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6 - 敵本拠地突入後に突発した背信行為による勢力の一変

♥

20

2022年10月11日

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未登録者の街を離れてから数分。

見えてきた白壁……蘇る心の傷に、桜はヒリついた喉の乾きを覚える。

深山桜

(……行くんだ)

生唾を飲み込んで、桜は自転車を走らせた。

東原中央病院……。 万能細胞の普及後、この病院は閉鎖された。

ここに限らず、現在日本の病院のほとんどは、万能細胞によってその役目を奪われ、大幅な規模縮小の憂き目にあっている。

残っているのは、強化骨格への換装手術を行う整形外科や、精神科・産婦人科などの万能細胞で対応し切れないごく一部の医科だけだ。

多くの病院は、それらの一部の分野に特化した医院へと転換したが、東原中央病院は丸ごと閉院した。

その理由は表向きには明らかになっていないが……当時頭角を現していたZ'feelによって、人体実験の施設用に買い取られた、というのが公然の秘密になっている。

病院の近くの廃屋で、2人は自転車を止めて降りる。

浄海が物陰から双眼鏡を使って、病院の様子を覗き込んだ。

浄海入道

……妙だな。外の見張りが1人も居ない。いつもなら馬鹿みてぇにたくさん配置してるってのによ

深山桜

ど、どうして……?

浄海入道

何かデケぇ作戦にでも兵隊を回してるのかも知れねぇな……

浄海入道

桜、どっかでそういう動きがねぇか、SNSで調べてみてくれ

深山桜

分かった

桜は携帯を取り出し、情報収集を始める。

すぐに分かった。 タイムライン上にせわしなく浮かんでいるのは、同じ内容の投稿ばかりになっている。

深山桜

ぶ、ブランドの人達が、中央区を封鎖してるみたい……どうしよう……

桜は震えた声で知らせる。 中央区は自分の家がある区画だ。

顔なじみや友達も多い。 実際、投稿のいくつかは桜の友達が上げたものだ。

浄海入道

その辺の人達にゃ悪いが……絶好のチャンスじゃねぇか

浄海入道

何が狙いかは知らねぇが、今はここの警備が手薄になってるってこった

浄海入道

見た所、大部分の社員が出払ってるみてぇだ。今の内に正面突破するぞ

深山桜

う、うん……

深山桜

(お母さん、お父さん、クラスの皆……大丈夫かな……)

騒ぐ心を抑えて、ずかずかと歩いていく浄海についていく。 本当なら今頃、学校で授業を受けていたはずだ。

しばらく会うことの出来ないであろう家族や友人達に思いを馳せながら、桜は東原病院に向かった。

ドガァッ!!

Z'feel社員

ゲハァッ!!

ドサッ……!

浄海入道

ふぅ、こんなモンだな

社員をふっとばした浄海は、拳に着いた血液を振り払い、一息ついた。

エントランスに乗り込んだ桜達は、警備の社員達に一斉に襲われた。

とはいえ、やはり腕のある奴等は出払っていたのか、前評判ほど手強い社員はおらず、なんなく蹴散らしていく。

深山桜

あんまり強くないね……

浄海入道

ああ、とっとと進むぞ

荒れ果てたエントランスを浄海はぐるぐると見回し……近くでうめいていたZ'feelの社員の胸ぐらを掴んで引っ張り上げる。

浄海入道

おい、羽黒の奴はどこにいる?

Z'feel社員

し、知らねぇよ……

社員が首を振った瞬間、

グイッ!

砂時計をひっくり返すように、浄海は足首を掴んで社員をひっくり返して、

浄海入道

ほれほれほれほれ!

ドガンドガンドガンドガン!!

Z'feel社員

ぎゃああああああああぁぁぁぁ!!

ハリセンのように社員を振り回し始めた。床や柱、転がったベンチのあちこちに頭がぶつかり、その度に悲鳴をあげる。

深山桜

じょ、浄海! いくらなんでもやり過ぎだよ!

