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火花を弾いて、僕は空へと浮かぶ
エリトラが風を捉え 朝の空気が顔にぶつかる
視界の端には森 遠くに広がる街並み
風の音だけが 思考をかき消すように鳴っていた
胸の奥で 言葉にならないざわつきが蠢いていた
何を考えていたのかは、もう覚えていない
ただ、何かに囚われるように 前を見ずに飛んでいた
────その時だった
─ヒュッッ─
すまない先生
気付いた時には、目の前に枝が迫っていた
避けきれず、全身を枝葉に巻かれたまま激突
エリトラが、引きちぎられた様に捻れ 僕の身体は空中を弾き そのまま下へと叩き落とされた
視界が激しく揺れる 背中から、地面に打ちつけられる衝撃音
でも────痛みは、どこにもなかった
……いや、感じてないだけかもしれない…、
肘を擦りむいた感覚も、脇腹を打ったはずの鈍さも 皮膚の表裏だけが震えていて、心は沈黙していた
僕はしばらく、仰向けのまま空を見ていた
灰色を滲ませた、朝の空
雲が、何事も無かったかの様に流れていく
身体を起こし 肩に引っかかった葉を払おうとして──やめた
頭にも数枚、葉がついたままだ
気付いていたが、取る気にはならなかった
どうでもいい、というより 直した所で何か変わる訳でもない
────ただ、そのまま空へ飛び直した
エリトラの軌道はブレていたが それでも校舎は見えてくる
屋上に降り立ち 僕はしばらく、その場に立ち尽くした
空は高く、淡く色づいていた
けど、その明るさが どこか……責める様に感じた
まるで…… 「また今日も」だと、告げられているようで……
カサリ、と足元で 葉が乾いた音を立てて転がる
自分の髪にも、肩にも まだいくつかくっついたままだ
ふと、ガラスの向こうに映る自分と目が合う
くしゃくしゃの髪 隈のある目元
思わず、目を逸らしたくなるほど 無防備な顔だった
────整えようと思った
けれど、指先は動かなかった
それでも、最低限だけは守ろうと 僕は口元にうっすらと笑みを貼り付ける
笑えていなくてもいい
笑ってる様に見えれば、それで十分だ
すまない先生
声は、誰のためのものでもなかった
教室の扉に手をかける
その向こうには 何も知らない誰かがいる
ほんの僅かに、胸の奥がざわついた
それが希望なのか、恐れなのか……
────自分でも、分からない
けれど、その感情は
教室の空気に触れる前に 静かに沈んでいった
今日もまた、笑って教室に入るだけだ
すまない先生
────そう言って すまない先生が教室に入ってきた
息を切らしながら 明るい声で笑っている
いつもの、すまない先生
飾らなくて、どこか抜けてて… でも、どんな時でも前を向いている
俺たちの憧れであり、恩人…
教室の空気が、少しだけ緩んだのがわかった
何人かが、くすっと笑う
なのに────…何だろう……、
一瞬、すまない先生と目が合った
ゾワッと鳥肌が立つ
───その目の奥が 笑っていない様に見えた
髪はぐしゃぐしゃで 頭にはっ葉が数枚、くっついたままだ
普段なら、絶対に直ぐに 取っているはずなのに────、
今日に限って 先生はそれに気付いていないようだった
Mr.ブルー
そう思った瞬間、何かが引っかかった
────でも、理由は分からなかった
先生はちゃんと笑っていたし 何かを隠してる様にも見えなかった
────だから 気のせいだと思う事にした
そうだ
きっと、気のせいだ
寝坊して、慌てただけ
それだけだ
何も言わず、そのままノートを開く
他の誰も、その違和感を口にしなかった
けれど、心のどこかでは まだ少し、引っかかっていた
小さな違和感が 胸の奥に静かに沈んでいく
まるで────… 何かが始まってしまったことに
気付きたくないかのように…