若い男の前を、
寂れたサラリーマン、
無防備なOL、
貧乏そうな大学生などが
通り過ぎて行く。
若い男
そして、
一人の青年が目に留まった。
全身真っ黒な装いだが、
寂れた様子も、
貧乏そうな雰囲気も無い、
清潔感漂う青年だった。
若い男
若い男は細く笑んで、
青年の後を追った。
・
・
先を行く青年は、
いくつかの角を曲がり、
人気の無い道に入る。
若い男
若い男は
ポケットに忍ばせておいたナイフを取り出し、
大股で青年に近づいた。
若い男
振り返った青年の首元に
ナイフの刃先を突き付ける。
若い男
若い男
ドスを聞かせた声で言うと、
青年は大して表情を変えることなく
ポケットに手を突っ込み、
そして、
中身を引っ張り出した。
開かれた手のひらの上には、
百円玉が二枚、
申し訳なさそうに乗っかっていた。
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
しかし、
ズボンのポケットをあさっても
それ以上の現金は出てくることはなく、
財布も持ち合わせてないと言う。
若い男
とんでもないハズレを引いてしまった
と落胆する男を見て、
青年はあることに気がつく。
若い男
そう言うと青年は
目にも止まらぬ速さで
男からナイフを奪い、
こちらに向かって歩いてくる
若い女性に声をかけた。
若い女性
すか?
と尋ねようとしたのだろうか。
その言葉の途中で青年は、
持っていたナイフで
女性の首を掻き切った。
若い男
切り口から勢いよく噴き出す鮮血。
女性は白目を向いて
仰向けに倒れると、
アスファルトの上で痙攣を起こす。
そんな様子を一瞥することもなく
青年は地面に落ちた女性の鞄をあさり
財布を取り出した。
そして、中からお札を抜き取る。
青年はにこやかな笑みを浮かべて
お札を差し出した。
血に濡れたお札を。
若い男
若い男
まるで、そこに落ちていた財布を拾い
中身を山分けするような気軽さで
クレジットカードも差し出してくる。
若い男が視線を落とすと、
首を描き切られた女性はまだ生きているようで
咳き込み
口から血を吐き出す。
押し付けるようにして
血濡れた財布を男に渡すと、
青年は鞄に入っていたハンカチを持って
女性の口を塞ぎ
ナイフを目に突き刺した。
若い男
若い女性
そのまま円を描くようにグリグリと
ナイフを動かすと、
女性は手足をばたつかせる。
若い女性
ナイフを抜き取り、
さらにもう片方の目にも突き立てた。
10㎝もある刃が
根本まで深々と突き刺さる。
若い女性
二度、大きく痙攣を起こした後、
女性は動かなくなった。
振り返ったそこに男の姿は無かった。
青年は重いため息をこぼした。
・
・
若い男
若い男
息を切らせながら走る。
後ろを振り返る余裕さえなかった。
逃げなければ
自分もタダではすまない
そんな予感がしていた。
・
・
どれほど走っただろうか、
足が限界にきて立ち止まる。
喉が、
肺が、
心臓が痛かった。
辺りを見渡すと
人の気配は無く、
その場にズルズルとヘタリ込む。
若い男
大丈夫だろう
という根拠は無かったが、
正直これ以上走る体力は無かった。
とりあえず息を整え、
ゆっくりと立ち上がり、
再び歩き出す。
立ち止まっていると
あの青年に追いつかれそうで
怖かった。
若い男
ナイフを置いてきたことを不意に思い出す。
若い男
若い男
若い男
誰かが警察に通報している可能性もあるし、
あのとんでもないヤツがいる可能性もある。
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
思い出しただけでも
背筋に寒気が走る。
二百円しか持っていない
ふざけた野郎かと思ったが、
自分からナイフを奪う速度といい、
人の首を切る躊躇の無さといい
一般人ではないのは明らかである。
若い男
若い男
若い男
何度も後ろを振り返り、
誰もついてきていないことを確認する。
そして、
人通りの無い橋の上から
中身を抜いた
血濡れた財布を川に投げ落とした。
若い男
踵を返し、家に帰ることにした。
追ってくる気配は無いものの、
不安は付きまとうものである。
終始、
あの青年の姿は無いか、
警察の姿は無いか
何度も確認しながら歩き、
周囲を見渡して
玄関を閉じた。
・
・
変な夢を見た。
夜の町を歩いているのだ。
すれ違う人は真っ黒で、
男なのか
女なのかもわからない。
どこか遠くで鳥の鳴くような声が聞こえ、
どこからともなく、
自分の名前を呼ぶ声も聞こえた。
その声に導かれるように、
夜の町を歩いた。
目的地はどこだろう。
自分はどこに向かっているんだろう。
自分を呼ぶあの声は、
昔好きだった人の声に
よく似ている───。
・
・
・
目を開けて、
呆然とする。
現状が上手く理解できなかった。
自分は確かに自宅に帰り、
自宅の布団に入ったはずだ。
鍵だってちゃんとかけた。
それなのに、
見知らぬ場所にいた。
若い男
若い男
目を凝らしてよく見れば
天井に立派な梁があるのがみえた。
どうやら自分は、
床に横になっているらしく、
手足が拘束されているのか
芋虫のようにモゾモゾと動くことしか出来なかった。
場所は古い民家の中なのだろう、
雨戸は固く閉じられ、
明かり一つ差し込んでこない。
若い男
若い男
理解が追い付かない。
いつの間にこんなところに?
