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ネクスト・ブランド

5 - 非国民集団の実態認識と生死の定義にまつわる葛藤

2022年10月08日

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翌朝。 一同が揃った食卓で、朝食を頂きながら、

弥生

この子の名前は、千秋に決まりました!

千秋

よ、よろしくお願いします……

誇らしげな様子の弥生の隣で、未登録者改め、千秋は緊張しながら頭を下げた。

深山桜

良い名前だね

弥生

でしょ? アタシが考えてあげたんだ

浄海入道

フツーだろ

弥生

何よその態度!

桜には得意げに、浄海には不満げに弥生は鼻を鳴らす。

千秋

その……戸籍登録の手続きの時に、私の誕生日を昨日にしたの

千秋

それで弥生が、秋にちなんだ名前にしようって言って……決めてくれたんだ

弥生

後なんか色々メンドい手続きはあるけど、このまま行けば戸籍の方は取れそうだよ

千秋

ありがとう弥生……こんな私なんかのために……

隣で縮こまる千秋は、ホロリと片目をこする。

弥生

だ、だからもう良いってば! お礼なんか良いから、その泣き虫直しなさいっ!

自分より身長の高い彼女を、弥生はまるで妹のようになだめる。

浄海入道

よーし弥生。そんなら俺等がいない間、その女をよろしく頼むぞ

ガブッ

浄海は昨日獲れたスズキの塩焼きに頭からかぶりつく。

弥生

え? どこ行くの?

浄海入道

メシ喰って一休みしたら、俺と姫子と桜で、Z'feelをぶっ潰してくるわ

深山桜

…………!

お頭をバリバリと噛み砕きながら、浄海はこともなげに話した。

弥生

えっ、えっ……!? もう乗り込むの!?

浄海入道

そりゃそうだろ。お前等をいつまでもこんなトコに置いておく訳にはいかねぇ

浄海入道

Z'feel潰しゃあ、自動的に俺等がこの辺のトップだ。したらお前等も元の生活に戻れる。早い方が良いだろ

弥生

それはそうだけどさ……勝算あるの?

浄海入道

馬鹿か! 勝算しかねぇわ! お前は祝勝会場予約しとけ!

大口を叩いて、浄海は小鉢を掴み、傾けて浅漬けを口に放り込む。

深山桜

(そんなおちょこ感覚で食べるようなものじゃないと思うんだけど……)

浄海入道

それに、昨日のドンパチの影響で、他のブランドも俺等を潰すために動き始めてることだろう

浄海入道

WildCowrus、ティガーラック、ダークホース、ブラックドラゴン……

浄海入道

どこもZ'feelに比べりゃ屁みてぇなモンだが、流石に団結されたら面倒臭ぇ

浄海入道

余計な真似しやがる前に、速攻でZ'feelをぶっ潰して、俺等に歯向かう気も起きねえほど実力差を見せつけてやるのよ。お分かり?

ヒョイッ バリバリバリ

浄海は弥生の皿から、骨と皮とお頭だけになったスズキを勝手に箸で掴み、一息で口に放り込んでしまう。

弥生

あっちょっと! 何勝手に食べてんのよ!

浄海入道

なんだよ良いじゃねえか、もう身残ってなかったろ

弥生

皮は最後に食べるつもりだったのよ! せっかく取っておいたのに!

浄海入道

おいおい、花のJCが魚の皮なんざ大切に取っとくなや。意地汚え奴だな

弥生

骨ごと食う奴に言われたくないわよ!

千秋

や、弥生、落ち着いて……

深山桜

(……もう、あのZ'feelと……羽黒と戦うのか……)

2人の諍いを他所に、桜は思案する。

息長姫子

桜さん……大丈夫ですか?

隣の姫子が静かに声をかけてくる。

息長姫子

桜さんの身体に負担がかからないよう全力を尽くします。ですからどうか力を貸して下さい

深山桜

あ……ううん、大丈夫です

深山桜

こんなに早いとは思ってませんでしたけど……Z'feelと戦うことに、異論はありませんから

深山桜

私の身体で良ければ、好きに使って下さい

息長姫子

……ありがとうございます

姫子はぎこちなく頭を下げる。

元から余り威勢が良くない彼女だが、なぜか彼女は、昨日よりどこかしおらしいような雰囲気が漂っていた。

朝食を終えたあと、千秋が皿洗いを申し出た。

千秋

私は戦うことはできないし、せめてこれくらいはお手伝いさせて下さい

彼女の言葉に甘えて、一行は後片付けを任せる。

深山桜

浄海……今更だけど、千秋さんは本当に、その佐渡って人のクローンなの?