浄海入道

ちっ、分かったよ

桜の説得に、浄海はしぶしぶ従い、蛮行を止める。 ひび割れた床の上に社員を放り投げた。

あっという間に、顔が倍以上に膨れ上がっていた。血と涙をだらだらと流しながら、

Z'feel社員

え、エレベーターでしゅぅぅ……

あっけなく吐く。

Z'feel社員

は、羽黒さん本人は滅多に姿を見せないんですが……幹部の八ツ木(やつぎ)博士が、時々羽黒さんからの司令を伝えに、エレベーターでやってきます

浄海入道

馬鹿かテメェは! んなん聞かなくても分かんだよ! 何階のどこの部屋からエレベーターで来るのか言えってんだ!

Z'feel社員

ひぃぃぃぃ……そ、それは分かりませぇん……!

深山桜

わ、分からないって……?

Z'feel社員

お、俺、他の階の警備にも結構当たってるんですけど……

Z'feel社員

どの階に居ても、博士は必ずエレベーターでやってくるんです……どこの階なのかは……

浄海入道

ちっ、使えねぇなぁ

ドカァッ!

Z'feel社員

ぎゃはっ!

浄海は躊躇なく社員を蹴り飛ばした。 先程ふっとばした社員の上に、どさりと積み重なる。

深山桜

いつもエレベーターで来るって……どういうことなんだろう

浄海入道

エレベーターで暮らしてるとかか?

深山桜

そんな訳無いと思うけど……

息長姫子

……分かったかも知れません

深山桜

えっ、ホント?

息長姫子

ええ……ひとまずエレベーターまで行きましょう

彼女の言葉に従い、2人は社員達の亡骸を乗り越え、エントランス脇のエレベーターまで移動する。

あちこちが荒れ果てた施設内に比べて、エレベーターだけは今も整備されているようだ。

見上げると、1〜9階までの回数表示の内、9階が点灯している。 桜はひとまずにボタンを押して、9階に停まっているであろうエレベーターを呼び寄せる。

息長姫子

いえ、桜さん……押す必要はありませんでした

深山桜

え……どうして?

息長姫子

恐らく……羽黒達の居場所は、地下です

深山桜

ち、地下1階? 地上階しかないけど……

浄海入道

……なるほど、そういうことか

桜の動揺する声を聞いて、浄海は扉の前に立つ。

エレベーターがやってきて扉が開いたが、浄海は乗り込まない。

扉の外から身を乗り出して、内部の操作盤をいじくるような動きを見せた後、すぐに身体を引っ込めた。

バタン……

浄海入道

ようし、これでいいな

エレベーターの扉が閉まったあと、浄海は拳をボキボキと鳴らし……

浄海入道

ふんがぁ!!

ベキィッ!!

荒っぽい右正拳突きを打ち込み、扉の隙間に小さな穴を開けた。

ベキベキベキベキッ!!

その後左手も突っ込み、強引に扉をこじ開けていく。

深山桜

ちょ、ちょっと、何やってるの?

息長姫子

思い出して下さい。この東原病院は、かつて地下1階がありませんでしたか?

深山桜

えっ……あっ……

浄海の言葉に、桜は思い出した。

桜が小学一年生の頃、風邪をこじらせてここに入院した際、確かに地下1階があった。

詩織が入院した時には、改修工事が行われたのか、地下階がなくなっており、現在に至っている。

浄海入道

羽黒がこの病院を支配した後、地下1階を自分の実験場として使うために封鎖したんだろう

浄海入道

たぶん、実験体や道具を運ぶために、エレベーターで地下1階に向かえるようにはしてる

浄海入道

だが当然、部外者や下っ端共に入られないように、特殊な操作をしないと行き来はできないようになってるはずだ

浄海入道

だったら……こうした方が早ぇ!

ベキベキベキベキ!!

浄海は自分が入れる幅にまで扉をこじ開けた。

真っ暗な空間の中、かすかに何本かのワイヤーがぶら下がっているのが見える。

浄海はその中に、躊躇なく飛び込む──。

ガッ!

