人間の体に流れている血液量は、おおよそで体重の13分の1。
単純計算で50キログラムの人間の血液量は4リットルということになる。
そして、このうちの3割を失うと、命が危険に及ぶと言われている。
ゆえに、たかだか500ミリリットルと言っても馬鹿にできないのだ。
イワノ
(気のせいかもしれないけど、なんだか頭がぼーっとするような気がする)

ユエ
イワノさん、お体の具合はいかがですか?

イワノ
あ、あんまり良くはないよ。

イワノ
健康診断の採血でさえ、貧血を起こしたことがあるんだから。

ユエ
となると、もう一度嘘をついたら、致命傷になってしまうかもしれませんね。

キジマ
イワノ、ひとつだけいいかい?

イワノ
……なんですか?

キジマ
この番組は、放送する媒体が毎回変わっているうえ、予告なしに放送されるらしい。

イワノ
な、なにが言いたいんですか?

キジマ
何を言ったところで、それを聞いているのは、ここにいる人間だけってことさ。

キジマ
もちろん、偶然にも番組を観てしまう人間もいるだろうけど、会社の関係者が観ることは極めて低いんだ。

イワノ
だ、だから?

イワノ
(恥を晒せってか?)

イワノ
先輩も人が悪いよな。

イワノ
俺が嘘をつかずに済むような質問をすればいいだけ――だろ?

キジマ
駄目だ。

キジマ
イワノはどこか勘違いしているところがある。

キジマ
そのままの生き方じゃ、いずれ周りから孤立する。

キジマ
自分でも生きにくいって思ったことがないか?

イワノ
何を偉そうに……。

ユエ
偉いのです。

ユエ
実際に。

ユエ
あなたにとっては、たかだか1年先輩というだけなのかもしれません。

ユエ
しかし、すでにキジマさんには、あなたより多くの経験値がございます。

ユエ
たかだか先に入社していただけ……というのならば、中学や高校の時の上下関係はどう説明します?

ユエ
1年や2年、先に産まれたというだけで、上下関係が生じてしまう。

ユエ
経験値など関係なく、歳が上だというだけで、歳が下の人間が虐げられるのです。

ユエ
その悪しき風習を社会に持ち込めとは言いません。

ユエ
事実、年齢で偉そうにできるのは、それくらいまで。

ユエ
社会に出てしまえば、結果が全てになる。

ユエ
そして、資料を拝見させていただいた限り、キジマさんはイワノさんよりも結果を出しています。

ユエ
高卒なのに。

ユエ
良い大学を出たあなたより、会社から、そして仲間から必要とされています。

イワノ
い、言わせておけば。

ユエ
学歴は物差しのひとつにすぎない。

ユエ
もちろん、高学歴であることが悪いとは言いません。

ユエ
しかし、そこにあぐらをかくものでもないのです。

イワノ
し、知ったような口を……。

ユエ
会社で叩いているのは、あなたなのでは?

イワノ
(くそ、駄目だ。考えがうまくまとまらない)

ユエ
さて、キジマさん。

ユエ
あまり時間をかけるとよろしくないようです。

ユエ
次の質問を。

キジマ
はい……。

キジマ
イワノが卒業した大学は、本人が言っているような一流の有名大学ではなく……誰でも入れるような5流大学である。

イワノ
(う、やっぱり来たか……)

キジマ
イワノ、これ……入社の時にも履歴書とかに書いたのか?

キジマ
もし、これが事実なら大問題だぞ。

ユエ
……先ほども言いましたが、学歴は物差しのひとつです。

ユエ
会社からすれば、どこの誰かも分からない馬の骨の中から、会社に利益をもたらすであろう人間を選別しなければならない。

ユエ
その時の基準が学歴なのです。

ユエ
つまり、もしイワノさんがした質問の答えが【イエス】であれば、あなたはその基準を偽ったということになる。

ユエ
しかも、それを鼻にかけて、キジマさんに自分の仕事を投げていたのだとしたら……とんでもない野郎でございますね。

イワノ
せ、先輩……そんな目で見ないでくださいよ。

イワノ
俺だって、中学生くらいまでは神童って呼ばれるほど勉強ができたんです。

イワノ
でも、ある時期を境についていけなくなって……。

イワノ
どんなに勉強しても、分からなくなって。

イワノ
それで……。

キジマ
イワノ、学歴が全てじゃないよ。

キジマ
そう言うのを気にしない人から見ると、いつも学歴のことを持ち出してマウントをとってる人を見るとさ――。

キジマ
それしかないのかな――って思うんだよ。

キジマ
それ以外の武器がないのかなってさ……。

キジマ
ほら、学歴以外に魅力がある人ってさ、例え高学歴でも、それを持ち出したりしないだろう?

