春とは名ばかりの早春。
無造作に積み上げられたマットの上で、僕はひざを抱えた。
はめ殺しの窓から射し込んでいた光はとっくに消え
静かな暗闇が忍び寄る。
鍵のかかった体育倉庫はただただ寒く
体の芯までが凍り付くようだ。
僕はスカートの中に包んだ両ひざを抱いて
目をつむった。
閉じこめられてから、どのくらいの時間がたったのだろう。
僕を突き飛ばしたミホちゃんの笑顔は
死んでも構わないと言っているようだった。
植剣 雪頼
呟いた言葉は声になることなく
かび臭いマットの上に、ぽつりと落ちた。
こんな時でも
涙だけは暖かい。
指先の感覚は、ない。
冷たい闇が、体温を奪っていく。
ミホちゃんはどうしてこんな意地悪をするんだろう。
意識が落ちそうになるたびに
耳の中でざわざわと唸る潮騒の音が
僕を現実に引き戻す。
そして
果てを知らない自問自答が繰り返される。
植剣 雪頼
そう最後に呼んだのは
最愛の姉の名ではなく……
久我 杞円
建て付けの悪い引き戸が嫌な音を立てて軋み
一条の光が僕を照らした。
久我 杞円
久我 杞円
心配そうに問うた声に答えようとして僕は
自分の体が硬直していたことに気がついた。
長い時間、寒さに晒された体は
錆びたように動かない。
顔を上げることすらできない僕を
シトラスの香りが抱きしめた。
久我 杞円
久我 杞円
コノエが謝ることじゃないだろ
開きかけた唇に
甘い塊が押し込まれた。
植剣 雪頼
久我 杞円
2月14日
そっか。だからミホちゃんは
自問自答の解が
ようやく見えた気がした。
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