透明な世界での日々は、穏やかで、そして奇妙だった。
江川枇翠は、ここに来てから何度も「楽だ」と思った。
朝に怯える必要もなく、誰かに笑われる心配もない。
ただ碧芭と歩き、話し、座っていればよかった。
けれど、少しずつ違和感も膨らんでいく。
ある日、ふたりは真っ白な商店街を歩いていた。
看板も、陳列された商品も、すべて色を失っている。
枇翠はふと、ある店の前で足を止めた。
江川枇翠
……ここ、昨日はなかったよな?
確かに昨日は何もなかった場所に、今日は“白い花屋”がある。
けれど、その店の奥はぼやけていて、入ろうとすると霧のように消えてしまう。
神代碧芭
この世界は、俺たちが思うことで形を変えるんだ
碧芭は淡々と説明した。
神代碧芭
欲しいって思ったものは現れる。でも、本当に“必要ない”って思ったものは、消える
江川枇翠
……消える?
枇翠が言葉を繰り返すと、碧芭は路地の奥を指さした。
そこには昨日まで確かにあったはずの白いベンチが、跡形もなく消えていた。
神代碧芭
俺たちが忘れたものは、この世界からもなくなる
神代碧芭
逆に、強く思い描けば現れる
神代碧芭
だから――ここにいる限り、俺たちは不自由しないんだ
枇翠は驚きと同時に、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
江川枇翠
じゃあ……人も?
碧芭は少し黙り込み、やがて小さく笑った。
神代碧芭
試してみる?
その声は軽やかだったのに、どこか底知れない響きがあった。
枇翠は答えられなかった。
ただ、自分の胸の奥で“ある疑問”が芽生え始める。
江川枇翠
(この世界で――碧芭は、どうして最初から色を持っていたんだ?)