浄海入道

やっぱあったぞ! ほれ、お前も来い!

着地音の直後に聞こえてきた声に、桜の緊張はより一層高まった。

深山桜

(ついに、羽黒と……)

息長姫子

行きましょう、桜さん

深山桜

うん……

深呼吸を2回してから、桜は暗闇に飛び込んだ。

こじ開けた扉の先は、殺風景な通路だった。

両脇に閉ざされた扉が立ち並ぶだけで、ほぼ何もない。 奥には両開きの扉が見える。

浄海は躊躇なく飛び出し、そのまま歩いていく。

深山桜

じょ、浄海……! もっと気をつけて歩いた方が……

浄海入道

ハメる気ならとっくに動いてるっての。良いから行くぞ

桜の制止も聞かずに歩く。 2人はあっという間に両開きの扉の前まで着いた。

スチール製か何か、手術室を思わせる、銀色の大きな扉。左の取っ手を浄海がぐわっと掴む。

開いている右の取っ手を、桜は震えを抑えて掴み──意を決して、横に引いた。

ガラララララ

淀んだ空気のオフィスが、そこに広がっていた。

恐らく、元は医局として使われていたのだろう。 高そうな椅子や机にソファが、整然と並べられている。

だが、本来ならそこにあるべき、書類や書籍・オフィス用具などは一切ない。

まともな経営が行われているようには見えない、殺風景なオフィス……その奥、やや豪勢なデスクに、その男はいた。

社長椅子に深く腰をかけ、デスクにふてぶてしく足をかけながら、

羽黒龍極

よう……意外と早かったな、【轟ノ雷鳴】さんよ

不快感を催させる馴れ馴れしさで、物々しい雰囲気の男が声をかけてきた。

深山桜

(アイツが、羽黒……間違いない……)

ダダダッ

デスクの後ろのソファから、Z'feelの社員と思われる、数人のスーツ姿の男性が勢い良く立ち上がる。 その中に混ざって……

浄海入道

いきなり幹部入りか。偉くなったモンだなお前さんも

佐渡

テメェ……

全身から敵意をみなぎらせた、千秋……いや、本物の佐渡。 ブラックドラゴンのヘッドだ。

昨日交戦した時と全く同じ格好、同じ身体だ。この女が千秋を生み出し、彼女を洗脳してけしかけた……。

浄海入道

お前のクローンちゃん、今は俺達の拠点でゆっくりしてるぜ?

浄海入道

どうせお前も俺には勝てねぇんだし、んな所でえばってねぇで大人しくしてろよ

佐渡

けっ……テメェ等の生首をインテリアにしてから、大人しくしてやるよ

洗脳されていた頃の千秋のような、恐ろしい文句を吐き捨てる。

羽黒龍極

何しに来た? 話だけなら聞くぜ

そんな彼女とは反対に、気楽な態度で羽黒が口を開いた。

浄海入道

起業の挨拶代わりに、テメェをぶっ潰しに来たぜ

羽黒龍極

ほぉう……乱暴なお客さんだ。ここ最近は友好的な話ばっかりだんだがな

羽黒龍極

昨日はWildCowrusとティガーラックがウチの傘下に入りに来たんだ

羽黒龍極

一昨日はブラックドラゴン……そこの彼女のブランドさ。名前なんだっけ?

佐渡

……佐渡

羽黒龍極

下はぁ?

