あまね
その話のきっかけって、この……アレだよね
あまね先輩は受付カウンター後ろ。台の上に乗っているプラスチック製の籠に積まれている本の山に目をやりながら言った。
香
ああ。はい、そうでした
これらはたった今返却されてきた本なのだが、
以前までは特に気にすることもなくそのまま元の棚に戻されていた。
ところが数週間前に、ある返却された本にかなり汚れが見つかったのだ。
あまね
あれは、凄かったよね。ケーキかなんかのクリームべっとりで
香
本当ですよ。しかも、返すときに言わないってサイテーです
あまね
やっぱり、犯人つきとめてとっちめてやりたかった?
香
そこまでするつもりはありませんけどね。そもそも確認しなかったのが悪いって言われたら確かにそうだし
やったのは多分、その本を一番最後に借りた生徒。だが、少し時間も経っているし今更問い詰めても仕方がないという事になり不問に付す結果となった。
その変わり、以降返却した本は棚に戻す前に、図書委員が一度ページを全部捲って汚れがないかを確認する羽目になった訳だ。
あまね
ノッコとはその事で話になったんだ?
香
確か、そうです。勿論だから常に本を汚した人がどうって考えてる訳じゃないです。
あまね
じゃ、じゃあ。あんま本気ではなかったのかな。冗談……みたいな
香
いや、まあ。でも、物を粗末にするのは余りいいもんじゃないですよね。特に図書室の物ってみんなの物ですから
あまね
じゃあ、やっぱり本を汚す人って許せない……かな
香
うーん。まあ、そうかもですね
あまね
………………
香
そういう先輩はそういう人の事、許せるんですか?
あまね
え? いや、ははは。どうだろうね。まあ、不可抗力ってこともあるしさ
香
不可抗力って、食べ物を落として汚したりするのは不可抗力じゃないですよね
あまね
ああ、そっちはね。それは、良くないよ。勿論。うん、良くない……さってと、本の確認しちゃわなきゃね
香
変な先輩。どうしちゃったんですか
あまね
べ、別にそんなことはないでしょ。ボクはいつもどうりさ~
香
まあ、いいですけど
首を傾げながら私も作業を手伝おうと想って台の方に目をやる。が、
香
あれ? この本は返却分じゃないんですか?
あまね
あ、ああ。それは違う分だね
香
そうなんですね。これ、ここで借りて読んだことある。結構好きな作家なんですよね……
言いながら私は何気なく置いてあった本のタイトルが目に入って来た。
あまね
ど、どうかした?
香
おかしいですね。前に読んだものより新しい感じが……あっ、やっぱり!
この本、前に借りた時は確か初版だったんです。これ八刷って書いてある。
あまね
ほ、本当に? 何かの勘違いなんじゃないの
香
いえ。確かにこの本だった筈ですけどね
ノッコ
おっつかれ~。カオちゃん交代するよん
香
ああ、ノッコ先輩。すみません、お願いします。あまね先輩もすみませんお先に失礼します
ノッコ
なーに。困った時はお互い様って奴よ。後は、ふ~ちゃんと私に任せなさい
あまね
うん。大丈夫大丈夫。気を付けてね
それに対して私は頭を下げ下げ扉を開けた。帰る前に目の前にある女子トイレで用を済ませる。トイレから出ると先輩二人の話し声が聞こえてきた。
隣には男子トイレにその目の前には書庫の扉。反対側には階段。いつもの通りの何気ない光景。
でも、私は例の新しくなっていた本の事が頭を霞め腑に落ちない気分になりながらも自分の教室へ歩き出した。