千早
綾茂さんです。

一里之
……綾茂さんが犯人?

斑目
でも、なぜそう思われるのですか?

斑目
今説明された方法ならば、どちらにも犯行は可能だったように思われるのですが。

千早
犯人の計画は完璧だったと言えるでしょう。

千早
金庫の特性を利用し、金庫そのものをすり替えることに成功したのですから。

千早
金庫さえ開けてしまえば、暗証番号を確認することができてしまう――という仕様が良くありませんでしたね。

千早
しかし――犯人にとって思いも寄らぬことが起きていたのです。

千早
そのきっかけを作ったのは……一里之君です。

一里之
え、僕が?

斑目
――ふっふっふ。私とて曲がりなりも刑事です。

斑目
そのきっかけくらいは分かりますよ。

となれば、ある事実を知らなかった綾茂が犯人ということになる。
いや、この事実を知っていたら、綾茂は犯行を思い留まっていたのかもしれない。
一里之
そのきっかけって?

斑目
君は過去に、手提げ金庫を落として、金庫に傷をつけてしまったんだよね?

一里之
あ、はい。

千早
その時、一緒におられたのは?

一里之
凛子さんだよ。

一里之
傷のことは、お互いに口裏を合わせて知らないことに――あ、そうか。

一里之
凛子さんは手提げ金庫に傷がついたことを知っていたんだ。

一里之
そもそも、犯人のやり方は店の金庫と自分が用意した金庫をすり替える――というやり方。

一里之
当たり前だけど、すり替えた金庫には傷なんて残っていない。

千早
そう、一里之君がつけてしまった傷が、なぜか消えてしまった。

千早
もし、凛子さんが犯人ならば、すり替えるほうの金庫にも、似たような傷をわざとつけるくらいのことはしそうですよね?

千早
だって、金庫に傷がついていたことは、一里之君も知っていたわけですし。

千早
ついていたはずの傷が消えた――という、不可思議な状況が生じてしまう。

斑目
でも、実際にその現象は当たり前のように起きてしまった。

斑目
消えるはずのない傷が、金庫のすり替えによって消えてしまう――という不思議な現象が。

千早
そして、なぜこの現象が起きてしまったのか。

千早
それは、一里之君が金庫に傷をつけたという事実を知らない人間が、犯行に及んだから。

千早
結論、綾茂さんが犯人ということになります。

一里之
綾茂さん、どうしてこんなことを――。

斑目
よし、とにかく彼から話を聞いてみます。

斑目
一里之君も一緒に戻りましょう。

斑目
君の無実を職場に証明しないと。

一里之
あ、はい。

暗証番号を知っていた――という理由だけで疑われてしまった一里之ではあるが、千早のおかげで嫌疑は晴れたようだ。
千早
こちらの品――忘れずにお持ちください。

一里之
ありがとう。猫屋敷さん。

千早
――【志田屋】のご店主への紹介、楽しみにしておりますので。

一里之
もちろん!

千早
これで私の甘味生活がより華やかになります。

一里之
――甘味生活?

斑目
なんか、スーパーにあるオリジナルブランドのお菓子シリーズみたいな。

千早
と、とにかく――人生が豊かになるということです。

千早の慌てた様子に、何を思ったのか、黒猫のチョピが仲裁に入るかのごとくカウンターに飛び乗る。
千早
ねー、チョピ。

チョピに同意を求める千早の姿は、年相応の女子にしか見えず、一里之は思わずドキリとしたのであった。