佐渡

…………泉

羽黒龍極

ほうほうほう、泉ちゃんねぇ……中々良い名前じゃねぇーの

羽黒は右腕を伸ばし、佐渡のお尻をさわさわと撫で回す。 佐渡は一切反応しない。

いかつい外見に似合わず、軽薄な雰囲気の男だった。 その軽い態度が、返って不気味さを醸し出している。

浄海入道

今、テメェ等の社員……それにWildCowrusとブラックドラゴンが、街の方で暴れてるのは知ってる

浄海入道

ここは手薄だろう。今の内にテメェの首、取らせて貰うぜ

羽黒龍極

まぁ待てよ。お前等が来るって分かってたから、今スペシャルゲストをお呼びしてんだ

佐渡から手を離した羽黒は、その手でデスクの上のタバコを掴む。

一本取り出して口に咥えると、そばに立っていた黒服がすぐさま火を着けた。

羽黒龍極

……で、お嬢ちゃんは……

ふぅっと煙を吐いて、羽黒は桜の方を見る。

心臓を射抜かれそうな程、鋭い目だった。 口は軽薄な笑みを浮かべているのに、目は一切笑っていない。

切れ長の瞳がギュッと狭まり、桜の足から頭まで、ゆっくりと舐め回すように動いた後で、

羽黒龍極

詩織ちゃんの敵討ちにでも来たのか?

深山桜

…………!

タバコを取り出してから呟いた言葉を聞いた瞬間、桜の身体が跳ねた。

羽黒龍極

中3で復讐とか、早くねぇかぁ? もう少し身体が育ってからの方が良いと思うんだがねぇ

深山桜

ど、どうして、詩織を……!

羽黒龍極

ちゃんと覚えてるさ。裏院長として、患者もご家族の方もなぁ

羽黒龍極

俺はこう見えても優しい性格なんだ。可愛いモルモット達のプロフィールはきっちり記憶しているよ

下卑た笑みを浮かべながら、羽黒はこめかみをトントンと指で叩く。

羽黒龍極

特にお前の妹は注目してたんだ。何しろ1000万人に1人レベルの難病だったからな

羽黒龍極

筋骨化症だったな。ホルモン分泌の異常により、筋肉の繊維が骨のように硬化し、神経や内臓を圧迫する病気だ

羽黒龍極

全身の筋肉が固まり、ロクに身動きも取れなくなる……

羽黒龍極

だが見方を変えれば、肉体の一部を骨の硬さにまで硬化させ、耐久性を得ることができるってことだ。中々使いどころのありそうな病気だろう?

羽黒は半笑いを浮かべて、詩織の難病について語る。

妹の命を奪った病気を、まるでゲームの特殊効果のように、軽々しく口にする。

羽黒龍極

強靭な兵士を生み出す研究の材料として、死体は活用させてもらったんだ

羽黒龍極

つっても、その後強化骨格が開発されたモンで、完全にお役目ごめんよ。研究も凍結しちまった

羽黒龍極

研究させて貰うために死んで貰ったってのに、悪いなぁ

半笑いで謝る彼の姿に、桜は腹の底から、熱が湧き上がってくる。 拳が震えた。

浄海入道

桜……挑発に乗るな。怒りに囚われたら、奴の思う壺だ

深山桜

ッ……。分かってる……

浄海に諭され、数度の深呼吸でこらえた。

羽黒龍極

いやいや! これからの戦いには、怒り、感情のブーストは必要だ!

耳が良いのか、奴は自分達の小さな会話に、身を乗り出して割り込んでくる。

羽黒龍極

何があろうと、相手が誰であろうと、止まることなくなぎ倒す情熱がな!

羽黒龍極

じゃなきゃ、深山桜……お前は俺の元まで、たどり着けない

磨き上げられた白い歯を見せびらかすように、羽黒はにいっと笑った。

ガチャ

向こうの扉が開く。

???

ひひひひ……社長、お待たせ致しました

小柄な背丈の、死神が出てきた。 一瞬そう誤認してしまう。

ボロボロのローブに身を包んだ、小柄な老爺だ。 ドクロの仮面を被っており、素顔は伺い知れない。

ローブから覗かせる手は、ガリガリにやせこけている。 恐らく、あの人が先程社員が言っていた、八ツ木博士……。

ガタガタ

男性の奥から、2人の黒服が大きな箱を運んできた。

棺桶を思わせる、人間が1人入る大きさの箱だ。ちょうど桜の目線の高さに、【No.24】と刻まれている。

羽黒龍極

くくっ……来たか

ガタッ

羽黒は立ち上がり、デスクを一息で飛び越える。 着地した奴の隣に、箱がゆっくりと立てかけられる。

羽黒龍極

スペシャルゲストのおでましだぜ

浄海入道

誰だ?