浄海入道

間違いねえよ、そっくりだもん

ゴッ ゴッ ゴッ

浄海は上を向いて口をガバっと開け、食後のドデカミンを、捨てるように喉に流し込む。

深山桜

でも……最初に会った時とは、今は全然性格が違うよ

深山桜

昨日は不安でしょうがなかったんだろうけど……大分落ち着いた今でも、すごく良い人のままだよね

浄海入道

人は環境で変わるってコトだろ。変わらねぇ奴もいるがな

弥生

アンタとかよぼよぼの爺さんになってもドデカミン飲んでそう

ガシャガシャ

ドデカミンを飲み干した浄海は、ふすまを開けて何やらゴソゴソやっている。

ドン

浄海入道

ほれ桜、好きなの選べ

大きめのダンボールを取り出し、桜の目の前に置いた。

銃、刃物、鈍器……物々しい武器が、ガラクタのように乱雑に詰め込まれている。

浄海入道

お前が直接戦う予定はねえが、もしものことが起きないとはっ限らねえからな

深山桜

…………

ダンボールの中の一つ一つが、どれも容易く人の命を奪うことの出来る凶器……それを理解した桜は、黙って首を振る。

深山桜

いらない、どれも

浄海入道

あぁ?

深山桜

甘い考えかも知れないけれど……誰も殺したくないの

浄海入道

未登録者じゃない、普通に生き返れる奴でもか?

深山桜

うん……。殺した人が生き返るとしても、その人を手に掛けたという事実は変わらない

深山桜

人の命を奪えば奪うほど……詩織に顔向けが出来なくなってしまいそうだから

浄海入道

そうか……だったらせめて、これだけでも持ってけ

ふすまの方に戻った浄海が、一回り小さなダンボールを持ってきて、隣に置いた。

一番上には青のウエストポーチ。 その下には、スタンガンや催涙スプレー、タクティカルペンといった護身用品だった。

浄海入道

これなら殺める危険もないだろう。好きなの持てるだけ持ってけ

深山桜

うん……分かった

準備を終えた桜は外に出た。

千秋

桜さん……気をつけて下さい

弥生

……ちゃんと帰ってきてよね

千秋だけでなく、弥生も不安げに見送る。 沈んだ雰囲気の彼女を見るのは、余り覚えがない。

深山桜

大丈夫だよ、私が直接戦う訳じゃないから

息長姫子

桜さんの身体が傷つくことのないよう、尽力致します

息長姫子

……と、弥生さんに伝えて下さい

深山桜

えっと、姫子さんが、私が怪我しないよう頑張るって

脳内に響いた姫子の声を、桜は2人に代弁する。 今回、姫子は最初から桜の身体に憑依して戦う予定だ。

だが、Z'feelには佐渡レベルの猛者が数多所属していると浄海から聞かされた。 姫子に任せきりにする訳にはいかないだろう。

深山桜

(詩織の敵を討つ為に、私も頑張らないと……)

桜は気合を入れ直す。

少し経って、裏庭に回っていた浄海が、ガシャガシャという物音と共に玄関前に戻ってくる。

浄海入道

あったあった。東原病院にはコイツで向かうぞ

ガシャンと置いたのは……2台の自転車。

深山桜

……車とかないの?

浄海入道

何言ってんだ。ピルロイド飲んで漕ぎゃあ、これが一番早ぇだろうが

お手製と見られる、頑丈そうな廃材を繋ぎ合わせた大型の無骨な自転車に、浄海はどっこいしょとまたがる。

深山桜

(自転車で敵の本拠地に乗り込みに行くって、なんか締まらないなあ……)

文句は抱けど口には出さずに、桜は隣のシティサイクルにまたがった。

浄海入道

よぉし、行くかぁ! 7時までには帰ってくるから、メシ炊いとけよー!

ポキポキと手を鳴らしてから、挨拶も何もなく、その辺に買い物に行くような勢いで、浄海は漕ぎ出す。

あっという間にスピードが乗り、雑草をなぎ倒して草むらを進んでいく。

深山桜

わわ、ま、待って!

