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霧が流れていた

冷たい草の香りと、遠く響く鳥の声

朝も昼も夜も曖昧なこの場所は

「霧の平原」と呼ばれ、 長く旅人の足を遠ざけてきた

セリル

...見通しが悪い

セリル

注意を怠るな

セリルの声が低く響く

彼の手はすでに剣の柄に添えられている

その鋭い視線の先、淡く揺れる白い霧の 奥に何かの気配がちらついた

ジル

けど、こういう所って宝が埋まってたりするんだよね〜

ジルが軽口を叩きながらも、 指先のナイフを巧みに回す

エルネスト

わざわざ命を賭けて掘りに行く価値があるかは微妙だがな

エルネストの低い声が返ってくる

ミレイユは一歩遅れて、その足元に転がっていた小石につまずきそうになる

ミレイユ

きゃっ...

サフィル

__大丈夫?

支えたのは、隣を歩いていた サフィルの手だった

その手は温かく、しっかりと彼女の手を 包み込んでいた

ミレイユ

あ...ありがとう、サフィル

サフィル

疲れてるのなら、無理しないで

サフィル

私が...側にいるから

ミレイユの胸が、きゅっと鳴った

"私が側にいる"

たったその言葉が、今の彼女には何より 心強かった

ラズロ

うふふ

ラズロ

ずいぶん仲睦まじいこと

霧の向こうからラズロが現れる

いつのまにか先行していたらしい

ミレイユ

ラズロ、そんな静かに近づかないでください...

ミレイユ

びっくりするじゃないですか

ラズロ

そう?でも、この霧の平原には気配を溶かす力があるんだ

ラズロ

...この平原自体が、生きているとも言われている

ラズロはそう言って、ふと霧の奥へ 目を向けた

ラズロ

記憶を吸う霧とも

ラズロ

魂の声を聞く霧とも

ラズロ

ここで迷った人間は、かつて一度だけ__

彼が何かを言いかけた時

空気が、はっきりと揺れた

セリル

ッ...来るぞ、全員構えろ

セリルが叫ぶと同時に、霧の中から巨大な影が姿を現す

四つ足の獣のようでありながら、どこか人間のような形をしていた

レオン

霧魔だ...!

レオンが剣を抜きながら叫ぶ

ミレイユの背後に、ジルとエルネストが 即座に立ち位置を取る

ジル

行くよ、姫君

ジル

さあ__俺たちに守られて、堂々と立ってて!

エルネスト

下がってろとは、言わないんだな

エルネストが珍しく口を開いた

ジル

彼女はただ守られるだけの存在じゃないさ

ジルが笑う

その言葉に、ミレイユの心が静かに燃える

自分は__守られるだけじゃなく、 歩いている

みんなと同じ方向へ、一歩一歩

サフィルの横に立ち、剣を持つ手がわずかに震えていた

けれど彼女は下がらなかった

ミレイユ

(...私も戦う。今度こそ)

ジル

いやあ、女の子をこんな騒ぎに巻き込むなんて

ジル

下劣の極みってやつだ

ジル

...さて悪党ども、覚悟はいい?

ジルの双剣が光を弾く

続いて、銀鎧の男が重く地を踏む

セリル

ミレイユ嬢は、我々が守る

セリル

退け

セリルの声が低く、 しかし誰よりも揺るぎない

一瞬、敵の気配がたじろぐ

その隙をついて、ラズロが 魔法の詠唱を開始する

ラズロ

__無形の鎖よ、彼の魂を縛れ

ラズロ

"拘束術・エングラム"

紫の魔術紋が空間に浮かび、 敵の動きを止める

だが__それでもなお、 前方の霧魔は咆哮を上げて迫ってくる

ミレイユは身をすくめるが、 その身体を優しく抱きとめたのは

温かな腕を持つサフィルだった

サフィル

大丈夫

サフィル

私は、もうあなたをひとりにしない

その言葉に、彼女の胸の奥が熱くなる

次の瞬間__

ガン

と鋭い金属音が響き、前方の地面が砕けた

その中心に立っていたのは、巨大な彫刻用のハンマーを携えた褐色の男__

エルネストだ

エルネスト

...後ろは、任せろ

寡黙な声が、どこまでも頼もしい

そしてその背後、地上から舞い降りるように王子のマントがはためいた

レオン

この場は王子としてではなく__

レオン

仲間として剣を取る

レオン・アウグストゥス

その剣が、見事な軌道を描いて 敵の牙を弾き飛ばす

ミレイユ

...みんな!