羽黒龍極

決まってるだろ? この流れで出てくるような奴なんざ、1人しかいねぇだろうが

深山桜

…………!!

羽黒は箱をコンコンとノックする。 箱のサイズからして……成人男性は収まらない。

ガチャリ……

自動で開いた箱の中に入っていたのは、1人の女性。

???

…………

恐らく──詩織だった。

自分より成長していた。 年格好は桜より上、高校生程度。東原にある高校の制服を着ていた。

難病にかかることなく、健やかに成長できていれば、きっとこうなったであろう姿だ。

身長も肉付きも、あの頃から大きく育っている。 それでも顔つきや髪色、雰囲気は、記憶に残る姿と同じ。

理屈ではなく本能で、前方の女性が、詩織であることを悟った。

クローン

………………

彼女はゆっくりと箱の中から出てくる。 笑うことも、怒ることも、言葉を発することもしない。

ゆっくりと開いた瞳の色は……赤。同じ色だ。

羽黒龍極

お前の妹の細胞……研究サンプルとして、死ぬ前に貰っておいたんだ

羽黒龍極

こいつはそれを元に万能細胞で生み出した、妹のクローンだ

羽黒龍極

どうする? コイツと戦うか?

羽黒龍極

妹と同じ血が流れるこいつの身体を、その刀で刻めるのか? お前はそこまで血も涙もない奴ではないと、俺は信じてるぜ?

ドガァッ!

詩織が出てきた箱を真横に蹴り飛ばし、羽黒は笑う。

深山桜

はぁ……はぁ……

呼吸が早まる。 全身の汗が止まらない。

息長姫子

桜さん……落ち着いて下さい、落ち着いて……!

脳内で姫子が必死に呼びかけてくるが、まるで耳に入らない。

羽黒が東原病院を支配していた…… そう浄海から聞かされた時点で、桜は心の何処かで予想していた。

細胞の一片からでもクローンを生み出せるならば、入院していた患者からサンプルを採取していてもおかしくはない。

深山桜

(落ち着いて……あれは、あれは詩織じゃない……!)

桜は必死に自分に言い聞かせる。 それでも、けたたましい動悸と、身体の各所から湧き出す汗は収まらない。

浄海入道

屑野郎が……!

浄海が歯ぎしりと共に絞り出した怒りの言葉も、どこか遠く聞こえる。

羽黒龍極

屑? 人聞きの悪いこと言うなよ

羽黒龍極

あのままだったら火葬されてた所を、俺が現代に蘇らせてやったんだぜ。もちろん病気も治ってる

浄海入道

そいつは桜の妹じゃねぇ。たとえ同じ肉体を持っていても、中身は別人だ

浄海入道

どうせ再生後に、そこのジジイの技術で洗脳させてるんだろう? お前の忠実な手駒として動くように

八ツ木博士

ほっほっほ……そうとも限らんぞ

羽黒龍極

その通りだ。案外あっさり受け入れてくれるかも知れねぇぞ? 思い切って声をかけてみたらどうだ、お姉ちゃんよ

羽黒龍極

まっ、返事の前にバラバラにされるかも知れねぇけどなぁ

羽黒は歯を見せて笑い……詩織のクローンの身体に、優しく肩をかける。

羽黒龍極

さあ行け、24番

トン……

羽黒は最小限の力で、クローンの肩を押す。

次の瞬間──クローンは動き出す。 両腕をクロスさせ、勢い良く振り払い──

ズバァッ!!

羽黒の首を切り裂いた。

ゴロゴロ

羽黒龍極

え?

地面を転がる生首が、気の抜けた声を上げる。

主を失った胴体は、ブシュブシュと血を噴き出させて、ドシンと前に倒れ込んだ。

深山桜

え……?

浄海入道

はっ……?

