控室に戻って、 俺はソファに腰を下ろした。
「お疲れ様です」って、スタッフの誰かが通りざまに声をかけてくれたけど、正直、それどころじゃなかった。
――やばい。
あれ、絶対バレたよな。
演技だって言い訳してたけど、 俺が楓弥に向けた視線も、 手を引いたときの強さも、 あのキスも……
全部、演技じゃなかった。
自分でも驚くくらい自然にできたのは、それだけ“本気”が混じってたってこと。
ドキドキがまだ治まらない胸に手を当てながら、俺は天井を見上げた。
けど、その次の瞬間―― ふっと、気づいた。
でも、悪くない。
だって、今は“本物の恋人”として世間には見られてる。
少なくとも、ファンのみんなは信じてくれてる。
史記
ぽつりとつぶやいた言葉は、 自分でも意外なくらいしっくりきた。
バレないように演じるっていうけど、 俺にとってはむしろ逆。
“本気で好きな気持ち”のほうが、 自然で、嘘がない。
楓弥の照れた顔とか、 あの震えた手とか、 全部俺だけが知ってるなら、 それでもういい。
史記
今は、ちょっとだけ思う。
――もう、 全部バレちゃってもいいかも。
そう思わせてくれるくらいには、 俺、本当に楓弥のこと…… 好きになってる。
ふみくんから遅れて控え室に戻り、ソファに座った瞬間、ふぅっと息が漏れた。
史記
ふみくんがペットボトルの水を渡してくれて、それを受け取る。
喉はカラカラのはずなのに、 水が全然喉を通らなかった。
――なんか今日のふみくん、 優しすぎじゃない?
いや、もともと優しい人だし、 俺が緊張してたらちゃんと察してくれるし、そういうとこにずっと救われてたんだけど……
今日は、なんか違った。
さっきの撮影中――
手を繋いだときとか、 急に向かい合って額にキスとか……
あれ、演技、?
楓弥
思わず呼んだ声に、ふみくんが 「ん?」ってこっちを向く。
目が合った瞬間、 ドクン、と心臓が跳ねた。
そんな優しい目で見ないで……。
楓弥
逃げるように言った自分が、 めちゃくちゃ情けなくてムカつく。
でも、気づいちゃった。
俺、さっきのキス、 すごい嬉しかった。
嬉しかったのに、
「演技なんかじゃない」 って思ったのに――
その可能性が怖くて、 ちゃんと顔見れなかった。
楓弥
自分の手を見下ろして、 そっと握ってみる。
さっき、ふみくんが握ってくれた手。
まだ、あったかい。
――ねぇふみくん。
それ、本当に“演技”なの?
それとも、 俺が期待してもいいやつ……?
ふみくんは俺の隣で、台本のスケジュール確認してるっぽくて、スマホを眺めてる。
その横顔を、 俺はまた黙って見つめた。
気づかれないように、 そっと目を逸らすけど…… どうしても意識しちゃう。
――ふみくん、さっきのキス、 どういうつもりだったんですか?
演技、だよね。
そりゃそう。
俺たちは、 “ビジネスカップル” なんだから。
でも…………。
ふみくんの手、震えてたのに、 ぎゅって俺の手を握り返してくれたし。
あれも演技?
俺のこと、気遣ってくれただけ?
でも、“目”が嘘ついてなかった気がする。
ふみくんの目って、何考えてるかわかんないときもあるけど……
今日のふみくんは、 なんか全部まっすぐで、 ずるいくらい優しくて。
そのくせ、確信持てる何かはくれない。
……はやちんが言ってた通りだな。
気づかれたくない気持ち、 誤魔化すのって、めちゃくちゃ難しい。
むしろ、自分の方が気づかれたくなってきてるのかもしれない。
楓弥
ふみくんの横顔を、もう一度だけ見た。
あの手のあたたかさも、 あの額のキスも、 全部覚えてる。
自分の気持ちにウソつかないって、 はやちんに言われたから。
まずは俺から、覚悟決めないと。
――本気で好きになっても、 いいのかな。
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