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すまない先生
僕は、笑顔で扉をぶち破った
思っていたよりも静かな空気に 一瞬だけ────戸惑う
でも、何人かがくすっと笑ってくれた
教室の空気が、ふわりと揺れる
乱れた髪をくしゃりと掻き上げ 曲がったネクタイを直す
少し目眩がしてフラッとしたが 気付かれない程度に、誤魔化した
────誰にも、見せるつもりは無い
“先生”としての顔をしていれば それでいい
変わらないはずの、静かな1日の始まり
今日もまた、そんな朝になる
────はずだった
森の奥にある家は 朝になっても静まり返っていた
人の声も、生活音も────
────ここには無い
あるのは……木々の軋む音と
遠くの、風だけ
僕は窓辺のソファに深く沈み タバコに火を付けた
うっすらと日が差し始めていたが
カーテンは閉めたままにしておいた
朝の光は、何となく苦手だった
目の奥に、鈍い痛みがある
眠っていない事に 体だけが気づいている様だ
煙を吐き出す度 頭の奥がすっと静まる気がした
この時間は、何かを考えるには 少しだけ早過ぎるし
何も考えないには、静か過ぎた
ふと、 脳裏に浮かぶのは、昔の事だった
焚き火の匂い、焦げた土
泥にまみれた手、潰れた声…
命を懸けて僕を守った者の姿が
あまりにも鮮やかに…… 記憶の奥に残っている
助けに来てくれた両親… 僕の代わりに消えてしまった人たち……
時間が経つにつれ、輪郭はぼやける筈なのに その場面だけは、やけに鮮明だった
すまない先生
独り言をこぼして立ち上がる
習慣の様にエリトラを背負い
数本、花火を右手に持った
ドアを開ければ、そこは森
高い木々が、空を遮る場所
誰も通らず、誰も気付かない……そんな地に
僕は1人で住んでいた
風が枝を揺らす音
鳥が飛び立つ気配
────それでも、世界は静かだった