桜も浄海も、同じように目を疑った。

詩織のクローンは、瞬時に手刀を振るい、寸分の狂いのない動作で、羽黒の首を落とした。

3人は全く同じように固まっていた。だが、それ以外の人間は──。

クローン

気安く触らないで。家族でもないくせに

クローンはむくれながら、足元に転がる羽黒の胴体を蹴り退ける。

八ツ木博士

ひっひっひ……言ったであろう、そうとも限らんと

デスクから上半身だけを出し、八ツ木は嬉しそうに笑う。

ガタガタガタ

黒服達は無言のまま、デスクを乗り越え、羽黒の胴体と頭部を回収する。

佐渡泉

テメェの身体は後で野良犬の餌にしといてやるよ

生ごみを前にしたような嫌悪感を顕にして、佐渡は吐き捨てる。

誰一人動揺していなかった。 全ては最初から、計画されていたようだった。

シュッ シュッ シュッ

デスクの上のティッシュを何枚か取り、首を落とした際に着いた顔の返り血を、彼女は優しく拭い、

クローン

また会えたね、お姉ちゃん♪

あの頃と同じ満面の笑顔を、にっこりと浮かべる。

口元には拭いきれていない血が、べったりと広がった。

八ツ木博士

これ、まだ汚れておるぞ

クローン

あっ、本当? ありがとう

黒服から羽黒の生首を受け取りつつ、八ツ木が詩織の血痕を指摘する。 彼女は血痕をきちんと拭き取った。

羽黒龍極

な……なぜ……洗脳が……

八ツ木博士

いやぁ……羽黒様、申し訳ございませんがねぇ

ゴトン……

羽黒の生首を、自分と同じ目線まで持ち上げ、八ツ木は笑う。

八ツ木博士

今まであなた様の知略を信じて、仕えて参りましたが……

八ツ木博士

そろそろ私も色気が出てきましたので、この辺りで裏切らせて頂きました。どうかお許し下さい

羽黒龍極

き……きさ、ま……ふざ、け……

かすれた怨み節は、最期まで言い切ることなく、羽黒は息絶えた。

八ツ木博士

くくく……心配せずとも、あなた様の身体は、しっかりと有効利用させて頂きますよ

八ツ木博士

ほれ、持っていけ

黒服

はっ……

黒服達は生首を預かり、胴体と共に、奥の扉へと消えていった。

深山桜

あ……あなた、まさか……

ようやく解凍した桜が、震える声で問いかける。

深山桜

昨日の……夜……

クローン

そうだよ、お姉ちゃん……昨日の夜、お話したのは、私

トン……

彼女が一歩踏み出す。 浄海は無言で桜を引っ張り、後ろに一歩下がった。

クローン

お姉ちゃんの行動は、ずっと監視してたんだけど……昨日、ブランドの人達に連れられて姿を消したって博士から聞いて、一日中探してたの

クローン

全然見つからなくて、泣きそうだったんだ。でも、あの思い出の川でお姉ちゃんを見つけて……嬉しくて、声をかけちゃった

八ツ木博士

ここに乗り込んでくるまで接触するなと、きちんと言っておいたのにのう

クローン

えへへ、ごめんなさい

クローンは小さく下を出して謝る。 あの頃と同じ癖だった。

トン、トン

彼女が2歩踏み出す。 浄海は2歩下がる。 桜は2歩引っ張られる。

クローン

もう大丈夫だよ。私を殺した悪い人は今殺したから、もうお姉ちゃんはなんの心配もしなくていいの

クローン

そんな乱暴な人とはお別れして、私と一緒に、お家に帰ろう? ね?

浄海入道

お前は詩織じゃねぇ

感情のこもっていない声で、浄海は切り捨てた。

浄海入道

肉体が同じだろうと、魂は違う。お前は詩織とは別人の存在だ

クローン

……何それ。それで論破したつもりなの?

クローン

魂って何? そんな夢みたいなもので、今生きてる私を否定しないでよ。私は私、深山詩織なの!

クローン

そうでしょ、お姉ちゃん?