桜も立ち漕ぎで後を追う。

深山桜

じゃ、じゃあ、行ってきます!

弥生

絶対帰って来いよー!

勢い良く手を降る弥生に、桜は手を振り返してから、桜は前を向いた。

隠れ家を出た2人は、自転車で東原中央病院へと向かう。

シャーーーーー……

好景気でたっぷり得られた税金を元に、無駄に整備された綺麗な舗装路を、2人は高速で駆け抜けていく。

ピルロイドに加え、姫子の魂も手伝ってくれるお陰で、漕ぐ足がとても軽い。 桜自身が怖くなってしまう程の速度で、左車線を爆走する。

流石に自動車並みの速度は出ないが、効率で考えれば自転車が一番だった。

途中で三叉路に差し掛かる。 方角的には右に曲がるべきだが、2人は左に曲がる。

出発前に浄海が示した病院までのルートは、やや遠回りしながら、裏路地や無人街を伝って向かうというものだ。

途中で敵の襲撃に会った際、一般市民を巻き込まないように、あえて治安の悪い地域を進む。

生まれも育ちも東原の桜だが、浄海が示したルートのどの区域にも、足を踏み入れたことは一度もなかった。

浄海入道

随分スッキリした表情になってるじゃねぇか

先を走っていた浄海が、速度を落として桜の自転車に並ぶ。

浄海入道

昨日寝る前までは、威勢はいいけどどっか思いつめた感じにもなってて、大丈夫かとコイツって思ってたんだぜ

深山桜

うん……一晩休んだら、落ち着いたから

桜は何も話さない。 今にして考えれば、深夜の現実離れした出来事は、夢でも見ていたのではないかと思っていたからだ。

ただ、戦意と妹への想いで揺れていた桜の心が、あの時のやり取りで固まったのは事実だ。

深山桜

(詩織が生きていたとしても……羽黒の悪行は絶対許す訳がない)

深山桜

(でも……憎しみだけに心を囚われても駄目なんだ……)

深山桜

浄海……羽黒を倒して、姫子さんの身体を取り戻した後はどうするの?

浄海入道

もう1人……詳しい素性は不明だが、ヤクザ時代からアイツの暗躍に協力してきた参謀もいるらしい。ソイツもぶっちめる

浄海入道

あとは放っとけ。Z'feelは羽黒のワンマン経営で成り立ってるブランドだし、アイツを潰せば瓦解するだろう。無理に全滅させる必要はねえ

深山桜

うん……分かった

概ね自分の考えと合っていた浄海の方針に、桜はホッとした気持ちで頷く。 その時……。

息長姫子

……何かあったんですか?

深山桜

えっ……?

脳内の姫子の声に、桜は虚を突かれた。

浄海入道

ん? どうした?

深山桜

え、えっと……姫子さんが、頭の中で……

息長姫子

……すみません、なんでもありません。気にしないで下さい

深山桜

なんでもないって……

浄海入道

そうか

それきり、彼女は何も言わなくなる。 浄海はまた前へ移動していった。

普通なら自転車でも数十分はかかりそうな距離を、2人は十数分で飛ばしていく。

田園地帯を抜け、市街地に近付いてきた。

浄海入道

ここから迂回して、再開発地域の方を通ってくぞ

浄海入道

そろそろ他のブランドの奴等とカチ合ってもおかしくねえ。注意しろ

深山桜

あの……再開発地域も通らずに向かうのはできないの?

浄海入道

そいつは無理だ。病院は居住地域に囲まれてるから、どっかしらは通らねえと

深山桜

そっか……

ハンドルを持つ手に力がこもる。 辺りに警戒を払いながら、桜はペダルを漕ぎ続けた。

速度を緩めて、2人は再開発地域に進む。 おぼろげながら人影が見えてきた。

一番近い場所に居るのは、整った格好で道端をとぼとぼと歩く中年男性。

一見生活には不自由していなさそうなその服装に反して、生活困窮者のような、弱々しい雰囲気が背中から滲み出ている。

向こうを向いていた男性が、自転車の音に気付いてこちらを振り返り、

男性

ぶ、ブランドだぁ!! 逃げろぉぉ!!

