を思い返し、僅かに体を震わせた。

芥子菜 未来

はぁ…嫌な夢だった

純白の清潔なシーツと枕。

消毒薬の匂いが微かに漂うベッド。

そこで眠っていた学ラン姿の自分。

芥子菜 未来

どういうこと…?

よくよく考えればおかしなシチュエーションに気づき、

未来は唾を飲み込み、周囲に目線を走らせた。

すると、澄んだ大きな瞳が印象的な少女と視線が交わった。

???

夢じゃないよ、未来くん

少女は柔らかく微笑み、未来との距離を詰めた。

そしてベッド脇に備え付けられている、

簡素なキャビネットに置かれていたリモコンを手にし、

壁掛けディスプレイに向けた。

瞬間、あの女の顔がドアップで映し出された。

そう…。

『引きこもり対策室室長』を名乗る、梔子 六花(くちなし ろっか)の顔が。

梔子 六花

現在、引きこもりは約23万5000人

梔子 六花

自分の趣味に関する事柄が目的の場合のみ外出する、準引きこもりは約46万人

梔子 六花

合わせて広義の引きこもりは、約69万5000人という計算になります…

都心を思わせるビジネス街にある、どこかのビル。

その屋上で、広報アドバルーンを背に六花がマイクを手にしている。

アドバルーンには『目指そう!引きこもりゼロ社会!』の文字と、

クマかタヌキを思わせる、センスのないユルキャラが描かれている。

芥子菜 未来

(教室にいた皆を…爆殺した女だ)

梔子 六花

引きこもりは、もはや一刻の猶予も許されない、社会問題と化しています

梔子 六花

ですが…ご安心ください

梔子 六花

我々『引きこもり対策室』が、引きこもりゼロ社会を実現します

芥子菜 未来

(夢なんかじゃない…)

芥子菜 未来

…あのイカれたレクリエーションは、現実のものだったのか

未来はシーツを蹴飛ばし、黒革のローファーに足を突っ込んだ。

そして、よろけながら壁という壁に手を這わせた。

芥子菜 未来

ない!窓がない!

3面を白い壁で、そして1面を嫌味なぐらい純白のスライドドアで囲んだ部屋。

その全ての壁を確かめ、ドアを乱暴に開いた。

しかし、ドアの向こうに広がっていたのは、

シャッターで封鎖された窓が並ぶ、白壁の廊下だった。

芥子菜 未来

(…同じだ。楓って子や他の連中が死んだ教室と同じだ!)

芥子菜 未来

(ここも…逃げ場がない)

???

未来くん、安心して。今は大丈夫だから

ひとり無様に戸惑う未来を、静かに見守っていた少女が口を開く。

コミュニケーション下手な未来は、声も出せずただ首を上下させた。

芥子菜 未来

き…キミは?

脂汗を額に滲ませ、絞り出すように尋ねる。

だが、少女は柔和な表情を崩さない。

それどころか未来の手を華奢な指で包み込み、

敵意がないことを伝えるかのように微笑んだ。

明日葉 芹

私の名前は、明日葉 芹(あしたばせり)

明日葉 芹

年は17歳だから、未来くんと同じだね

芥子菜 未来

どうして僕の…ことを?

明日葉 芹

それは、ほらベッドに

芹(せり)と名乗った少女は、唇から白い歯を覗かせながら、

ベッドのパイプにぶら下がっているネームプレートを指差した。

そこには未来の名前、年齢、血液型や家族構成、

引きこもり年数等の個人情報が記載されていた。

明日葉 芹

ごめんね、勝手に読んじゃって

明日葉 芹

でも、安心して。私も同じ引きこもりだから…

芥子菜 未来

…キミも引きこもり!?

芥子菜 未来

(それなのに、どうしてこんなに明るいんだ!?)

芥子菜 未来

(ってか…この子も、あのレクリエーションを突破したんだよな?)

状況さえ違えば人懐こさと愛らしさに惹かれかもしれないが、

今この状況では気味の悪さが先行し、サイコパスなのでは?と疑ってしまう。

が…そんな未来の心理を読み取ったのか、

芹は不意に表情を引き締めた。

そして、秘め事でも語るみたいに声を潜めた。

明日葉 芹

未来くんね、5日間も意識を失ってたんだよ

明日葉 芹

その間、私や他の子達も治療を受けたりしていたの

明日葉 芹

酷い子なんて精神的にまいっちゃって、隔離されたりもしてね…

芥子菜 未来

…そうだったんだ

芥子菜 未来

でも、どうして…僕達はここに?

芥子菜 未来

いつになったら出られるんだ?

