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満員電車に揺られ わたしは家路へと急ぐ。
毎日毎日、同じことの繰り返し。
たまの休みは家でゴロゴロ。
わたしの人生って なんだろう……。
流れゆく景色を見つめ、 わたしはため息をついた。
あの頃は楽しかったな。
そう思って、 ふと思い出せないことに気づく。
あの頃って、わたし、 なにしてたっけ。
自分がイヤになるくらい、 思い出せない。
ま、いっか。
思い出せないくらい つまんないこと だったのかもしれない。
電車が止まる。
次の駅が降りる駅だ。
それなのに、わたしは――
なにかに誘われるように、 無意識のうちに降りていた。
どうしようかな。
降りたところで、 乗るのはまた満員電車だ。
私
一駅くらい歩ける体力は、 まだ残っている。
見知らぬ駅を出た。
なんだか、すごく新鮮だった。
線路に沿って歩けば、 きっと迷子にはならないだろう。
一歩、また一歩と歩いていく。
くたびれたおじさんが わたしの横をすり抜けていった。
みんな一緒なんだな……。
寂しげなおじさんの背中を 見送って、 なんだか切なくなってくる。
こんなはずじゃなかったのに。
どこで、どう道を間違えたのか。
人生の分岐点の選択は、 間違っていない……と思う。
シャッターが降りた 商店街を抜ける。
さぁーっと一陣の風が すり抜けていった。
甘いニオイとともに、 アンティークショップらしき店が 視界に入る。
店員なのだろうか。 長い髪をアップにした女性が ウィンドーガラスを拭いている。
こんな時間なのに まだやってるのか。
なんだか興味が湧いて、 近づいていく。
女性
きれいにメイクした女性が、 店内へと招き入れてくれる。
女性
私
私
しどろもどろに話す わたしを見て、 女性がクスッと笑った。
女性
女性
私
デジカメが 流行っている時代なのに、 わたしは持っていなかった。
それを素直に言うと、 女性が「待ってて」と 奥へと行ってしまった。
どんなものが 置いてあるんだろう。
わたしは店内を見まわす。
レトロなダイヤル式テレビ、 木製のラジオ、黒電話……
昭和の時代に戻ったようで、 ワクワクしてくる。
女性
女性
それは――今では見ない、 二眼レフのカメラだった。
そっと手に取ってみる。
ひんやりとした手ざわりが、 心地よかった。
レンズを覗いてみる。
手入れをしているのか、 今すぐにでも使えそうだった。
女性
カメラをいじっているわたしに 聞いてくる。
買ってもいいかも。
そう思っていた わたしの気持ちを読んだように、 女性がほほえみながら言った。
女性
私
女性
女性
女性
まるで、 カメラに人格があるような 言い方だった。
私
困ったように 女性はほおに手をあてた。
女性
女性
女性
ニコニコとほほえむ女性を見て、 わたしは反論できなかった。
女性の笑みには、 反論を受け付けない力があった。
悩みに悩んで、 名刺を一枚 おいていくことにした。
私
女性に見送られて、 わたしは店を出た。
甘い―― ヘリオトロープのニオイがした。
家まで待てず、 女性が包装してくれた カメラを出してみる。
私
足もとになにかが落ちた。
説明書のような一枚の紙だった。
私
数行しか書かれていない紙には、 驚くべきことが記されていた。
―記憶を写し出すカメラ― 本機は 記憶を写し出すカメラです。 本機で撮影した写真からは 記憶のエピソードが 浮かび上がり、 追体験する事ができます。
※カメラを使ったご自身の記憶か 被写体の記憶かは場合によります
手に持った、 二眼レフのカメラと 説明書を交互に見る。
試しになにかを 撮ってみようかと思ったけれど、 説明書にある、 最後の文章で思いとどまった。
※ただし、使用は 一日一回に限ります。
ふーん……。 妙な規制がついてるのね。
とりあえず、 持って歩いてみようか。
ヘンなカメラを 手に入れちゃったな。
でも、ちょっとおもしろそう。
なんだか―― 流れるように過ぎてた毎日が 急に楽しいものに思えてきた。
END