ミレイユの目から、涙が一雫こぼれる

かつては守られるだけだった彼女

けれど今は__

自分のために剣を取り、魔法を放ち 命を張ってくれる人々がいる

彼らの背に、ミレイユは小さく叫ぶ

ミレイユ

お願い...みんな無事でいて!

その祈りの声に、空の魔力が 共鳴するように揺れる

それは、彼女の魂から溢れた力__

いまだに目覚めぬ、真の力の片鱗だった

ミレイユは、強く胸の奥を締め付けられるような感覚に襲われていた

呼吸は浅く、視界は滲み、心の奥で誰かの声が響いていた

???

__あなたが忘れても、私は覚えている

???

いつか、また出会えたら

???

きっと、もう一度、君に微笑む

ミレイユ

...誰?

その問いに、答える声はなかった

気づけば、彼女の足元は崩れ落ち 深い白い海の中へと落ちていた

そこは、現実とは異なる時間の狭間

光も音も遠く、ただ波打つような 記憶の水面に、ミレイユは立っていた

そして__

対岸から、ひとりの青年が現れる

黒髪の、穏やかな瞳をした あまりにも懐かしい姿

サフィル

けれど、今の石像の青年ではない

その瞳には確かな命の炎があり、 肌は暖かく、言葉は優しく響いた

過去のサフィル

...やっぱり、君だったんだね

ミレイユ

あなたは...サフィル?

過去のサフィル

昔の私

過去のサフィル

石になる前の、名もなき頃の私

ミレイユはその声に涙をこぼした

理由もなく、ただ懐かしさだけが溢れた

過去のサフィル

前に、一度だけ約束をしたんだ

過去のサフィル

君がまだ"前の生"で生きていた時に

過去のサフィル

君は、森に捨てられていた私を見つけて...名前をくれた

ミレイユ

名前...?

青年は微笑んだ

過去のサフィル

___サフィル

過去のサフィル

君がそう呼んでくれた

瞬間、ミレイユの胸に 知らないはずの記憶が流れ込む

幼い少女だった前世の自分

深い森で出会った、孤独な少年

病弱で言葉も少なかった彼に、 自分が名を与えた

前世のミレイユ

あなたの瞳、宝石みたい

前世のミレイユ

青くて、澄んでいて

前世のミレイユ

だから...サフィルって呼んでいい?

過去のサフィル

...うん、いいよ

過去のサフィル

ありがとう

その日、 二人は月の下でこう約束したのだった

「ずっと一緒にいる」

「もしも世界が終わっても、 また出会いに行く」

「生まれ変わっても、また君に微笑む」

だが、運命は残酷だった

青年は、命を失いかけたとき__

グラヴァール家の始祖 ルシアンとアレクシスに拾われた

アレクシスは、少年を救うために 術を施した

魂を、石に封じ込める術

そうしてサフィルは、魂を宿す像となった

__そして、少女との約束は封印された

ミレイユ

(私が、忘れてたの...?)

ミレイユは膝をつく

けれど、青年は首を振った

過去のサフィル

いいんだ

過去のサフィル

君が忘れても、
魂が覚えてる

過去のサフィル

今こうして、
また君に会えた

過去のサフィル

...今度こそ、終わらせないために

彼が手を伸ばす

ミレイユも、震える手でその手を握った

次の瞬間、二人の手が触れた瞬間__

世界が眩く光った

その光は、現実世界の平原にまで届いた

ミレイユの体は空中に浮かび、 胸元に青白い紋章が咲く

それは「誓いの紋章」 輪廻を越えて交わされた契約の証

ラズロ

これは...!

ラズロが叫ぶ

ラズロ

"古代契約術"

ラズロ

魂と魂が契約を交わし、術として発動する...

ラズロ

これは、アレクシスが理論だけで残していた術...!

ラズロ

けれど、こんな形で...!

セリルもジルも、剣を抜く手を止め ただその光景を見守っていた

そして、サフィルがそっと手を添える

今の姿__ 石像の青年としての彼が、目を細めて囁く

サフィル

君が名を呼んでくれたから

サフィル

君が私を選んでくれたから

サフィル

私はまた、心を取り戻せた

ミレイユの唇が、震えながら名前を呼ぶ

ミレイユ

...サフィル

呼ばれたその名に応じるように、彼の胸にも同じ光が宿る。

二人の魂が重なり__
約束が、“力”に変わった。

星の記憶と七つの影

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