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完成次第公開します
第2話 〚声を出す、という勇気〛
白雪澪は、本を読むのが好きだった。
昼休み。
教室のざわめきから 逃げるように、
彼女はいつも校舎の奥にある 図書室へ向かう。
広くて、静かで、
高い本棚が並ぶその場所は、
澪にとって数少ない
“安心できる空間”だった。
ページをめくる音。
遠くで聞こえる時計の針。
それだけで、心が落ち着く。
白雪 澪
棚の一番上。
昨日から気になっていた一冊。
澪はつま先立ちになって、
腕を伸ばした。
――ぐらり。
視界が、歪む。
白雪 澪
頭の奥が、じくじくと痛む。 嫌な感覚。
――妄想。
――予知。
映像が、一気に流れ込んできた。
高い本棚。
伸ばした手。
後ろから伸びてくる、別の腕。
白雪 澪
澪は、眉をひそめながらも、 本に手を伸ばし続けた。
白雪 澪
頭痛は、強くなる一方だった。
橘 海翔
すぐ後ろから、声がした。
澪が振り向く間もなく、 横からすっと腕が伸びる。
高い位置の本が、 軽く引き抜かれた。
橘 海翔
差し出された本。
澪が、
今まさに取ろうとしていた一冊。
顔を上げると、
そこには橘海翔が立っていた。
白雪 澪
――すっと。
さっきまで、嘘みたいに 痛かった頭が、一瞬で、消えた。
白雪 澪
澪は、思わず
自分のこめかみに触れる。
痛くない。
何も、残っていない。
橘 海翔
海翔が、少し心配そうに覗き込む。
橘 海翔
白雪 澪
澪は、小さく頷いた。
本を受け取る指先が、 少しだけ震える。
白雪 澪
さっき、頭の中で流れた妄想。
未来の映像。
――そのまま、現実になった。
でも。
今までと、何かが違う。
予知は、
澪を苦しめるだけのもの だったはずなのに。
海翔が本を取った瞬間、 痛みは消えた。
橘 海翔
海翔は、周囲を 見回しながら言った。
白雪 澪
橘 海翔
彼は、少し照れたように笑う。
橘 海翔
澪は、胸の奥が じんわり温かくなるのを感じた。
――予知は、外れない。
――でも、痛みは消えた。
それは、初めての感覚だった。
白雪 澪
そんな風に思ってしまった自分に、 少しだけ戸惑いながら。
澪は、本を胸に抱きしめる。
図書室の静けさの中で、
未来と現実が、
そっと重なった瞬間だった。
前期委員会を決める日。
その言葉を聞いた瞬間、
白雪澪の胸は少し重くなった。
――委員会は、必ず二人以上。
一人で静かに過ごすことが 許されない時間。
担任
担任
担任の声が教室に響く。
学級委員、生活委員、保健委員。
次々と名前が挙がっていく。
澪は、机の上で指先を絡めた。
白雪 澪
原稿を読むだけ。
人前に出るわけじゃない。
声を出すのも、短い時間だけ。
――できるかもしれない。
担任
一瞬、教室が静まった。
誰も手を挙げない。
ざわ、と小さな笑い声。
澪は、息を吸った。
心臓が、痛いくらいに鳴る。
白雪 澪
未来が、見えた気がした。
何も変わらない日々。
ずっと、声を出せない自分。
澪は、そっと手を挙げた。
小さく。
でも、確かに。
担任
担任が驚いた声を出す。
教室の視線が、一斉に集まった。
ひそひそ声。
白雪 澪
澪は、唇を噛みしめる。
昔から、勉強が出来なかった。
テストの順位は、いつも下の方。
だから、
「澪なんか、委員会できるの?」 そんな視線には、慣れていた。
――どうせ、そう思われてる。
誰かが小さく言う。
担任が、頷いた。
担任
担任
澪の胸が、きゅっと縮む。
白雪 澪
橘 海翔
迷いのない声。
教室が、ざわつく。
澪は、顔を上げる。
白雪 澪
海翔は、少し照れたように 頭をかいた。
橘 海翔
橘 海翔
橘 海翔
それは、嘘じゃない。
でも、それだけじゃないと、 澪には分かった。
――助けてくれている。
担任
担任
担任の声が、少し明るくなる。
澪の手が、震えた。
白雪 澪
海翔は、澪の方を見て
小さく笑った。
橘 海翔
白雪 澪
声は小さかったけれど、
今までで一番、 はっきりしていた。
その瞬間。
澪は、思う。
勉強が出来なくても。
話すのが苦手でも。
誰かが隣にいれば、 前に進めることがある。
――声を出す、という勇気は。
―― 一人じゃなくても、いい。
放送委員の席で並んだ二人は、
まだ知らない。
この選択が、
また一つ、未来を変えることを。
放送委員の初仕事は、
思ったより早くやってきた。
担任
担任の言葉に、
澪の心臓がきゅっと鳴る。
――放送室。
――二人きり。
白雪 澪
何度も自分に言い聞かせる。
昼休み。
澪は原稿を胸に抱え、
校舎の一角にある 放送室へ向かった。
ドアを開けると、
機械の音と、 少しひんやりした空気。
橘 海翔
すでに中には、橘海翔がいた。
白雪 澪
澪は、そっと頭を下げる。
放送室は、想像より狭かった。
机とマイク。
並んで座ると、 自然と距離が近くなる。
白雪 澪
それだけで、緊張する。
橘 海翔
白雪 澪
澪は、少しだけ勇気を出した。
放送委員に入った意味。
それは――声を出すこと。
橘 海翔
海翔は、何も言わずに頷く。
橘 海翔
その言葉に、澪は救われる。
マイクの前に座る。
スイッチの赤いランプが点く。
白雪 澪
澪は、分かっていた。
予知が、動く。
――声が震える未来。
――途中で詰まる未来。
――誰かが笑う未来。
全部、見えた。
白雪 澪
澪は、原稿を見つめる。
白雪 澪
白雪 澪
声は、小さい。
でも、消えなかった。
一文。
また1文。
途中で、少し噛んだ。
でも、止まらなかった。
放送室の中で、
海翔は何も言わず、ただ聞いていた。
それが、何より心強い。
――最後の一文。
澪は、深く息を吸った。
白雪 澪
一瞬、言葉に詰まる。
海翔が、自然に続けた。
橘 海翔
スイッチが切れる。
赤いランプが消えた瞬間、 澪の力が抜けた。
白雪 澪
小さく呟く。
橘 海翔
海翔が笑う。
橘 海翔
白雪 澪
橘 海翔
迷いのない声。
その瞬間。
――未来が、見えた。
放送室。
同じ距離。
同じ空気。
でも、そこにあったのは
“怖さ”じゃなくて――安心。
白雪 澪
不思議だった。
橘 海翔
海翔が、少し真剣な声で言う。
橘 海翔
橘 海翔
橘 海翔
澪は、ゆっくり頷いた。
白雪 澪
その返事は、
予知じゃなく、
自分の意思だった。
放送室の窓から、 昼の光が差し込む。
二人の影が、 静かに重なっていた。