あらん限りの叫びを上げて、脱兎のごとく走り出す。

『ワアアアアア──!!』

その途端に、向こうに見える人影全てが、言葉にならない悲鳴を上げて、一斉に逃げ惑い始める。

浄海入道

そんなビビんなくても良いだろうよぉ。殺る気のある奴がチャリンコなんか乗ってくるかっての

深山桜

……降りよっか……

2人は自転車を降り、この街に住む市民……未登録者達を刺激しないよう、ゆっくり歩いていった。

一般市民が暮らす地域と、ブランド達が根城にする無法地帯の間に存在するこの場所は、未登録者達が暮らす街として有名である。

ここだけでなく日本各地に、未登録者達が大半を占める街が存在しており、万能細胞によって激変した日本の負の側面として、世界各国から好起の視線を浴びせられている。

綺麗に舗装された、歩道を桜と浄海は進んでいく。

桜の住む街と同様に、街の道路や公共施設は綺麗に整えられており、一見過ごしやすい街のように見える。

それにも関わらず……無人と化したこの街は、息苦しいような閉塞感がこもっているような気がした。

深山桜

こういう街への支援や……未登録者の保護事業自体は、積極的に行われてるんだよね

浄海入道

そうだ。だがその一方……ブランドによる未登録者への暴虐は、野放しの状態が続いている

浄海入道

それに、本当に必要な支援……強化骨格への換装手術は、日本医学の崩壊に加え、日々増え続ける未登録者の数が多すぎるせいで、全く間に合ってねえのが現状だ

浄海入道

ここに居るのは千秋と同じ、常に死の恐怖に怯えながら、果てしない順番待ちに耐え続ける『非国民』だよ

シャアアアア……

水音が道路の向こう側から聞こえてきた。

反対側の歩道で、生々しく広がった大きな血溜まりを、複数台の掃除用ロボットが機械的に清掃していた。

スプリンクラーのように周囲に水を撒き散らしながら、ブラシの着いたタイヤで忙しく動き回る。

あれ程の出血量では、被害者はもう生きていないだろう。 死体は既に片付けられたのか、どこにも見当たらなかった。

深山桜

どうしてそんな状況なの……? 未登録者の保護をしたいなら、ブランド達の暴行を規制した方が絶対良いのに……

浄海入道

そりゃあ、カネにならねえからさ

血溜まりに顔を向けながら、浄海はきっぱりと言い切った。

浄海入道

ブランド間での過激な経済競争が、日本経済を世界一の座に押し上げた動力源の1つであるこたぁ確かだ

浄海入道

下手に規制してその勢いをしぼませるより、ガンガン競争を煽って活性化させ、産み出たカネで支援して帳尻を合わせる方が効率がいいと判断したんだろう

深山桜

そんな乱暴なやり方……いくら後付けで支援しても、殺された人達の命は、戻ってこないのに……

浄海入道

残念だが、今の政府の定義じゃ、外国人を除けばこの日本に『殺される人』は存在しねえ

浄海入道

『日本人は死なない』『死ぬのは人ではない』……これが現代日本の根底の価値観だからな

深山桜

…………

浄海入道

変わっちまったモンだなぁ、この国もよぉ

昔を懐かしむように、浄海は大きなため息を着いた。

ドシャアアアン!!

『きゃああああ!!』

破砕音と悲鳴。 2人は前方を見る。

ティガーラック社員

オラオラぁ! どけどけ未登録者どもぉ!

WildCowrus社員

ぼやぼやしてたらぶっ殺すよぉ!? あっはっは!

ガシャアアアアア!!

未登録者

うわぁぁぁ!! ま、待ってくれぇ!

未登録者

誰か、助けてぇ! 誰かぁ……!

深山桜

あれは……!

見覚えのある顔。 昨日桜を襲ったティガーラックとWildCowrusの社員が、一軒のアパートを打ち壊し始めたのだ。

人力、それもたった2人だというのに、尋常ならざるパワーを無節操に振るい、柱や壁を次々と打ち砕いていく。

2人の近くで、住民と思わしき2人の男女が泣き叫んでいるが、蛮行がそれで緩むことはない。

浄海入道

昨日の雑魚共じゃねぇか。どうする桜

深山桜

もちろん……!

言葉の先は行動で示す。 自転車にまたがり、猛スピードでペダルを漕いだ。

シャアアアア

深山桜

何してるんですか!