家で寝ていたはずなのに?
どうやってここまで運んできた?
そもそもここはどこだ?
いくつもの疑問が浮かんでは消えた。
聞き覚えのある声が聞こえて
顔を向けると、
あの青年が
細い蝋燭を片手に
現れた。
若い男
若い男
若い男
若い男
言いながら青年は
持っていた蝋燭を
椅子の上に置く。
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
青年はポケットからナイフを取り出し、
ニッコリと微笑む。
若い男
若い男
若い男
ポンッと手を叩き、
と言って笑う。
青年は微笑みを浮かべたまま近づいてくる。
理由はわからないが
男はその笑みを見た瞬間、
嫌な予感がした。
若い男
若い男
若い男
しかし、
青年は足を止めることなく、
そして、
予想通りと言ったらいいのだろうか。
ナイフを足首に突き刺した。
若い男
そのまま捻って
アキレス腱を切断する。
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
考えるフリをして
青年はナイフを再び振り下ろした。
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
もう一方のアキレス腱も切断する。
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
ザクッ
若い男
聞いたことも無いような音がして、
味わったことのない痛みが全身を駆け抜ける。
若い男
若い男
そう言って微笑んでみせてきたのは、
真っ赤なナニカ。
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
ザクッ
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
腹部に刺したナイフを
ギリギリと捩じる。
若い男
若い男
若い男
言葉に詰まった男を見て、
腹部からナイフを抜き取る。
若い男
若い男
青年は右耳を摘まむ。
若い男
ナイフの刃先を
耳の付け根にあて、
ゆっくりと前後に動かした。
若い男
若い男
若い男
若い男
笑みを含んだ声と
肉が裂ける音が聞こえ、
耳が痛みと熱を帯びる。
切り取られた耳が
ホコリまみれたの床に落とされた。
若い男
若い男
若い男
若い男
左耳を掴み、
こちらも付け根から
ゆっくりと
削ぎ落す。
若い男
若い男
削ぎ落された鼻が
ベチャリと床に捨てられる。
若い男
血の流し過ぎて
寒気が襲って来る。
若い男
若い男
若い男
何かを思い出したように
青年はポケットから菜箸を取り出す。
若い男
菜箸の先をナイフで削り、
尖らせる。
若い男
青年は男の頭を押さえる。
若い男
若い男
ゆっくりと
先の尖った菜箸が
右目に
近づいてくる。
若い男
若い男
若い男
逃げようにも
膝の皿が抉り取られているので
足を動かしただけで激痛が走る。
若い男
若い男
若い男
例え目を閉じていたとしても、
薄い瞼一枚では
鋭利な菜箸を防ぐことは出来ず、
プチリと瞼は貫かれ、
無情にも眼球に突き刺さる。
若い男
どんどん
奥へ奥へと
入ってくる菜箸。
若い男
痛いはずの足をバタつかせると、
辺りに血が飛び散る。
若い男
そこで男の動きは止まる。
それでも、
痛みのせいか、
寒気のせいか、
体は微かに震えている。
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
若い男
最後の悪足掻きのように
頭突きでも食らわせようと
起き上がった男の目に
もう一本の菜箸が突き刺さる。
若い男
若い男
ナイフで掻き切られる喉。
噴き出す血。
白目をむいて
男は力無く倒れた。
・
・
・
[Dead men tell no lies]
コメント
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怖いとちょっと楽しくてなんかよく分からない感情がありました。でもすっごく面白いです。ありがとうございます。
読んでる間、ずっと誰かに心臓を掴まれている様な感覚がしました(小並感)
ヒエッ…:(´◦ω◦`): 震えながら最後まで一気に読んじゃいました。 やっぱり証拠も証人も残さないのですね…!とても読み応えがありました。そしてやはりコワイです…