明日葉 芹

それは私にも分からない…

芥子菜 未来

…そんな

明日葉 芹

ほら、前から噂になってた都市伝説があったでしょ?

明日葉 芹

政府が『引きこもり対策』を始めて…

明日葉 芹

それに参加した子は、誰も帰ってこないってやつ

芥子菜 未来

(そういえば楓って子が、そんな話していたっけ…)

明日葉 芹

私もね、そこまで詳しくないんだけどさ

明日葉 芹

未来くんの看病を、ずっとしていた子が色々教えてくれたの

芥子菜 未来

キミ以外にも、僕のことを?

明日葉 芹

あっ、ほら…あの子だよ

芹は廊下に立つ人影に視線を向け、

親しい友人を見つけた時のように相好を崩した。

だが、芹の瞳に映る人物を認めた未来は、

目を見開き、唇を戦慄かせた。

紙袋

起きたか、芥子菜 未来

紙袋

顔色が少々悪いが、具合は良さそうだな

なぜなら、自分を看ていたという少女が、

頭に紙袋をかぶっていたから。

芥子菜 未来

(なんだ…こいつ?)

明日葉 芹

紙袋ちゃんだよ

芥子菜 未来

かみぶくろ!?

紙袋

好きなように呼べ。名など不要だ

明日葉 芹

面白い子でしょ?

明日葉 芹

しかも紙袋ちゃんは情報通で、色んなことに詳しいんだよ

明日葉 芹

さっき話した、都市伝説のことも

紙袋

『引きこもり対策室』のことか?ネットでは有名だ

紙袋

年間1兆円の損失を防ぐ為に、引きこもりを強制的に立ち直らせる…

紙袋

あるいは殺処分する、イカれたプロジェクトが存在するという話だ

芥子菜 未来

そんなの、あるわけ…

そう言いかけて口ごもる。

なぜなら実際に体験したから。

容赦なく人の命を奪う悪魔の所業を。

芥子菜 未来

(…嫌だ。もうあんなゲームは懲り懲りだ)

芥子菜 未来

(早く家に帰してくれよ…)

醜態をさらし、所構わず喚き散らしたくなる。

だが、そんな未来の感情を煽るみたいに…。

キーンコーンカーンコーン…。

ノイズ交じりの始業ベルが鳴り響いた。

明日葉 芹

授業の時間だね

芥子菜 未来

授業って!?

紙袋

引きこもり対策室の連中曰く、例のデスゲームは社会復帰プログラムであり…

紙袋

心と体を強くする勉強なのだそうだ

芥子菜 未来

なんだよそれ!!

5日のブランクと5日のアドバンテージか、

すっかり環境に順応している芹と紙袋に圧倒され、

未来は惨めに吠えることしかできずにいた。

と──その時。

???

あっ、起きたんだ…寝坊助くん

黒髪に白メッシュを入れた少年が、廊下を横切った。

それに続き、学ランやブレザーを着た少年少女が、

正体不明の施設内にある部屋の扉を開き続々と姿を見せた。

芥子菜 未来

(こいつらも引きこもりなのか?)

プログラム参加少女

ううっ、家に帰りたいよぉ…

プログラム参加少年

誰か…連絡手段持ってねぇのか?

芥子菜 未来

(なんだ、芹や紙袋みたいな奴ばかりじゃないんだ…)

自分と似た後ろ向き思考の少年少女を見かけ、

安堵の息を吐く自分が嫌になるが、これが自分なのだから仕方がない。

そんなことを考えていた、次の瞬間。

梔子 六花

ようやく全ての生徒が揃いましたので

梔子 六花

第二のプログラムを開始させていただきます

ハンドメガホンを持った六花が現れ、

無感情な眼差しを未来達に浴びせた。

梔子 六花

…では。今から、施設内に点在する自殺志願者を

梔子 六花

死なないように説得してもらいます

芥子菜 未来

自殺志願者を説得!?

芥子菜 未来

(そんなの出来るわけないだろ!!)

梔子 六花

死のコミュニケーションゲームと呼ばれる、今回のプログラムですが…

梔子 六花

制限時間内に自殺志願者を説得できなければ

梔子 六花

体の一部を切り取らせていただきますので、ご注意ください

芥子菜 未来

無茶苦茶だ…

芥子菜 未来

(どうして僕が、こんな目に遭わなくちゃいけないんだよ!)

芥子菜 未来

(くそっ!許さないぞ!)

芥子菜 未来

(僕を通報した奴を、絶対に許さないからな!)

腸が煮えくり返る程の怒りが血液をたぎらせる。

未来は奥歯を軋ませながら、生き残り必ず復讐することを、

ドス黒い腹の底で誓うのだった。

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