WildCowrus社員

あぁ!? テメェは昨日の……

ティガーラック社員

見りゃ分かんだろ! 取り壊しやってんだよぉ!

一行の元に来た桜は、自転車を降りて対峙する。

深山桜

な、なんでそんな酷いこと……!

WildCowrus社員

しゃしゃんじゃないよ! この辺の土地と建物はウチ等がきっちり金出して地権者から買い上げたんだ

WildCowrus社員

悪ぃのは勝手に棲み着いてるコイツ等だ。自分とこのモン壊して何が悪い!

ティガーラック社員

この辺全部ぶち壊して、ウチの支部をぶっ建てんだよ! 人の解体の邪魔すんな!

未登録者

ま、待って下さい……! 中にはまだ子供がいるんです……! その子達だけでも……!

ティガーラック社員

あぁ!? 寝言ほざくなぁ!

ドガッ!!

未登録者

うわぁ!!

未登録者

あなたぁ!

すがりよる未登録者の男性を、ティガーラックの社員は踏みつける。 女性の悲痛な叫びが響く。

WildCowrus社員

子供がいるぅ? 馬鹿言ってんじゃないよ! 子供以前に、テメェ等は人じゃねぇだろ!

ティガーラック社員

人間っていうのはなぁ、俺達みたいに死ぬ心配もなく、堂々と大手を振って歩ける奴のことを言うんだよ!

ティガーラック社員

テメェ等みてぇに死ぬのを恐れて縮こまってるような奴等は人間じゃねぇ、虫だ!

ガスッ!! ドガッ!!

未登録者

うぐぅぅぅ……!

ティガーラック社員

虫が天下の公道でいっちょ前に喋ってんじゃねぇ! 石の裏で震えてろぉ!!

WildCowrus社員

あっはっはぁ!!

吐き気をもよおすような悪意を垂れ流して、ブランドの暴漢達は未登録者の男性を乱暴に踏みつける。

もう許せない──! 桜が踏み出した瞬間、

息長姫子

しゃがんで!

深山桜

!!

姫子の声に、桜は従った。 腰を落とした0.5秒後に、

ブゥン!!

頭上を影が飛んだ。

浄海──

いや、自転車。

ドガシャアッ!!

ティガーラック社員

がはぁっ!!

WildCowrus社員

ひぎゃあっ!!

浄海が乗っていた自転車が、放物線を描いて、社員達の胸元辺りにぶち当たる。 2人まとめてぶっ飛んだ。

浄海入道

予想が当たっちまったな

ずんずんと、浄海が隣に歩いてくる。

浄海入道

昨日は嬉々として殺り合ってたってのに、今日は同じブランドみてぇにつるんでやがる

浄海入道

テメェ等WildCowrusとティガーラックは、俺達をぶっ潰すために、同盟を組みやがったんだな?

ティガーラック社員

へ、けへへ……

起き上がった社員2人は、揃って不敵な笑いを浮かべる。

WildCowrus社員

それだけじゃねぇ……アタシ達は昨日付けで、Z'feelの傘下に入ったんだよ!

ティガーラック社員

もうテメェ等に勝ち目はねぇんだよ! テメェ等轟ノ雷鳴の負けを認めやがれ!!

昨日の佐渡(と思い込んでいた千秋)と同じ脅し文句をぶつけてくる。

昨日相手にしたブランド達が手を組むことは予想していたが、まさか揃ってZ'feelの傘下になるとは……。

深山桜

(……でも……臆してちゃ駄目だ)

未登録者の夫婦の前に、桜はかばうように立つ。

例えどれだけ困難な道のりになろうと、妹の仇は取ってみせる。 そう心に誓ったから。

深山桜

……そんなの脅しになんてならない

深山桜

私達は元々、Z'feelを倒しにやってきたんだから

ティガーラック社員

あ……あぁ!? 頭イカれてんのかテメェ!

深山桜

おかしいのはあなた達よ! 例え認められていなくても、この人達と私達に、違いなんて何もないじゃない!

深山桜

未登録者だから、換装手術を受けてないから……そんな理由で、同じ人間を虐げるなんて、絶対間違ってる!

ティガーラック社員

くっ……

桜が毅然とした態度で言い返すと、社員達は歯がゆそうな表情でたじろいだ。

浄海入道

で……お前等どうするつもりだ?