深山桜

ち……違う……

柔らかく微笑む彼女に、桜はなんとか否定する。

深山桜

あなたはあくまで、詩織の細胞から取られたクローンよ。詩織じゃない……

深山桜

詩織と同じ身体と頭でも、そこに詩織の意識はない。本当の詩織の意識はもうない……

深山桜

詩織は……詩織は死んだの! 詩織はもう、この世界のどこにもいないの!

自分に言い聞かせるように、桜は力強く、目の前の彼女を拒絶する。 だが……

八ツ木博士

ひひひ……お嬢さん、それは違うぞ

クローンの隣に並んだ八ツ木が、あざ笑うような言葉を投げかける。

八ツ木博士

意識はない? その証明はどうやって行うのじゃ?

八ツ木博士

人格の同一性の証明など不可能じゃ。この者の意識がお主の知る妹の意識と違うことを、どうやって示す?

八ツ木博士

わしも隣のお仲間も……お主以外の全ての人間の意識を、お主が保証することはできなんだ

八ツ木博士

いやはや、お主自身……同じように本物の深山桜から生み出されたクローンやも知れぬぞ? わしが記憶を授けてやったと言ったらどうする……?

息長姫子

惑わ──されないで──! 耳を──貸しちゃ──駄目──!

博士の言葉を遮るように、姫子の力強い言葉が響く。

だが、ノイズがかかったようにかすれていて、ひどく聞き取り辛い。

八ツ木博士

娘よ……目に見えるものだけが全てじゃ

八ツ木博士

ここにおるのは、お主の死んだ妹と寸分違わぬ遺伝子を持つ者

八ツ木博士

お主の妹が死なずに成長しておれば、間違いなく全く同じ身体に育っていた

八ツ木博士

ならばここにおるのは、お主の妹ではないのか? 意識や魂などという、証明不可能な存在を以て、同じ肉体を持つ彼女を拒絶するのか?

深山桜

違う……違う……! 詩織は、詩織は……!

闇雲に彼等の言葉を否定する。 だが桜はそれ以上の言葉が続かない。

理屈ではなく本能で、目の前の彼女を求めていた。 ずっと探し続けていた妹に、桜はすぐに駆け寄りたかった。

詩織

お姉ちゃん……私を、受け入れて

トン……

詩織が一歩踏み出す。 桜は、最愛の妹に駆け寄ろうとして──

グイッ

後ろに引っ張られた。 そのまま浄海に担ぎ上げられる。

浄海入道

逃げるぞ

佐渡泉

待てコラッ……!

佐渡がデスクから身を乗り出すが、詩織に止められる。

詩織

いい……いいの

詩織

今はそっとしておいてあげて。お姉ちゃんも混乱してるから……

佐渡泉

ちっ……

佐渡は舌打ちして、追走を諦める。

深山桜

は……はな……

離して── 離さないで──。

本能と理性がせめぎ合う。 肉体の支配はかろうじて理性が勝ち、抗うことはなかった。

浄海入道

八ツ木……テメェの口達者は相変わらずだな。白々しい説法解きやがって

八ツ木博士

くくく……何を言うとるのか、まるで分からんなぁ

先程の羽黒のように、八ツ木はわざとらしく笑う。 小さな体が細かく震える。

八ツ木博士

浄海よ……最早わし等がいがみ合う必要はあるまい?

八ツ木博士

あの女も今はおらぬのだ。同じならず者同士、手を取り合おうではないか

浄海入道

生憎だが、俺は俺の言うこと以外聞く気はねぇんだよ

浄海入道

現し世(うつしよ)にのさばる悪は俺1人で充分だ……テメェはまた常世(とこよ)に叩き込んでやるよ

浄海入道

行くぞ、桜……

浄海は桜の言葉を聞かず、後ろを向いて駆け出していく。

詩織

お姉ちゃん……またね

後ろから、あの頃と同じ優しい声が投げ掛けられる。

息長姫子

──は──う────を──じて──

脳内で姫子が何か語りかけているが、桜に届くことは無かった。

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