夜7時
渋谷のビルの7階
店内は個室居酒屋の
くすんだ照明に照らされ
フロアごとに隔てられた空間が
ほのかにざわついていた
“NEXT EARTH”の新入社員歓迎会
エル…いや、○○は
端っこの席で表情を変えずに座っていた
宮島
宮島
私の右隣に座ったのは
入社式で声をかけてきた宮島奈子
明るくて人懐っこい
なんか…アイを思い出す
宮島
宮島
○○
宮島
あっちで盛り上がってるのは
営業部の先輩たち
その中にいたのは
二口
スーツの上着は脱いで椅子の上に掛け
白のシャツの袖をまくったその姿は
場に馴染んでいながらもどこか浮いている
やっぱり…一目惚れするだけあるのかな
誰と話していても笑顔はあんまり見せず
時折面倒くさそうに目を伏せる
それでも話しかけられるのは
やはり“ビジュの良さ”なのだろう
○○は彼から2つほど離れた席で
ハイボールを1口飲んだ
その間ずっと視線を送っていた
…多分無意識に
宮島
宮島は○○の視界を遮った
○○
○○
宮島
宮島
宮島…意外に鋭い
○○
宮島
宮島
宮島
宮島は笑って○○の肩を肘でつつく
宮島
宮島
またその話か…
○○
宮島
○○
○○
それ以上は何も言わなかった
任務でこんな感情…今まであったっけ
そんなことを考えながら
ふとテーブルの端に置かれたメニューに目をやる
○○
ほんの少し目を細めて
口角を僅かに上げた
宮島
宮島が眉を上げて覗き込んだ
宮島
私は宮島に向かってメニューを見せた
○○
○○
宮島
宮島
宮島
○○はブンブンと首を振った
○○
その瞬間の○○の顔は
ほんの少し…素に近かった
穂高
穂高
前の席に座ってた穂高総務は
少し笑いながら言った
感情を消すように生きてきた私の中で
唯一油断が出る食べ物
それがプリン
ターゲットがプリンをチラつかせたら
任務を遂行できる自信が無いくらい
プリンには目がない
そこで“プリン一年分”という条件は
○○にとって甘い罠だった
そのころ
あー…帰りてぇ
新入社員の歓迎会なのに
なんで俺も行かなきゃなんだよ
二口
二口
二口
二口
度数の強いお酒を1口のみ
何気なく視線が滑った先
○○
○○
そこに居たのは
プリンの写真をメニューに見つけて
小さく頷いてる子がいた
二口
二口
パッと見
地味
でも妙に表情が整いすぎていて
印象に残るような顔だった
その時横にいた女の社員が話しかけてきて
視線を戻したが
ほんの一瞬だけ口の端が緩んだのを
誰も気が付かなかった
歓迎会が始まってから2時間ほどたった今
酔っぱらいが多発し始めた
時々おつまみが運ばれてくるが
端の席は酔っ払いに取られてしまった
宮島
宮島
宮島
宮島
宮島
○○
そう言ってお皿をいくつか受け取り
料理を配っていく中
二口
その声が真横から聞こえた
声の主はもちろん
二口堅治だった
○○の心臓がドクンと音を立てた
だけどそれを表には出さずに
軽く会釈をする
何故か視線を感じる
○○
二口
たんたんと二口堅治は言った
○○
○○
○○
二口
冷たい目だった
だが…どこか試しているように感じた
○○
○○
○○
冗談めかして返すと
二口
二口
一瞬の沈黙
○○はそんな言葉が返ってくるとは思わず
目をぱちくりさせた後に
○○
○○
小さく笑って返してしまった
私は自分の席に戻り
自然と水を飲んだ
私にとってこんな失言は…有り得なかった
それなのに、何故か反射的に言葉が出た
宮島
宮島
ちょっと酔いが回って赤くなった宮島は
ポンポン質問を飛ばしてきた
○○
○○
宮島
宮島
○○
○○
宮島の話を遮るように私はそういった
けれど
私の胸の中には
さっき交した言葉が
不思議な熱を持っていた
○○
○○
私は誰にも聞こえない声でそういった
会社の飲み会は無事お開きとなり
数人ずつ駅へ向かって歩いていた
私の前には同じ方向だった二口堅治がいた
…話しかけるべきなのかな
でも
絶対無視されるからな
今日はもう話せたし…
二口
二口堅治は振り返ってそう言った
○○
二口
二口
○○
私は持っていたカバンを肩にかけ直した
二口
それだけ言うと二口堅治はまた歩き始める
それを見た私は二口堅治の横に並んだ
夜風がほんのりと
焼き鳥とお酒の匂いを運んでくる
喧騒が遠のき
静けさが戻った歩道
さっきから私たちは何も話していない
○○は少し遠くを見てぽつりと話しかけた
○○
○○
○○
ぎこちなく笑いながら言った○○に
隣を歩いている二口は短く吹き返した
二口
二口
二口
○○
二口
しまった…油断してた
○○
○○
二口
○○
二口
二口
何気ない言葉に
胸のどこかがきゅっとしまった
褒められたのか
皮肉なのか…読み取れない
でもきっと
嘘では無い
歩調を合わせる彼に
○○はふと聞いた
○○
○○
返事はなかった
けれど暫くしてぽつりと漏れた声
二口
二口
○○
二口
二口
二口
また…それきりだった
別れ際
二口さんはスマホをチラリとみてから言った
二口
○○
二口
二口
彼はそれだけ言って
信号が変わる前に横断歩道を渡って行った
○○はその背中を無言で見送った
○○
その瞬間スマホが震えた
画面には“J”の文字
○○はビルの陰に入り
通話をとった
ジェイ
通話
00:00
○○
ジェイ
ジェイ
○○
ジェイ
ジェイ
ジェイ
○○
ジェイ
ジェイ
ジェイはケラケラ笑いながら言った
ジェイ
○○
ジェイ
ジェイ
○○
○○
○○
ジェイ
ジェイ
○○
○○
○○
ジェイ
ジェイ
○○
○○
私はふと今日のことを思い出した
○○
○○
ジェイ
○○
○○
○○
ジェイ
○○
○○
ジェイ
ジェイ
○○
ジェイ
○○
○○
ジェイ
ジェイ
○○
ジェイ
ジェイは少し声を曇らせ
ため息を漏らした
ジェイ
ジェイ
○○
○○
○○
ジェイ
ジェイ
言いかけた言葉が
少しだけ低くなる
ジェイ
ジェイ
ジェイ
ジェイ
ジェイ
エルは口を閉じた
ジェイ
ジェイ
ジェイ
ジェイ
そういったジェイの声は優しかった
だけどそこに遊びはなかった
ジェイ
ジェイ
○○
短く
そう答える
だがその声の奥には
自分でも気が付かないぐらいの
僅かな濁りが混ざっていた
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