浄海は腕組みをして、自信満々に問いかける。

浄海入道

昨日はダークホースの奴等も一緒になって戦って、結局ボロ負けだったよな

浄海入道

あれから一日も経ってねぇが、2人だけでリベンジできる程必死に特訓したんか? ん?

WildCowrus社員

ちぃっ……!

ダダッ

実力差を痛感したのか、2人は揃って逃げ出す。

ティガーラック社員

テメェ等、覚悟しとけよ!

WildCowrus社員

アジトに来た時にゃあ、ウチ等総出で潰してやるからなぁ!

ダッ ダッ ダッ

浄海入道

かかかっ、逃げ足だけは一丁前だな

高笑いする浄海を他所に、桜は未登録者の夫婦の元に駆け寄る。

深山桜

大丈夫ですか? これ飲んで下さい

何度も蹴られていた夫の人に、万能細胞の成分を練り込んだ丸薬を渡す。

未登録者

ああ……ありがとうございます……

夫婦は何度も頭を下げる。 子供の命が無事で良かった……そう声をかけようとして、

ゴシャアアアアアアア……!!!

背中から聞こえてきた、土砂崩れのような轟音に、言葉が止まった。

未登録者

ま──

未登録者

マキィィィィィ!!

娘の名前を呼ぶ、夫婦の叫びが、街中に響き渡った。

社員達の暴力によって崩れかけていた住宅が、限界を迎えて崩れ落ちたのだ。

崩落したのは全体の3割ほど──だが、夫婦の反応から、娘がどこに居たのかは明らかだった。

浄海入道

ちぃっ……!

浄海はすぐに崩落した家屋に駆け寄る。

未登録者

マキ……マキぃ……!

深山桜

あ、危ないですから、私達に任せて下さい!

近寄ろうとする2人を制止する。 残った部分が倒壊したら、彼等の命も危うい。

桜と浄海は2人で瓦礫の撤去を始める。

轟音を聞きつけて付近の未登録者達が集まってきたが、崩落に巻き込まれるのを恐れてか、はたまたブランドの自分達が恐ろしいのか、遠巻きに眺めるばかりだ。

深山桜

子供は何歳くらいですか!?

浄海入道

あとどんな服装だ!

未登録者

い、1歳です……! 水色のつなぎを着せて、ベビーベッドに寝かせていました……!

夫の方が話した外見的特徴を手がかりに、2人は捜索を続ける。

深山桜

(ベッド、ベッド……あった!)

瓦礫の山の下、ひっくり返って破損したベビーベッドを見つける。 わずかに見える隙間から、小さな左手が見える。

瓦礫を退けてやりたいが、幾重にも積み重なっていて、簡単には取り除けそうにない。

浄海入道

ちっ、全部退かすのは面倒だな!

深山桜

待って! 隙間に手を入れれば、引っ張れるかも……!

桜はしゃがみこんで、わずかに開いている隙間に、腕を差し込む。

体温を感じる。 意識はないようだが、出血の気配は感じられない。

深山桜

(どうか生きてて……!)

桜は一縷の望みを抱きながら、そっと赤ん坊を引っ張る。

ガッ

引っかかる手応えを感じた瞬間、桜は酷い胸騒ぎを覚えた。

隙間の上に、引っ張る前は見えていなかった、鉄筋が見えた。

赤子の身体を引っ張って、鉄筋が移動した。 それがベビーベッドに引っかかったのだ。

突っかかった鉄筋を、桜は震えた手で外し……もう一度引っ張った。

身体は無事だった。

頭に深々と、鉄筋が突き刺さっていた。

安っぽい、赤錆びた鉄筋が、小さな頭の骨をあっさりと貫いていた。

桜は声が出なかった。

全身を引っ張り上げる前に、腕の力が抜けてしまう。

浄海入道

どうした桜、早く……

浄海の言葉も、途中で止まる。

苦しむことはなかったのだろう。 安らかに目を閉じて、お昼寝を楽しむかのような、ゆったりとした表情で……息絶えていた。

ドサッ

子供の隣に、小さな布袋が置かれた。 出発前に浄海が万能細胞を詰めていたのを思い出す。

ガシャガシャガシャ

浄海入道

クソォ、どこにいるんだぁ!?

未登録者

お、お願いします、どうか……!