キジマ
他にも誇れるものがあるからだ。

キジマ
誇れるものがないから、PTOも弁えずに学歴の話を持ち出して、その場限りのマウントを取りたがる。

キジマ
そんなやつのどこに魅力がある?

キジマ
僕はイワノにそうなって欲しくないんだよ。

キジマ
だから、ここは素直になろう。

イワノ
(さっきから聞いていれば偉そうによ……)

ユエ
ではイワノさん、お答えください。

イワノ
(素直に答えるべきか、それとも嘘をつくべきか)

イワノ
(たった500ミリリットル抜かれただけでも体が辛いのに、さらに500ミリリットルを抜かれるとなると……)

キジマから憐れむような視線が向けられていることに、イワノは気づく。
イワノ
(なんだよ、その憐れむような目は……)

イワノ
(キジマのくせに)

イワノ
(お前だって、他のみんなからは顎で使われてるだろ?)

イワノ
(だから、そんなに憐れむような目で見るなよ!)

イワノ
ノ、ノーだ。

イワノ
俺は超一流の大学卒なんだよ。

イワノ
5流大学に行くくらいなら、死んだほうがマシだ!

ユエ
……見栄を張るためについた嘘。一度、嘘をついてしまうと、その綻びを隠すために嘘を重ねることになる。

ユエ
結果、取り返しのつかないことになってから、嘘を後悔いたします。

ユエ
キジマ様、今の質問に対して、イワノ様は――。

キジマ
嘘……をついていません。

ユエ
あら?

ユエ
そちらのファイル、きちんと確認してくださいました?

キジマ
はい、確認してあります。

キジマ
イワノは超がつくほどの名門大学出身みたいですよ。

イワノ
(ど、どうして?)

イワノ
(そんなはずはない)

イワノ
(それは誰よりも俺が分かってる。本当は、名前さえテストで書ければ合格だなんて言われている私立の大学出身なのに)

キジマ
あの、ユエさん。

キジマ
もう、やめにしたいです。

キジマ
その、いざイワノの血が抜かれているのを見て感じたんです。

キジマ
思っている以上に500ミリリットルは量が多いし、明らかにイワノの顔色も悪くなってる。

キジマ
僕はただ、イワノに社会人としての常識を身につけてもらえれば、それでいい。

キジマ
苦しむイワノの姿を見たくないんです。

ユエ
……さてさて、これは困りましたね。

ユエ
番組始まって以来、こんなことになったことはないのに。

ユエ
まだ1問残っております。

ユエ
ですから、それを終えたら和解成立といたしましょう。

キジマ
後、1問ですよね?

ユエ
はい、そういう決まりで始めましたから。

それを聞いたキジマは、イワノのほうに改めて視線を向けてきた。
キジマ
イワノ、僕はお前を苦しめたいわけじゃないし、殺したいわけでもない。

キジマ
ただ、これから続いていくであろう人生の中で、態度を改めるべきだと思ったから、こうしてここに立っている。

キジマ
だから、これ以上お前を苦しめたくない。

イワノ
(いきなりなにを言い出す?)

キジマ
イワノ、次の質問は簡単だよ。

キジマ
絶対に嘘はつかないでくれよ。

キジマ
それとユエさん、もうひとつお願いが。

ユエ
なんでしょう?

キジマ
ファイルを見た限りだと、僕とイワノは同じ血液型みたいだ。

キジマ
次の質問が終わったら、僕の血をイワノに輸血してやって欲しいんです。

ユエ
あの、簡単に輸血と言いましても、直接の輸血は副作用などが出る恐れがありまして。

キジマ
それでも構いません。イワノがこの場で死んでしまうよりかはマシです。

ユエ
分かりました。

ユエ
ただし、その後の責任は取りません。

ユエ
それでよろしいですね?

キジマ
イワノ、どうする?

イワノ
(なんだか寒気もしてきた。いよいよ、血が足りないのかもしれないな)

イワノ
(なら……)

キジマの申し出に戸惑いつつも、イワノは頷いたのであった。
イワノ
(お人好しの馬鹿を利用しない手はないよな!)