浄海入道

待ってろよ、必ず助け出してやるからな!

白々しい演技をしながら、もう退ける必要のない瓦礫を、1つずつ取り除いていく。

彼の意図が分かった。 夫婦に気付かれない内に治せ──そういう事なのだろう。

両目の熱と痛みをこらえて、桜は鉄筋を引き抜き、ぽっかりと開いた穴に、万能細胞を擦り込んでいった……。

オギャア! オギャア!

元気な泣き声が響く。 子供の頭はまるで、最初から無傷だったかのように綺麗にふさがっている。

未登録者

ああ、マキ……! 無事で良かった……

未登録者

ありがとうございます……ありがとうございます……!

我が子を胸に抱きながら、夫婦は桜達に何度も頭を下げた。

深山桜

いえ、当然のことをしたまでですから……

柔らかい笑みを浮かべて、桜は首を降る。 真実は2人に話せなかった。

未登録者

この子は友人の忘れ形見なんです……夫婦共にブランドに襲われて、頭を破壊されてしまいました

未登録者

万能細胞で怪我は治りましたが、記憶を何もかも失ってしまって……もうこの子のことも思い出せないんです

深山桜

…………

未登録者

この子も私達も、本当なら先週換装手術を受けられたはずなんです

未登録者

なのに……入院の当日に、この街一帯がブランドの襲撃を受けて、病院に辿りつけなくて、もう一度、予約し直しに……うぅ……

浄海入道

泣いてんじゃねぇよ。親のアンタ達が泣いてたら、誰が赤ん坊を泣き止ませるんだ

肩を落とす夫婦に、浄海は発破をかける。

浄海入道

心配せんでも、俺達がZ'feelをぶっ潰して、東原のトップのブランドに成り上がってやる。そうすりゃちったあこの辺もマシになるだろ

未登録者

あ、ありがとうございます……! ブランドにもお優しい方はいらっしゃるんですね……!

未登録者

この子を助けて下さり、本当にありがとうございます……この御恩は一生忘れません……!

深山桜

…………

涙声で何度も頭を下げる夫婦に、桜は何も話せなかった。

夫婦に別れを告げ、2人は東原病院までの道を走り出す。

先程の救出劇で多少は心を許してくれたのか、未登録者の人達は、自分達から逃げる様子はない。

深山桜

……何も、話せなかった

緩く並走しながら、桜は小さく吐き出す。

深山桜

正直に言おうと思ってたのに……子供は、助からなかったって……

息長姫子

……本当に助からなかったと言えますか?

深山桜

えっ……?

今までずっと黙っていた姫子の声が、突如として聞こえてきた。

心の奥深くに問いかけるような、ゆっくりとした口調の声だった。

息長姫子

千秋さんやあの子の本当のご両親とは違います。あの子はまだ1歳なんです

息長姫子

運動や言語が不十分でも、個人差で説明が着く範囲です。記憶や経験がリセットされたところで、大した影響は出ないでしょう

息長姫子

先程の様子を見る限り、あの夫婦も、あの子が別人として生まれ変わったと気付く可能性はほぼ無い……

深山桜

な、何が言いたいの? 姫子さん……

息長姫子

人の価値や状態……生き死にですらも、全ては当人を取り巻く『世界』の認識によって決まります

息長姫子

どれだけ未登録者の方々の権利を訴えても、社会の制度がそれを認めない以上、実際には存在しないのと同じように……

息長姫子

元の子供が死んだことに誰も気付かないのなら……あの子の『死』はそもそも起こらなかった。そう考えられるのではないでしょうか

深山桜

…………

姫子は淡々とした口調で語りかけてきた。

桜は答えが出ない。 確かにあの夫婦を始め、周囲の人達が誰も気付かなければ、このままずっと、あの子の死の事実は明らかにされないだろう。

深山桜

(私は知ってる……あの子が既に死んでしまったことを)

深山桜

(でも……それを伝えたら、あの夫婦をとても悲しませてしまうのは間違いない)

深山桜

(それはもう……私があの子を死なせたことと、何も変わらないんじゃないの……?)

息長姫子

……すみません。これから決戦だと言うのに、惑わせるような事を言いました。今のは忘れて下さい……

押し黙る桜を慮ったのか、脳内に姫子の心苦しそうな声が、じんわりと広がった。

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